「寝耳に水」とはこう言う事を言うのか……と、頭の何処かで考えていた。
それほど想像もしなかった事だ。
相葉くん。相葉雅紀。
年齢もこの世界に入ったのも俺より少し後。
でも彼の場合も特に何になりたいと思っていた訳ではなくて、なんとなく有名人になりたいという軽い気持ちで10代半ばにデビュー。うちの事務所では珍しく歌でもドラマでもなくてバラエティー番組からのスタート。最初は先輩と一緒に出演していたのが、翌年から一人でやるようになった。
そこからほぼバラエティー一筋。
明るくて優しくてちょっと天然で、そんな所がバラエティーには打ってつけだったのだろう。
ドラマはたまに出演するけど、歌は殆ど経験はない。
だけどバラエティー番組も最近は少しずつ変わってきている。
人を傷つけない笑いから、人を陥れて笑うような番組になってきている。
勿論、全てがそうではないけど、そういう番組の方が売れる時代になってきている。
そんな時代に嫌気がさしていた時に、昔の仲間5人とプロジェクトを作った。
歌手の経験はなくても、元々の性格と長年の経験でプロジェクトの中では少し異質だけど
かけがえのない存在になっている。
そんな相葉くんが珍しくお休みを取っていた。
プロジェクトのメンバーになってからも慣れないことばかりで大変だったから、良い休養になるのではないかと思っていたら、いつの間にかマネージャーの勉強をして戻ってきた。
「現役をやめるの?」
「かけもちも考えたけど中途半端になるのが嫌だから辞める事にした」
「勿体ないよ、そんなの」
「大ちゃん」
俺の事を唯一昔から「大ちゃん」と呼んでくれる、優しくて親しみやすい相葉くん。
簡単な気持ちで言い出したのではないことはわかる。
「俺の事を心配してくれたの?」
他にもマネージャーはいるけど、実質3人を一人で見ているような状態だ。
「そんなんじゃないよ」
少し笑みを浮かべながら、いつもの優しい感じで話してくれた。
「本当はね考え始めたのは随分前なんだ。翼プロジェクトが出来て翼を担当するようになって、
最初の6人での打ち合わせの後に大ちゃんは別の仕事があるからって俺が送って行った事が
あったでしょう」
あの頃、俺はデビュー間もない隼人と掛け持ちをしていた。
翼の再デビューに向けて「プロジェクト」を作ったものの翼が地声で歌うのを拒んでいた時期だ。打ち合わせの後にたまたま仕事が空いているという相葉くんに翼を預けた。
「あの時、なかなか心を開いてくれない翼に一生懸命になって、
その時に大ちゃんはこんな事を一人でやっているんだと思ったら、
俺も何か手伝いたいと思って、それから仕事のやりくりをしながら手伝ってきたじゃん。
大ちゃんに比べたら大したことはしていないけど、陰で支えになれたかなと思っている」
そうだ。相葉くんは4人の中ではタレントと積極的に接してくれた。
潤は勿論、翔くんとニノは直接仕事に関わる事を担当していたけど、
相葉くんは自然とタレントと接してくれていた。
それがマネージャーの仕事をやろうと思うきっかけになったのだろうか。
「大ちゃんが常に言っているタレントに寄り添うマネージャー。俺もそれを目指したい」
そう言って俺を見つめる目が真剣で一点の迷いもない。
でも俺が迷う。人の一生だ。そう簡単に決められない。
そう思っていたら潤が相葉くんを見て言う。
「マネージャー1本に絞るとか、そこまで今決めなくても良いよ」
「だけど……」
「とにかく翼のドラマの間は隼人に付いて貰う。とりあえずはそれだけで良いんじゃない?」
「俺達もそれに賛成」
いつの間にか翔くんとニノも入ってきた。
「ここまでやってきたんじゃん。辞める事はないよ」
「でも……」
「相葉くんはプロジェクト内だけのマネージャーにして貰ったからね。
今のところ3人以外に付く必要はない」
「え?だけど……」
「当たり前だろう。そんなの事務所も承知しないよ。
いきなり現役やめます。マネージャーやりますなんて上が驚いていたよ」
「だったら大ちゃんはどうなるの?」
相葉くんらしくない激しい言葉が出てきた。
「大ちゃんだって現役をやめて潤の付き人からやってるんだよ。
あの当時だって勿体ないと言う声はたくさんあった。
後輩の俺にだってその声は聞こえていたよ」
「相葉くん……もう昔の事はやめよう」
「そうやってこの話になるといつもやめようとする。
だけど今日は言わせて。後輩の潤の付き人になった時も驚いたよ。
今まで現役でやってきた人がどうして後輩の付き人なんだってみんな思ってたよ。
だけど大ちゃんは優しいからプライドも何もかも捨てて潤の付き人になったんだ」
「相葉くんそれは違う。潤は俺がいずれ事務所を辞めるかも知れないと思って、
もし辞めたら自分のマネージャーにしたいと言ってくれていたんだ。
だから潤には感謝している」
「でも事務所を辞めたのも、和馬先輩の死の責任を取らされたって聞いたよ」
「え!本当?」
他の3人が驚く。
「そんなことある訳ないだろう。なんで俺が和馬の責任を取るんだよ。
あいつの事件と俺は関係ない」
「勿論それはわかってる。事件に関わっているとかではなくて、
傍から見ても和馬先輩と大ちゃんって凄く仲が良いなって思ってた。
だから友達なのにどうして力になって上げなかったんだって声があの頃は大きかった。
「そうだったな。翔くんが一々噂を消して回ってたな」
「だって嫌だったんだもん」
4人の中では一番年齢の近い翔くん。
あの頃、俺と和馬で翔くんの事は随分可愛がっていた。
ダンスも教えてあげていたし、和馬との共演もある。
この4人の中では一番思い出はあるだろう。
「俺が辞めた後にどんな噂が流れていたかは知らない。
だけど和馬の死の責任を取って辞めた訳ではないよ。
ただ……ショックが大きすぎてなかなか立ち直れなくて歌えなくなったんだ」
歌えなくなった歌手に用はない。ただそれだけの事だ。