2025年2月9日 産経新聞
国内の水族館でラッコが〝消滅〟の危機にひんしている。1月に福岡市東区の水族館「マリンワールド海の中道」で雄のラッコ「リロ」が死んだことで、国内で飼育中のラッコは鳥羽水族館(三重県鳥羽市)の雌2頭のみとなり、現存個体での繁殖が望めなくなったからだ。ラッコに限らず、ゴリラやゾウなど動物園でおなじみの動物が、輸入規制などで海外からの受け入れが難しくなり、近い将来、国内での展示ができなくなる可能性がある。繁殖や健康寿命の延伸が鍵を握り、各園で飼育員の奮闘が続いている。
「マリンワールド海の中道」のラッコ「リロ」の献花台の前で思いを語る飼育員の中嶋千夏さん=福岡市東区(一居真由子撮影)(株式会社 産経デジタル)
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■ピーク時には122頭
展示室前いっぱいに手向けられた花束。マリンワールドでは、1月4日に死んだラッコ「リロ」を悼んで各地からファンが訪れており、リロの人気ぶりを改めて示している。17歳だったリロは人間では70歳に相当。飼育員の中嶋千夏さん(49)は「ほんわかした愛らしい子で、本当にお客さまに愛されたラッコだった」と振り返る。
ラッコは国内の水族館などでピーク時には122頭が飼育されていた。だが、ワシントン条約で国際的な取引が規制され新規の受け入れが困難となり、高齢化が進んだ。
展示を継続するには国内で繁殖させるしかない。平成24年、繁殖を目的に和歌山県白浜町の「アドベンチャーワールド」からリロを受け入れ、当時いた雌の「マナ」との間で妊娠に至ったものの、赤ちゃんが誕生する前にマナが死んでしまったという。
繁殖には各水族館が取り組んできたが、個体の高齢化とともに難しくなり、国内に残る2頭が雌のみとなったことで現存個体での繁殖は不可能となった。中嶋さんは「ラッコは繁殖が難しく、雄を受け入れない雌もいる。動物をお客さまにお見せすることは私たちの使命。国内に残りわずかとなり、健康に長生きしてもらうことにも気を配ってきた」と語る。
■健康寿命を延ばす
国際自然保護連合が絶滅危惧種に指定し、海外からの入手が難しい動物にはゴリラやゾウなどもいる。
日本動物園水族館協会(東京)によると、同協会加盟園でゴリラを飼育しているのは、令和5年末時点で京都市動物園(同市左京区)など国内5園で、飼育頭数は計19頭。ゾウはまだ計100頭近くいるが、入手困難で地域の動物園から消えるケースも多く、天王寺動物園(大阪市天王寺区)では平成30年、人気のアジアゾウが死んだ後に代わりのゾウを入手できず、「ゾウはいません」と書かれた張り紙が話題となった。
これまで誰もがじかに見ることができた動物を、写真や動画でしか見ることができなくなる時代は近い。各園は飼育展示のあり方について模索を続けている。ただ、国内に数が少ない動物の繁殖は単独の園では難しい。このため、近年は動物園や水族館同士で飼育動物を無償で貸し借りして繁殖を促す「ブリーディングローン」が広く普及し、人工授精技術を活用した繁殖にも挑戦している。
■選択と集中で成果
「選択と集中」で成果を挙げた例もある。
鹿児島市平川動物公園は、飼育する種類を減らして1種類に割り当てられる面積を増やし、飼育環境を改善してきた。ピーク時に186種類いた動物は126種類に減ったが、チンパンジー用に広いスペースや、さまざまなタイプの寝室をつくったことで、3頭の出産につなげた。環境整備に加え、繁殖を学習した雌を迎えてお見合いをさせたり、出産後、群れにうまく交流できるようにしたりするなど、飼育員が試行錯誤を続けてきたことが実を結んだ。
同園は令和3年、インドゾウやシロサイ、マレーグマなど飼育中の8種類が10年後に園からいなくなる可能性があることを公表。実際、このうちマレーグマなど3種類が寿命などで姿を消した。
桜井普子(ひろこ)飼育展示課長は「種類をしぼって本来の生態系に近い環境を再現することや、他の園と連携することで繁殖につなげ、動物を長く見ていただけるようにしたい」と話している。(一居真由子)