道徳心、と道徳観、の違い。

自然発生的な「道徳心」で行う行為と、親や社会から教えられた、

「道徳観」で、「やらされている」と感じてる場合とは心理面で全く違います、

一方は本音でありのままで健全ですが、一方は「やらされている」と強迫観念的になる可能性があります。

内面では、嫌な思いや無理をしている可能性がある、

この強迫観念的な道徳観、及び、倫理観や宗教観にも、そんな場合があると思うのですが、

子供のころ躾が厳しかったりすると、つい親に気に入られようと、「良い子」を演じていたりすると、

これは「演技」なわけで、内面では別な思いがあり、 この別な思いが「本音」なわけです、

こうして「良い子」を演じていくうちに、内部人格というものが、表面人格(ペルソナ)と分離していき、

そのまま大人になっていくと、「本当の自分」というものさえ、わからなくなったり、

アイデンティティーを確立出来なくなったり、

「本音」を抑圧することで無意識なときに、それが暴発したり(抑圧されたものは必ず噴出する~心理学者フロイトの言葉)

人格解離のような、病的なものに進行していくのだと、

妻の人格解離を研究して私がサポートして自力で治癒して行こうとしてるうちに。

彼女の生い立ちをカルテに記録していくプロセスで、気づきました。

現代の精神科の医師のほとんどが、こうした根本的な問題を無視して、

対処療法による薬物投与を主流とした治療方針しか持っておらず、

その裏側や側面には様々な問題があります。

私の妻は昨日、本人の意志を無視して実家から入院させられました、妻のようなケースの場合、

病院では根本的な治療はなされずに対処療法による薬物投与で薬付けにされる可能性が高いのです。

昨日は彼女の誕生日で、うちに帰ってきてお祝いをしようと楽しみにしていたところでした。