2025年3月13日 Real Sound
日本に生息する身近な野鳥のシジュウカラの鳴き声を研究し、これまで人間だけに備わっているとされてきた“言葉”を、鳥たちも駆使していることを証明した鈴木俊貴さん(41歳)。
鈴木俊貴さん
【写真】自作のイラストが印象的な『僕には鳥の言葉がわかる』(小学館)
世界を驚かせた発見を、鈴木さんは研究論文に留まることなく、子どもから大人まで楽しく読める科学エッセイへと仕上げ、初の単著『僕には鳥の言葉がわかる』(小学館)として多くの人に届けている。
カバーイラストも愛らしい本書は、1月23日の発売以来、重版に次ぐ重版を重ね、文字通り老若男女を問わぬ人気ぶりだ。そんな鈴木さんに単独インタビュー。本書をより多くの人に届けるための工夫や、ご両親とのエピソード、また本書に込められた思いなどを聞いた。
■動物はこんなに賢く巧みに生きている
――本書を書こうと決めた動機について教えてください。
鈴木俊貴(以下、鈴木):そうですね。まずはシジュウカラとの出会いからお話ししましょう。僕は、大学時代に長野県の軽井沢で研究をしていたときに、シジュウカラがいろんなバリエーションで鳴くことに気づきました。よく観察してみると、状況によって使い分けていた。タカが来たら「ヒヒヒ」と鳴くし、仲間を呼ぶときは「ヂヂヂ」と鳴く。これは「ひょっとしたら彼らにとっての言葉なのでは?」と思うようになって。それで研究を続けていくと、これまで人間にしかないと言われてきた「言葉」の特徴がたくさん見つかってきた。
※本書の最後に、実際のシジュウカラの鳴き声を聞ける二次元コードの特別付録あり。
――いわゆる「言葉」は人間特有のものと言われてきましたよね。
鈴木:動物学者を含めて、研究者はみんな、元は人間だけが持つ特別な能力だと考えてきました。それで、「人間とそれ以外の動物」と、ふたつに分ける自然観が生まれてしまった。だけど僕はシジュウカラの研究を通して、それは大きな間違いだったと気付かされたんです。シジュウカラにはシジュウカラの言葉があって、単語を使ってものを示したり文章を作ったり、ジェスチャーも使う。人間の言葉は、動物の言葉という大きなくくりのうちのひとつで、シジュウカラの言葉もそのひとつ。
――人間と動物という分け方が間違っていると。
鈴木:そうです。それが正しい自然の捉え方なんじゃないかと思います。
――そういう思いも本書を執筆する上での動機になったのでしょうか?
鈴木:研究を通して僕自身の世界が大きく広がったんです。動物はこんなに賢く巧みに生きている。それをいろんな人に伝えたいし、それによってみんなの人生が豊かになれば、それこそ僕にできる社会貢献なんじゃないかと思って。
愛らしいイラストは、この本を届けるために頑張った努力の結晶
――カバーのイラストからカワイイです。
鈴木:写真にすると、鳥好きな人は手に取ってくれると思いますが、それ以外の人にも届けたい。テーマが言語なので、読者を理系の人に限るのもよくない。とにかくいろんな人の目に留まるようにイラストにしました。
――タイトルだけでなく、中にも“僕”がとても多く登場しますね。
鈴木:本書は僕の研究人生の集大成。僕が鳥の言葉を理解し、解明していくノンフィクションなので、たしかに“僕”は多めかも。「僕は激怒した。」(※)なんて書き出しは、太宰治か僕くらいかもしれません(笑)。
※あるとき、森にかけたシジュウカラの巣箱が次々に荒らされる“巣箱荒らし事件”が発生する。
――そのリズムが、とても読みやすかったです。
鈴木:ありがとうございます。僕は論文を書くのが大好きなんですが、それが良いトレーニングになったのかもしれません。
――研究がとても身近に感じられましたし、小説や冒険譚を読んでいるようにも感じられました。実際、お子さんもワクワクしながら読み進めると思います。個人的には小学生の頃に大好きだった、大学の生物学の先生が主人公の児童文学『ぽっぺん先生』シリーズ(著:舟崎克彦)を思い出しました。
鈴木:僕の本は、ノンフィクションというのが大切なポイントです。
――中のイラストはすべて先生自身が描かれたそうで。もともとイラストの経験は?
鈴木:頑張って描きました。僕が体験したことだから、僕が見たものをそのまま表現したいと思ったのでめっちゃ頑張りました。漫画家の先生に見てもらったりして。
――そうなんですか!? この本の出版のために?
