2025年4月4日 FRaU
妊娠中の保護犬が保健所で出産
寒い冬の日に、イノシシ捕獲用の檻に一頭の犬が入っていると通報があった。
すぐに保健所に収容されたその犬は、放浪していたとは思えないほど人懐っこく、保健所の職員たちは「ふうちゃん」と名付けた。
推定年齢10歳のふうちゃんは妊娠していた。高齢出産に加えて保健所での出産は他の犬の収容も絶えず、安全な子育て環境とは言えない。そんな中で生まれた8匹の赤ちゃん、職員たちは「全員は育たないかも」と考えた。
(c)tamtam『たまさんちのホゴイヌ2』( 世界文化社)
これは、漫画『たまさんちのホゴイヌ 2』(tamtam著/世界文化社)の中の、「ふうちゃん」の話である。本書には、2020年に長崎県で妊娠した状態で保護されたふうちゃんのほか、自分では入れない柵に囲まれた畑の中に首輪の跡がしっかりついた状態で横たわっていた老犬の「福くん」、人通りの少ない海岸通りで衰弱しかけていた「お爺」、500匹の保護犬猫の収容施設で出会った足の不自由な「浜じい」、そしてふうちゃんの、4匹の犬たちとtamtamさんの出会いと別れが描かれている。
2016年頃から「預かり」ボランティアを始め、自分の経験をイラストにしてインスタグラムに投稿しているtamtamさん。「預かり」ボランティアとは、保健所やセンターに収容された犬や猫を引き出し、自宅で一緒に暮らしながら、彼らの本当の家族となる里親を探す役割を持つ。飼い主に遺棄されたペットや迷い犬や猫、野良となった犬や猫、その子どもたちなどを、家族として受け入れたい里親に繋ぐのだ。
犬の安産神話は真実か
保健所で8匹の子犬を出産したふうちゃん。元の飼い主が現れることを職員さんたちは願っていたが、それは叶わなかった。ふうちゃんの生んだ愛らしい子どもたちは次々と里親が見つかり、新しい家族に迎えられたが、シニアのふうちゃんに声がかかることはなかった。
職員さんたちは、「これ以上の収容はふうちゃんの身体への負担が大きい」と考え、ふうちゃんの一時預かりを募集した。こうしてふうちゃんはtamtamさんの家にやってきた。
ふうちゃんと2匹の子犬を預かったtamtamさんに、当時の話をうかがった。
――ふうちゃんが8匹の子犬を出産した時、保健所の職員たちは「8匹全員は育たないかも」と思ったとありました。犬は妊婦さんが「戌の日」に祈願するなど安産の象徴とされているのに、なぜそんな風に感じたのでしょう。
(c)tamtam『たまさんちのホゴイヌ2』( 世界文化社)
「私は犬がいつも安産であるとは思いません。かつては、ブリーダー施設で働いていたこともあり、出産は数えきれないほど見てきましたし、自分も出産してみて、出産の大変さは人も犬も、大きく変わるものではないと思います。
ふうちゃんは、高齢出産で、しかも出産場所が、知らない人や知らない匂いでいっぱいの保健所の中です。私も、最初にふうちゃんが8匹生んだと聞いた時、全部は育たないだろうな、と思いました。無事に育つのは4匹か5匹だろうと。
それは、2011年の東日本大震災の経験からです。被災地で保護された犬の中に、妊娠している犬がいたのに、出産が終わった後子犬が見つからない。母犬が全部食べてしまったのです。ブリーダー施設でも同じことがありました。不安な環境下に置かれて、子どもを育てられないかもしれないと感じた母犬は、防衛本能から子犬を食べてしまうことがあるのです。これは、放浪の末に保健所に収容されたふうちゃんにも起こってもおかしくないことでした。
けど、ふうちゃんは高齢と不安を乗り越えて、8匹生み、すべて育て上げました。ふうちゃんが我慢強く、また優しかったからできたことだと思います」
体にイノシシとの格闘の傷が
