2025年2月14日 現代ビジネス
今から11年前、2014年2月に『公益財団法人動物環境・福祉協会Eva』を設立し、理事長を務める俳優の杉本彩さん。動物虐待事案の告発などを含め、動物福祉向上に関する普及啓発活動を積極的に行っている。FRaUwebでは、そんな杉本さんの動物愛護に関する活動や発信をたびたび取材させていただいてきた。

20代半ば保護猫活動を始めた頃の杉本彩さん。自宅の猫といっしょに。
写真提供/杉本彩(現代ビジネス)
【写真】約30年前、杉本彩が動物愛護を始めた頃の愛猫とのツーショット写真
杉本さんは取材でお会いするたびに「動物愛護に関する問題はまだまだ山積みです。少しでもよい状態になるために発信しなくては」と語った。その思いに、ぜひ、ご自身で執筆し発信してみては、のリクエストにお答えいただき、今月から杉本さんの連載がスタートすることに。連載第1回は、杉本さんが人生をかけて取り組むことになった動物愛護活動の経緯と想いについてお伝えする。
以下より、杉本彩さんの原稿です。
仔猫を保護したことが始まりだった
私が動物保護活動を始めたのは30年程前のこと。まだ20代半ばだった。東京都内の撮影所敷地内で、野良猫が生んだ仔猫を保護したことが始まりだ。
仔猫の顔は鼻水でぐちゃぐちゃ、眼球が見えないほど目の粘膜は腫れ上がっていた。まだ抵抗力のない仔猫は放っておけば死んでしまう。すぐにキャリーケースを購入し、撮影の合間に保護することにした。治療のため動物病院に入院させると、仔猫の症状は回復し、1週間程で退院。その後はうちでお世話しながら、里親になってくれる人を探した。そのままうちの子にするという選択もあったが、うちにはすでに2頭の猫がいた。3頭目を迎えるのは、賢明ではない気がした。というのも、私はデビュー当時所属していた芸能プロダクションから24歳で独立し、個人事務所を設立したばかり。まだまだ未熟な上、これからも多くの苦労が待っている身としては、3頭目を迎える余裕はないだろうと考えたからだ。
とは言え、仔猫に「チロ」と名付けお世話しているうちに、愛情はどんどん増していく。チロもまた私を信頼してくれた。チロは、私の頬にピタリと自分の頬をくっ付けて眠るほど、すっかり甘えん坊になっていた。そんな幸せな日々を、複雑な思いで過ごした。里親さんが見つかってほしいという願いとは裏腹に、このまま一緒にいたいという思いが、複雑に交錯する。愛情をセーブしたほうが別れの辛さは軽減できるのだろうが、どうしたって愛にブレーキをかけることができない。
1ヵ月くらい経った頃だろうか、里親募集の協力をお願いしていたペットフード店から、希望者がいると連絡がきた。猫飼育の経験者でお付き合いのある方だという。好ましい譲渡先だ。数日後に迫ったお別れの日を迎えるにあたり、感情のコントロールに努めた。そして譲渡の日、道中、必死で溢れそうになる涙をこらえた。けれど、いざチロをお渡しするその時、あれだけ必死で堪えていたのに、不覚にも感情が抑えきれず、涙が止めどなく溢れてきた。「そんなに悲しいならいいんですよ、断ってもらっても」そう声をかけられた。先方も引くくらい泣いていたと思う。
「動物が好き」「動物がかわいい」以上の想い
あの時なぜ、あんなに悲しかったのに、心が潰れそうなほど苦しかったのに、チロを連れて帰らなかったのか……。
それは、また同様に救いの必要な猫と出会ってしまったら、助けることを躊躇うかもしれないと思ったからだ。それに、寂しさや悲しさに耐えられず、自分の気持ちを優先することは、違うような気がした。一番大切なのは、保護したその子が最も幸せになる選択をすること。動物保護活動の「いろは」もわかっていなかった30年前だが、今振り返ると、その基本は間違っていなかったようだ。
これをきっかけに猫の保護と譲渡活動、そしてTNR活動(野良猫の不妊・去勢をして元の場所にリリース)を始めた。けれどそれは、「命を守ることができた!」という、喜びばかりではない。苦しいこと、悲しいこと、悩んでしまうことも本当に多かった。身をもって感じるのは、動物保護活動には、「動物が好き」「動物が可愛い」という感情以上に、「動物の幸せを願い行動する」という、強さと覚悟が必要だということだ。そんな覚悟をもって、人生の大切な時間を、動物保護に捧げている人がたくさんいる。私も、個人で始めた動物保護活動から、現在までの30数年間、多くの時間とエネルギーを費やしてきた。もちろん、お金もだ。正直しんどいことのほうが多かった活動の中で、どうして今まで諦めずに続けることができたのかと考える。
最初は、目の前の助けを必要としている命に手を差し伸べるという、人として極々当たり前のことをしただけだ。それがきっかけで、捨て猫や野良猫にアンテナを張るようになったせいか、まるで導かれるように、助けの必要な猫と出会うようになる。見て見ぬふりはできない、捨てられている猫を拾っては育てていた子どもの頃と、根本はまったく変わらない。だから、私にとって保護活動はなんら特別なことではなかった。
行動の原動力は、怒りと悲しみ
こうして保護活動しているうちに、様々な動物を取り巻く問題を知ることになった。動物虐待のニュースを見れば、居ても立っても居られず、何かできることはないかと必死で模索した。動物虐待をした事業者に罰則を求める署名運動を手伝ったり、個人で自ら呼びかけ、アメリカにあるような動物虐待捜査の専門機関「アニマルポリス」の設置を求める署名運動を行ったこともある。
