自分が最悪のときにこそ貪欲に学ぶことだ、悪夢のような一日だった翌朝には、必ず一日の出来事をノートに記録しておこう。

自分が最低のときにこそ人の本心がわかる。人の情けが、しみじみとわかる、しかしその時は、自分のことで必死で、それに気づかないのだ。

例えば、お金が全くない、食べるものもない、そうしたときにこそ。普段のありがたみがわかる。

しかしながら、そのときに、人間は、全く逆の方向に二つに別れる。

それで、お金に困らないように地道な収入を得るとか、食べ物を沢山予備しておくとか。また考え方も、大きく二つに別れる、

うまく説明出来ないので、昨日あったことを、そして、そこから学んだことを、そのまま書いてみる。

私は去年に、母親の財産を六百万とさらに金融機関から借りるだけ借りて三百万余り。

つまり一千万をとにかく、思うがままに使ってみた、そんな大金をたった半年で全く自由な使い方が出来るなど、

今回の人生で貴重なたぶん一度しかない学びがあるはずだと考えたからだ。

とにかく、それを、なるべく身近な人のために、地域社会のために、惜し気もなく使ってみた。

そして今は無一文だ、しかしながら、私は全く、自由で困りもしていないし、元々、お金には執着がない、ただお金は使い方が大事だということを、しみじみ学んだ、

お金はただのお金だということ、お金より大事なものが沢山ある事を体験として学んだ。しかしながら金はあれば便利だが、気を付けないと、お金で得るものより、失うものも多い、傲慢になったり、見栄をはったり、お金で物事を解決する癖がついたりするし、お金に人が集まるのを、自分に実力以上の力があるような錯覚をしたり、楽をするようになり、物事を創意工夫しなくなり、創造力を見失う。

とにかく、お金があり続けたら、こんなに楽だけど、だんだんバカになって怠け者になっていることを感じて、また0に帰り。

たくさんの貴重な学びがありました。今は、客観的には、貧乏ですが、体験は、ますます豊かになり、闇のなかにこそ、光を見つけて、その光こそ、真実であり、莫大な富であり、学び活用していくことで、人間を熟知していく喜びがあります。

私は闇には真実の光を生み出す性質があることを、体験を通じて感情に刻みました、闇には神秘的な深い学びがあります。

闇は、光を、光として、存在せしめており、神の考えた仕組みには、人間には及びもつかない叡知により、創造されており、しかしながら、法則はシンプルだということが、わかりかけてきました。

みなさん、私は、いつも、みなさんを愛しています、私は、みなさんに奉仕したいといつも考えてます、疑問や質問があれば、何でも相談や質問ください、