鈴木:そうなんです。挿絵で僕が登場しているところなんかは、実際に自分が同じポーズをして写真を撮って、人間の関節はこんな感じになるのかと見ながら描いてます。それまでイラストは高校の美術でスケッチをしたとか、それくらいでしたから、今回、頑張ったんです。
――それでここまで。すごすぎます。
鈴木:あとは専門用語を絶対に使わないことにもこだわりました。中学校の国語の教科書に僕が書いた文章が掲載されていることもあって、中学生にも読めるように専門用語は使わないほうがいいなと。たとえば論文を審査する“査読”という言葉があります。「“査読”くらいはいいんじゃないですか?」と編集者さんは言っていましたが、できるだけ簡単な言葉を使いたかったので、“審査”にしました。この本を読んでくれた子たちに、自分でも調べれば、身近な動物の言葉を解き明かせるんじゃないかと思ってもらいたかったんです。
■自分のために自然のそばに越した父と、図鑑の書き換えを提案してくれた母
――先生の子ども時代についても教えてください。昔から動物がお好きだったのですか?
鈴木:はい。虫でも魚でもカエルでも、とにかくなんでも観察していました。
――何かからの影響があったのでしょうか。家に本があったとか、ご両親の影響とか。
鈴木:本よりも昆虫採集や魚獲りから学んだことが大きいです。4歳のころ、東京から茨城県の渡瀬川の近くに引っ越したのですが、その決断にいたった理由は「子どもを自然の中で育てたいから」だったそうです。父の会社は丸の内にあったので、わざわざ片道2時間半かけて通っていたそうです。当時の僕は「生き物がたくさんいて楽しいな」くらいにしか思っていませんでしたが、いま振り返ると感謝しかないです。
――ご両親は先生のことをよく見ていたんですね。逆に好奇心を止められたことはありましたか?
鈴木:特にないです。常に20種類くらいの生き物を家で飼っていて、カニとかはかなり臭いもしたと思いますけど、まったく「飼っちゃダメ」とは言われませんでした。むしろその逆だったように思います。観察がどんどん好きになっていった理由のひとつに、忘れられない母の言葉があります。ある日、家の庭でカブトムシがコガネグモの巣に引っかかってて、食べられてしまったのを見たんです。当時読んでいた図鑑には、「カブトムシは最強の昆虫で森の王者だから、どんな虫にも負けません」と書いてあった。それで母に「ここに書いてあることは違う」と話したら、「じゃあ、図鑑を書き換えたら?」と言われたんです。
――わあ、それはステキですね!
鈴木:生き物図鑑にポールペンで「だけどコガネグモには負ける」と書き込みました。そこからずっと、同じことをやっているんですよね。本や論文に書いてあることだけでなく、自分の目で観察して見たことも大事だと思っていて、そこから頭に浮かんだ疑問を解き明かすためにどうしようかと工夫していく。「こうすればシジュウカラが単語を使っていると証明できる」「こうしたら文法を使っていると証明できる」と研究を進めてきた。それもすべて観察して気づくことの面白さがあったから。
■世界中の学者たちから大きな反響があった
――さて、最初に動物学の世界でも、言葉は「人間の特別な能力」だと思われてきたとのお話がありました。偏見かもしれませんが、海外では宗教の影響もあり、人間と動物にはきっちり線引きがされていて、動物に言葉があると認めるにはよりハードルが高そうなイメージがあります。
鈴木:宗教的な違いはたしかにあるかもしれません。シジュウカラに近い種類はヨーロッパにもたくさんいて、たとえばイギリスのオックスフォード大学では昔からよく研究されてきたんです。なのに、かれらが言葉を持つなんて誰も気が付かなかった。でも、きちんと研究を続けてデータで示せば、世界のみんなも納得してくれるんですよ。鳥の言葉の存在を認めてくれる。この本の最後のほうにも登場しますが、2022年に僕はとても感動する出来事を経験しました。
――感動する出来事。
鈴木:スウェーデンのストックホルムで開催された、国際行動生態学会に参加したときのことです。この学会は、2年に1度開かれる動物学では世界で最も大きな会議で、チンパンジーやゾウ、クジラなど、本当にいろいろな動物を研究している人たちが世界中から集まっていました。そこで僕は基調講演、つまり学会のトリを務めさせてもらったんです。普通はその分野の大御所がおこなう講演。最年少だったと思います。
――すごいことですね。
鈴木:シジュウカラ語の研究がいつのまにか世界に評価され、基調講演に招待されたんです。そこで提唱したのは、動物の言語を解き明かすための新しい学問。その名も「動物言語学」です。講演を聞く前は、みんな「言葉というのは、人間だけのものだ。動物の鳴き声は単なる感情に過ぎない」と考えていました。それが、「やや! どうも違うぞ」。しかも「こんな身近な鳥にも言葉が?」と変わった。シジュウカラといえば、日本だけじゃなくてヨーロッパにも広くいる、鳥類学者たちもさんざん研究してきた鳥。その鳴き声が、言葉になっている。それをちょっとしたアイデアで証明できる。そんなこと、誰も考えてこなかった。たとえば「ジャージャー」と鳴いたら「ヘビ」を指している。
――感情ではなく。
鈴木:そう、怖いという感情、気持ちではなく、「ヘビ」を指しているんです。その証明についてはこの本にも書きました。「ヒヒヒ」はタカだし、言葉を組み合わせて文章を作ったりもする。だから「この会場のみなさんが研究している動物にも、実は言葉の世界があるかもしれません」という話をしたんです。そしたら講演のあと、目の前に長蛇の列ができて、次のセッションが始まるまでの45分間、列が途絶えなかったんです。世界中の研究者が「素晴らしい!」と僕に声をかけるために並んでくださった。一生忘れられない出来事です。「人間と動物に二分した考え方を覆した」と言ってくださる方もいました。
――すごいですね!
