2025年2月10日 読売新聞オンライン
動物病院のない鹿児島県の喜界島で出張診療所の設置計画が進んでいる。診療所施設は飼育動物の健康管理とともに、去勢や不妊手術で飼い主のいないネコの繁殖を抑える「TNR」活動の拠点としても期待されている。喜界島で巡回診療を行っている奄美いんまや動物病院(鹿児島県龍郷町)の伊藤圭子院長(47)に、施設の意義や動物保護の取り組みを聞いた。
伊藤圭子さん(龍郷町の奄美いんまや動物病院で)(読売新聞)
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――診療所設置の経緯を。
「喜界島で2か月に1回の頻度で診療を行っている。手術ができる車両に心電図などの機器を積み込み、フェリーで渡るが、移動に時間がかかっている」
「そんな時、JAC環境動物保護財団(東京)の助成金制度を知った。一緒にTNR活動を行っているボランティアグループ『にゃんだふるらいふ喜界島』(中山亜沙美代表)が、常設の診療施設の必要性を訴えて申請したところ、助成対象に選ばれた。その資金をもとに、4月のオープンを目指して準備している」
――開設されたら島の動物医療はどう変わる。
「診療所に医療機器が常備されると、飛行機で行き来できる。日帰りも可能で、来島頻度が増えるだろう。ネコが多い喜界島では、妊娠が疑われるネコを取り逃がし、次に訪れた時は出産していたということがある。毎月来島することで、保護活動や急病などの課題に対処できる」
――奄美大島で野生動物の救護活動も行っている。
「昨年度は62件。今年度は75件(1月末現在)を受け入れた。9割以上がルリカケスなどの鳥類だが、アマミノクロウサギやケナガネズミなども時々、運ばれてくる。治癒して野生に返すことができるのは3~4割だ。多くが交通事故によるけが。奄美大島は人(の生活域)と山が近いので、動物との摩擦は避けられない。アマミノクロウサギは個体数の復活に伴い、事故の増加が心配だ」
――学校での屋外飼育に警鐘を鳴らしている。
「じめじめした校舎裏や雨風、夏の暑さは動物にとって過酷な環境だ。先日、奄美市の小学校で話す機会があり、『飼うなら屋内で。名前を付けて、みんなで責任を持ってお世話をしましょう』と呼びかけた。動物を飼うということは『命を飼う』こと。寄り添って世話し、死んだ後に見送るまでが飼育だ。フンは臭いし、死んだ体は冷たくなる。その現実と向き合いながら、命の尊さを学んでもらいたい」
特異な病気や感染症も念頭に向き合う
病院奥のケージに1匹のアマミノクロウサギがいた。わずかに口を動かすが、頭が傾き、元気がない。3年前、畑でぐるぐる回り続けているところを見つかり、運ばれてきたそうだ。伊藤さんは「ネコのフンが媒介するトキソプラズマ症の疑いがある。生きた状態での確認は初めて」と教えてくれた。時折、珍しい症例に出くわす。特異な病気や感染症も念頭に向き合っているという。(園田隆一)
◆いとう・けいこ=愛知県出身。日本大生物資源科学部獣医学科を卒業後、2013年に奄美大島に移住した。奄美市の動物病院勤務を経て、19年に奄美いんまや動物病院を開業。診療車で加計呂麻島などにも出向く。日本野生動物医学会評議員、鹿児島大学共同獣医学部非常勤講師なども務める。