――放浪していたふうちゃんに、飼い主の名乗りはなかったとありました。イノシシ捕獲用の檻に入る前は、どんな生活をしていたのでしょう。
「人に飼われていたことは間違いないと思います。おすわりやお手、伏せなどのコマンドが入っていましたから。 ただ、体にイノシシと対立した時にできる傷がたくさんありました。長崎県ではよく見られるのですが、イノシシとの格闘してできる傷は、独特なんです。それがふうちゃんの身体にはいくつも見つかりました。きっと放浪している時間が長かったのだと思います。
当たり前ですが、放浪の時間が長いほど犬にとっては過酷です。敵は多いし、餌も自分で何とかしないといけないのですから、つらい目にあったかもしれません。それでも、こんなに人を信頼し、人が大好きな子ですから、昔はきっと大事に飼われていたのだと思います」
(c)tamtam『たまさんちのホゴイヌ2』( 世界文化社)
10年前から変化した保健所
Tamtamさんちの近くを散歩していた際に、突然、車のそばに座り込んだふうちゃん。Tamtamさんは「この子は、みんなのところに戻りたいんだ」と思いやっている。ふうちゃんは保健所でどんな風に扱われていたのだろう。
――ふうちゃんを収容した保健所は、出産に備え、「運動」「清潔な毛布」「適切な温度管理」「高品質なフードや新鮮なお水」など、できるだけのケアを施したとありました。今の保健所は、どこもこんなに親切になったのでしょうか。
「実は私が住んでいる長崎県は、犬猫の殺処分数が日本で一番多い県です。私が連携させていただいている愛護センターでも殺処分はまだあります。それでも、ここに描いたように、職員さんたちはできるだけのケアをしながら、熱心に譲渡を進めてくださり、妊娠やけがをしている子たちのお世話も欠かしません。職員さんの熱意はすごく高いと思います。
他の施設を見ることもありますが、京都などにも、熱心に取り組んでいるところがいくつもあります。
もちろん、まだまだだなあと感じる自治体や施設もありますが、職員さんたちが積極的に譲渡に関わろうとしたり、保護犬猫たちの環境に気を配るところは、確実に増えています。
私の経験から言えば、昔は今よりも閉鎖的でした。どうせ何をやってもクレームにつながる、世の中からは文句しか来ない。そうした経験から、保健所は目立たないよう、人の口に上がらないよう、社会的な関りを避けている感じでした。それがこの10年間で大きく変わりました。
どうしてこんなに変化したのかというと、職員さんたちがおっしゃるには、『保護団体さんやボランティアさんたちのおかげ』だそうです。
収容施設はいつも満杯になるリスクと戦っていますが、保護団体さんやボランティアさんたちが積極的に「預かり」、「あとは私たちに任せてください」と譲渡先を探したり、治療を引き受けてくださるそうです。そうしたことが職員さんたちに安心を与えているのだと思います。
また、メディアやSNSによって、保護犬猫の理解が進み、施設の方々のご苦労がシェアされたり、モラルが向上しているというのもあると思います。
SNSの普及は、ボランティアさんや保護団体さんの支援にも貢献してくれています。保健所やセンターから引き出した子は、ワクチン注射、予防接種、不妊手術、健康診断に加えて、栄養状態の悪い子や疾患のある子には治療も必要になります。基本は個人も団体も持ち出しがほとんどですが、クラウドファンディングを通じて募金が集められたり、私もSNSなどを通じて購入いただいたグッズや本の売り上げを病院や送迎の交通費に使わせていただいています」
第2話「預かりボランティアが8匹の子犬を命懸けで出産した後の保護犬の体に発見した“歪なもの”」では、tamtamさんがふうちゃんの身体に発見してしまった”嫌なもの”の正体をお伝えしている。
tamtam FRaU漫画部