鈴木:もちろん、シジュウカラも人間のように喋っているかといったらそれは違う。共通点だけでなく相違点もある。シジュウカラにはシジュウカラの言葉があって、人間には人間の言葉があって、どちらも動物の言葉のひとつ。そう考えるのが正しいんです。僕たちの言葉と何が似ていて何が違うのか。それを念頭に置いて動物たちの言葉をちゃんと調べれば、僕らはもっと正しく自然をみられるようになる。このことが豊かな未来に繋がっていくんじゃないかと思うんです。
――基調講演の反響はありましたか?
鈴木:2022年の基調講演から2年ちょっとが過ぎましたが、その間にもアフリカゾウにも言葉があるんじゃないか、それぞれの象に“名前”があるんじゃないかといった研究が出ています。チンパンジーには、シジュウカラのように“文法”があるかもしれないということを示唆する研究も発表されました。「動物言語学」という分野が、まさにいま世界で確立されつつあります。
■ワクワクする世界がきっと待っている
――シジュウカラ、メジロ、スズメなどが、種を超えて互いの言葉を理解し合って、危険を伝えたり、食べ物があると教えたりしていることも紹介されていて、とても興味深いです。
鈴木:実は自然界ではたくさんの動物が、そうしたことをやっています。現代人のほとんどは言葉を持つのは自分たちだけだと、言葉によって思い込み、自然が正しく見れなくなってしまっている。それは動物の観察だけではないです。僕らは文字化された言葉に依存しすぎて、対面の中から気持ちを汲むことをかなり怠っているし、それで生きづらい社会になっていると思います。身近な動物の言葉に耳を傾けるということは、ひいては人間社会の多様な人と良い関係を作っていくことにもつながるんじゃないかなぁ。
――私たちにも鳥の言葉がわかるでしょうか?
鈴木:きっと誰にでも動物の言葉を理解する力があるはずです。たとえば犬や猫を飼っている人は、ちゃんと見ていれば彼らの意思を理解できますよね。
――それにしてもお話を伺っていると、先生は動物愛だけでなく、人間愛も強いんですね。
鈴木:そうですかね(笑)。僕は鳥の言葉がわかるとめちゃめちゃ楽しいから、みんなにも知って欲しいだけなんです。みんなが動物の言葉を理解できるようになったら、想像できないような未来が待っているんじゃないかと思っています。すごい可能性を秘めている分野だと思います。動物言語学は。
――ひとりひとりの自然の見方も大きく変わりそうです。
鈴木:SDGsとかで目標を立てるのはめちゃめちゃ大事なんですけれども、言葉ってすごく曖昧なもの。その実現に向けても大事になってくるのは、一人ひとりが体験を通して自然の豊かさについて理解すること。鳥の言葉がひとつわかるだけでも、本当の意味での自然とのつながりを取り戻すことができると思います。
■いまも、みなさんがさらにビックリすることを研究中です
――本当に楽しく一気に読める本でした。苦労が伝わる本も読んでいると面白いですが、先生の本は、先生の目のキラキラがそのまま伝わって来るようで新しい価値観が広がるとともに、終始本当に楽しいです。卒業研究時に森にこもって白米だけ食べていた時は心配しましたが。
鈴木:ひとりで長野の山に研究に3ヶ月こもっていて。最後の一ヶ月は白米だけで生活していたんですが、体重が8キロ落ちて、51キロ。僕、178センチあるんですけどね。大学に戻ったらみんなに心配されました。「保健室に行った方がいい!」と連れていかれて、体脂肪計に乗ったらエラー表示。体脂肪が5%未満だと計れないようなんです。もうみんなで「大変だ!」となりましたね。
――気力でなんとかなっていたんでしょうか。
鈴木:というよりも、ただ楽しかったんです。翌年からは必ず毎日板チョコを食べるようにしてました。いま考えるとそれでも栄養足りていなかったかも。
――危ないですよ。これからもご活躍を期待していますので、倒れないようにしてください。もっともっとお話を伺いたくなります。そういえば、鳥は嘘もつくんですよね。
鈴木:そうなんです。みなさんがビックリするような発見も他にもまだまだたくさんあるので、またいつか本にも書こうと思っています。