「小さい」「ブサカワ」…杉本彩が訴える「かわいい」ペットブームが生んだ、動物たちのあまりに残酷な | トピックス

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身近で起こっている動物に関する事件や情報の発信blogです。

2026年6月17日 FRaU

 

「私はこれまで、数多くの繁殖業者崩壊現場や虐待案件を見てきました。劣悪な環境で、ただ繁殖のためだけに生かされる親犬・親猫たち。無麻酔で帝王切開を繰り返される犬。糞尿にまみれた狭い檻の中で、一生を終える動物たち……。その現状は、人がここまでできるのかと思うほど残酷なものばかりです」 

 

photo/iStock(現代ビジネス)

 

【写真】二人の俳優が力を注ぐ動物愛護。劣悪環境から救った命 

 

こう話すのは、長野県松本市の繁殖事業者の事件など、動物虐待事案の告発や、動物福祉向上に関する普及啓発活動を積極的に行っている『公益財団法人動物環境・福祉協会Eva』の主宰でもある俳優の杉本彩さんだ。杉本さんの団体には、動物虐待に関する相談や報告が後を絶たないという。 

 

「動物虐待の事件などが報道されるとSNSなどで批判の声が集まります。でも、それは一時的な過熱であって、消費者の多くは、その裏側にある実態まで知らないことが多い。でも、もう「知らなかった」では済まされない時代にもう入っていると私は思うのです」 

 

「かわいそう」という感情も大事なことだが、それと同じぐらい、犬や猫、そのほかの動物たちに今何が起きているのか、問題の根っこを知り変えていかねばならないと杉本さんは声を挙げる。私たちが知るべき問題を杉本さんが前編に引き続き寄稿する。

 

 以下より杉本彩さんの寄稿です。

「幼いほど売れる」は今も続いている

日本では、“幼ければ幼いほど売れる”というペットの市場構造がある。2021年6月施行の動物愛護法改正で、本来、生後56日未満の販売は禁止された。それは免疫や社会性を身につけるうえで極めて重要な期間だからだ。しかし、そのルールさえ軽視しようとする事業者が後を絶たない。 
 
幼いほうが売れる、と母親の母乳や愛情が必要な時期に話して流通させる繁殖業者は今もあとを経たない。photo/iStock(現代ビジネス)
 
環境省が令和5年に実施した調査では、全国のペットオークションで取引された犬や猫のうち、多くの犬や猫について、幼齢犬猫の販売制限の導入前と比較して、生年月日の曜日の偏りが確認された。これは、犬や猫のブリーダーが幼齢犬猫の販売制限を書類上クリアするため、生年月日の改ざんし、幼齢犬猫の販売制限の違反が強く疑われることを示している。つまり、「売るためならルールすら歪める」構造が、いまだに残っているのである。 
 
もちろん、すべてのブリーダーを否定したいわけではない。真摯に動物福祉に向き合い、責任ある飼養と繁殖に取り組んでいる方々もいる。しかし、“安く・早く・幼く”という市場原理が優先される構造が日本には根深く残っている現状もある 
 
だからこそ、次期法改正では、前回の改正の不備に対する微修正だけではもう間に合わない。私は少なくとも、動物虐待罪の厳罰化、移動販売の禁止、緊急一時保護の創設や動物カフェ・ふれあい移動動物園の規制は、必要不可欠だと考えている。

人気犬種・人気猫種の闇

さらに私が強く危惧しているのは、「かわいそう」という感情だけでは、この問題はもう止められない段階に来ていることだ。 
 
今、日本のペット産業は巨大市場となり、“幼くて人気のある犬種・猫種を、いかに早く流通させるか”という競争が加速している。その結果、命の扱いはますます工業製品化しているように見える。 
 
フレンチブルドッグなどの短頭種は、呼吸器疾患を起しやすいといわれる。photo/iStock(現代ビジネス)
 
そして、利益ばかりを追求した結果、無理な繁殖が起きている。人気犬種や人気猫種ばかりが大量に繁殖される。人気犬種や猫種ばかりに集中すれば、繁殖に関する規制で定められている生涯における出産回数を超えた繁殖や、近親交配も当たり前のように行われてしまう。それによって、遺伝疾患のリスクが高まったり、売れ残った命や繁殖に使えなくなった動物の行き場が失われていく。 
 
さらに近年では、「動物保護ビジネス」の問題も浮上している。本来保護されるべき命を利用し、保護活動を隠れ蓑にした不適切な譲渡や営利的な運営が問題視されるケースも多い。規制が強化されても、その抜け道を探し続ける者がいる限り、動物たちの犠牲はなくならない。 
 
特に近年は、SNSの影響も大きい。“映える犬種”“流行りの猫種”が拡散され、それによって一時的なブームが起きる。しかし、その裏で何が起きているのかまでは、なかなか共有されない。過度に小さい体を求められる犬、短頭種ゆえに呼吸障害を抱え生涯苦しい呼吸をすることになる犬、海外では奇形種として慎重な交配が当たり前となっている猫種のスコティッシュフォールドが日本では10年以上も人気猫種として独走している……。見た目の特徴を優先され、健康が犠牲になっているケースも少なくない。

「かわいい」の先に何を考えるのか

本来、動物福祉とは、ただ「かわいがること」ではない。その動物が、身体的にも精神的にも健やかに生きられる環境を整えることだ。けれど、日本ではまだ、“かわいいから売れる”“売れるから作る”という循環から抜け出せていない。その象徴が、「生体展示販売」なのだと思う。 
 
photo/iStock(現代ビジネス)
 
私は、ペットショップのショーケースを見て、「かわいい」と感じる感覚そのものを否定したいわけではない。命に心惹かれること自体は自然な感情だ。問題は、その感情を強く刺激し、“今すぐ買わせる”構造にある。静かに考える時間を与えず、衝動性を高める販売手法。ローン契約を組み、「月々いくら」で命を購入させる仕組み。そこには、本来必要な「命への責任」を熟考するプロセスが抜け落ちている。さらには、虐待目的であっても容易に命を入手できてしまう現状がある。売る側の責任は、いったいどこにあるのだろうか。そして、その結果として飼育放棄や虐待、飼育崩壊が起きている。 
 
つまり、生体展示販売の問題は単なる「売り方」の問題ではない。日本社会における“命の教育”の問題でもあるのだ。だから私は、法改正と同時に教育も必要だと思っている。 
 
幼い頃から、「動物は人間の都合で所有するためだけの存在ではない」という価値観を育てていかなければ、この問題は本当の意味では変わらない。命と共に生きるとはどういうことか。責任とは何か。弱い存在を守るとはどういうことか。それは、動物の問題であると同時に、人間社会の成熟度そのものを問う問題でもある。 
 
私は長年、動物福祉活動を続ける中で、多くの命の現場を見てきた。助けることができた命もあれば、間に合わなかった命もある。そのたびに思う。動物たちは、自ら声を挙げることができない。だからこそ、人間が変わらなければならないのだと。
 
この国がこれからも、「かわいい」という感情だけで、“命を売り・買いする社会”であり続けるのか。それとも、ひとつひとつの命の尊厳に向き合う社会へと歩み出すのか。私たちは今、その大きな分岐点に立っている。そして、その選択を先送りできる時間は、もう残されていない。ショーケースの向こうにいるその子にも、たった一度きりの人生がある。売られるためだけに生まれてきた命など、本来ひとつもないのだから……。