こうした行動の原動力の源は、怒りと悲しみだ。動物たちの尊厳を無視し、醜いまでに利益をむさぼり搾取し続ける悪質なペット事業への怒り。繁殖・販売・展示など、そこで苦しむ動物たちが、モノ以下のぞんざいな扱いをされているという、動物たちの痛みを想像すると、悲しくて苦しくて仕方ない。Evaを設立したのは、そんな問題を根本から改善し、不幸な動物を生み出さない社会にしたいと思ったからだ。
Eva設立前の20年間、さまざまな活動を通じて感じたのは、個人の活動の限界だった。多くの人に問題を知ってもらい、共に声を上げ、大きな力にしなければ何も変わらないと思った。行政による犬猫の殺処分をはじめ、ペットショップを支える命の大量生産・大量流通。悪環境で動物を展示する動物園など、私たちの身近にある動物ビジネスが、無法地帯と言って過言ではないくらい、法律が未整備で、必要な業規制がない。救っても救っても、保護しているだけでは終わりのないことに気づかされた。
不用意に苦しむ動物を生み出さないためには、動物を守ることのできる法律や制度が必要だ。そして、その法律を実効的なものにするためには、ネグレクトや虐待にきちんと迅速に対応できる、動物虐待に特化した制度設計も必要だと思う。なぜなら、悪質事業者から動物を守るために、その法律や省令を用いるのは行政の自治体だからだ。
動物の遺棄・虐待罪の厳罰化を目指して
今年は、6年ぶりに、動物愛護管理法の改正がある。一昨年から、超党派の動物愛護議連の中で法改正について議論されてきた。Evaは議連のアドバイザリーを務めているので、現状の問題を伝えながら、どう改正すべきか提言している。
しかし、昨年から続く政治の混乱で、議連の中心メンバーである与党議員が落選したこともあり、会議が開かれず充分な議論がなされないまま、改正のリミットを迎えてしまうのではないかと苦慮している。5年に一度の改正なので、2019年の法改正で取りこぼした課題や、時間切れで議論を尽くせなかった 課題について、今度こそは1つでも多くの問題を解決に導く、実効的な法改正であってほしい。
現在、Evaは動物の遺棄・虐待罪の厳罰化を目指した署名運動を行っている。現在の法定刑は、1年以下の懲役、または100万円以下の罰金だ。Evaが目指しているのは、3年以下の懲役、または300万円以下の罰金。
悪質事業者の多くは、動物の殺傷罪より、虐待罪で裁かれることが多い。そのため、遺棄虐待の厳罰化をしないかぎり、その罪に見合った求刑さえされないのが現状だ。2019年の法改正では、私たちが呼びかけて集めた24万筆以上の署名が大きな後押しとなり、2年以下の懲役、または200万円以下の罰金だった殺傷罪が、5年以下の懲役、または500万円以下の罰金に、大きく厳罰化が実現した。次期改正でも遺棄・ 虐待の厳罰化を目指し、2月28日の締切まで、全力で署名を呼びかけたいと思う。
YouTube(公益財団法人動物環境・福祉協会 Eva)
動物に対する認識は変わってきたけれど……
Evaの設立当初は、ペットショップの命の展示販売について反対の声を上げると、過激な運動だと言われることもあった。けれど昨今は、事業者による動物殺傷や虐待が事件化し、メディアでも取り上げられることが増え、ペット業界の非道なビジネスが徐々に知られるようになった。
今では多くの人々が、問題を共有し始めているので、過激だと言われることもない。だが、まだまだペット流通の問題を知らない人は多い。その証拠にペットショップは新規オープンし、チェーン展開する大手は、大きな利益を上げ続けている。こういう事実を目の当たりにすると、啓発活動の難しさを痛感する。動物虐待の上に成り立っているビジネスなのに、職業選択の自由が憲法で守られているから、それを理由に生体展示販売自体をやめさせることが困難なのだ。だから、せめて動物虐待があれば、厳正に処分されることを、今は強く求めるしかない。
もういい加減ペットショップの命の大量流通による展示販売は、動物の犠牲ありきのビジネスモデルだということを、すべての人々が知るべきだと思う。そうしてペットショップから命を購入する人がいなくなれば、社会から受け入れられない商売として、淘汰されていくことが期待できるのではないか。動物たちの未来は、私たち消費者の行動にかかっている。
もちろん犬や猫など私たちの伴侶となる動物の未来だけではない。あらゆる人間の管理下で、酷い扱いを受けている動物がいる。産業動物、実験動物、動物園や水族館、昨今急増している、ふれあいを目的にしたカフェの展示動物もだ。すべての動物に、動物福祉に配慮した尊厳ある扱いをすべきだが、動物福祉に対する理解と政策がほとんど進んでいないのが現状だ。
気が遠くなるほど多くの問題と課題を抱えている。そんな日本の動物に関する問題と課題を中心に、Evaが取り組んでいることや注視していること、ときには心温まるエピソードなども、この連載を通じて皆さんにお伝えしたいと思う。
※杉本さんの連載は、毎月15日前後配信を予定しています。
杉本 彩(女優 公益財団法人動物環境・福祉協会Eva理事長)