親友と私との間に起こった小さな奇跡
コーチを目指すきっかけとなった出来事であり コーチとしての私の原点です
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それは、親友と最後に会った日のことです
彼女は癌でした
過去形なのは、彼女はもうこの世にいないからです
当時、彼女は二度の手術の甲斐なく、癌が再発して
体中に転移していました
大阪に住んでいた彼女は最後はふるさと愛媛で迎えたいと切望し
私は彼女の引越しの手伝いをすることになりました
二ヶ月ぶりに会った彼女は、癌の痛みで腰が曲がり
抗がん剤の影響で髪の毛も薄くなっていました
「おばあさん、みたいやろ?」
力なく笑う彼女はまだ30代でした
その時、私は死というのは漂うものだということを初めて知りました
彼女の家のドアを開けた瞬間、そのことがまざまざと私に迫ってきました
実は、私には、そこに着く前に心に決めていたことがありました
「私はがん患者に会いに行くんじゃない、幼馴染に会いにいくんや
ただの幼馴染というあり方で彼女に会いに行くんや」っていうことです
そう決心して彼女に会いにいった理由は
その二ヶ月前に彼女に会った時に 私は「癌」を意識するあまり
「もう二度と会われへんかもしれへんから。。。」
って、思わず口にしてしまい、とても、後悔したからです
後で思い起こすに、その立場をとった時点で私は
「死」すらも、含んでいたように思います
漂うものを漂うものとして、あえて、幼馴染の私として彼女と接しました
始めは「本当は(引越しの準備を)私がやらないといけないのにごめんな」と
遠慮する彼女でしたが、
次第にほぐれて、話が弾みました
彼女の二歳の幼い娘の今の子育ての話
娘が入学する四年先の話
ふるさとに帰って、癌がなおって、一緒に旅行に行く話
子育てが一段落して、仲良しグループがまたふるさとに集まって
同窓会しようという10年以上先の話
その折々に彼女は言いました
「ふるさとに帰って、きれいな空気を吸えば、後、半年ぐらいは
生きられるかなぁ。。。」
「せめて、この子が小学校に入学するまでは生きたいなぁ。。。」
「愛媛にはいいホスピス(死を迎える患者のための病院)がある
みたいなんよ。。。」
希望と現実、
母、女性、妻、親友としての彼女と そして、癌患者としての彼女が
瞬時にめまぐるしく変わるそんなあり方の彼女でした
私はただ彼女を聴きました
彼女もありのままの彼女で話してくれていたように思います
その日は、はたから見るととても悲劇的な一日かもしれません
けれど、私の中では生きていて最高に楽しい、
きらきら輝く宝石のような一日でした
思い出話に花が咲き、些細なことで笑いあいました
「昔っからの友達って、やっぱりいいなぁ」
何度も彼女は呟きました
そばにいた私も同じ気持ちでした
私たちはまた会うことを約束して分かれました
二ヵ月後、彼女の訃報を告げるご主人の口から
感謝の言葉と、驚くべき事実を聞かされました
「引越しの日ですが
実は、癌が肺にも転移していて、前日まで
とても話せる状態ではなかったんです」
私は言葉を失いました
それは、奇跡と呼ばれるものかもしれませんが
あまりに驚いて、にわかには受け入れることが出来ませんでした
そして、深い悲しみとともに私の心に深く刻まれました
岸英光さんは著書の中でコミュニケーションの本質をこう書いています
コミュニケーションとは
「探求と触発によって成長と変容と創作を創りだすもの」
・触発を起こすことであったり、
・発見できたり
・本当の自分を見出すことが出来たり
・感情を横に置いておく事が出来たり
・心の枠組みを変えることが出来たり
・体を治癒することが出来たりするものがコミュニケーションであると。。。
あの日がなぜ私にとって珠玉の日となったのだろう?
なぜ前日まで話すこともままならなかった親友と
楽しくてたまらない一日を過ごせたのだろう?
そして、なぜそのことが今も私を触発し、力づけるのだろう?
その答えがそこにありました
コミュニケーションの本来のあり方に私と親友が触れていたのだと思います
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冬の陽だまりのような
ささやかな体験ですが
あなたの人生に何かしらのヒントになれば幸いです