2024年12月12日 現代ビジネス
2カ月で24頭の野犬の引き取り依頼
近年、野犬のニュースで騒がしい。
高倉はるか先生は、動物支援団体「ワタシニデキルコト」から2匹の野犬の子どもを預かった。写真提供:高倉はるか(現代ビジネス)
今年だけでも、1月の朝日新聞デジタルで「野犬のまち」と呼ばれる山口県周南市、7月と9月に毎日放送および毎日新聞デジタルで和歌山県雑賀崎周辺の野犬、10月の「スーパーJチャンネル」では茨城県で急増する野犬の群れなどの特集が、また、同月のNHK「クローズアップ現代」では、野犬の問題は山口県周南市、和歌山県雑賀崎地区だけに留まらず、九州、中国、四国、関東でも年間1000頭を超える野犬が保護されているなどの報道があった。
FRaU web連載でもおなじみの動物支援団体「ワタシニデキルコト」代表の坂上知枝さんも、「周南市では、市の職員も現地のボランティア団体も捕獲とその後の譲渡などに必死に取り組み、被害は少し減ってはきているのですが……。ただ、野犬の引き出し依頼は、ほかの地域からもあります」と話す。
坂上さんと「ワタデキ」にとっても、この問題は深刻だ。
10月16日に山口県のセンター収容の野犬の子犬2匹、24日に2匹、30日には3匹、11月に入ると、香川県で生後3週間の野良犬の子犬7匹の引き取り相談が、そして30日には山口県のセンターに収容された13匹の野犬の子犬に命の期限がついたと、現地の保護活動家さんから相談があったのだ。
保護した犬にやるべきこと
収容施設を持たないワタデキにとって、「引き受け」は簡単なことではない。まず一時保護を引き受けてくれる「預かりさん」を探し、引渡し前に健康診断と必要な医療を受けさせる。子犬一匹、引き出せば、健康診断などの検査とワクチン投与、駆虫、ケガや病気が見つかれば治療も必要で、フードやシートなどの消耗品、現地からの輸送費などを含めると、初期費用だけで、最低でも1匹5万円はかかる。
ワタデキが里親を探す野犬の子犬。人馴れしていない、臆病すぎる子はなかなか里親が決まらない。写真提供:ワタシニデキルコト(現代ビジネス)
自治体などからの補助はなく、チャリティイベント活動と寄付、足りない分はメンバーの自己負担となる。
「月曜日が命の期限です、と聞けば、目の前にいる子犬全部引き出したくなる。でもその後にかかる時間と費用と預かりスペースを考えれば、不可能ですよね。
今のところは地元の保護団体さんと話し合い、手分けして引き受けるようにしていますが、地元の預かりさんもワタデキに登録くださっている預かりさん宅も、そろそろ限界かもしれません」
「ほとんどいたちごっこ」というその背景には、むやみな餌やりと、「避妊・去勢はかわいそうだというような意識があったり、また、自由にしてあげたほうが幸せではないかということで放し飼いにしたりとか、何らかの理由で飼えなくなった場合、捨ててしまうということを起こしやすい」(帝京科学大学 佐伯 潤教授「クローズアップ現代」より)などの理由がある。
東京大学、および大学院で獣医学を学び、在学中にカリフォルニア大学デービス校付属動物病院にて行動治療学の研究をされた高倉はるか先生の連載。
前回は、はるか先生がワタデキの「預かりさん」を始めた経緯からお伝えしている。
9月にやってきた3歳の保護犬「アロイ」は、最初は人馴れせず、散歩も怖がって行けなかった。だが、先生の家で過ごして3週間、自発的に散歩に出るようになり、無事に譲渡へと進み、今では里親さんのところで幸せに暮らしている。
今回、はるか先生は、ワタデキ代表の坂上さんから「野犬の子犬を2頭、お願いできないか」と頼まれた。10月に相談のあった、山口県周南市からの子犬である。 これまで多くの犬を飼い、診察も含めて見てきたはるか先生だったが、野犬の子犬を飼育するのは初めてである。 以下、はるか先生の言葉でお伝えする。
3回目の「預かり」は野犬の子犬
9月から始まったワタデキの「預かりさん」も、今回で3回目になります。
山口県周南市からはるか先生の家に来た野犬の子「ポテト」(右)と「パンプキン」。写真提供:高倉はるか(現代ビジネス)
最初に来たアロイは素敵な里親さんに譲渡され、先日は高尾山に一緒に上ったそうです。初日、3日間も玄関に籠城して、散歩が怖くて、私がリードを持つだけで逃げていたアロイが、自分から散歩に行きたがるようになったと聞いて、なんだか胸がいっぱいになりました。
次のラブラドール・レトリーバーのビスコは、人懐っこいのに、ほかの犬に対してガウガウやってしまうからと、うちに来ました。
先住犬 オレオにも、最初はガウガウしていましたが、オレオが反応せず、またビスコになんでも譲ってあげているうちに、2頭はすっかり仲良しになりました。
とはいえ、散歩中に突然ガウガウが始まったり、肥満という健康問題もあるので、まだ気は抜けません。
ここに、山口県の周南市から「ポテト」と「パンプキン」がやってきました。
驚くことに、ガウガウすると思った「ビスコ」が、子犬のポテトとパンプキンにはとても好意的です。2匹もビスコを慕い、そばに行きたがります。
対照的に、私のことは警戒して近づいてきません。
ポテトはおやつでなんとか触らせてくれますが、パンプキンは一切触らせません。寝ているところに近付いても、途中で気づいて逃げる。
子犬なら野犬もブリーダー出身も変わらないという意見もありますが、今回預かった2匹は全く人馴れしていません。
母親が飼育経験のない「野犬」だったせいか、2カ月齢という幼い子犬のうちから、人をまったく信用していないのです。
人を信用できないと、人から褒められたり、なでられたりされても嬉しくない。
子犬のトレーニングは、好奇心や遊びたい気持ちをうまく利用して言葉やコマンドを教え、できたらたくさん褒めます。犬は褒められると嬉しいので、それを繰り返して教えます。
けれども、2匹は人から褒められても喜びません。
たとえばトイレトレーニング中にパンプキンがケージの中でおしっこができて、私が「えらいね~」と撫でようとすると、パンプキンは逃げるのです。
2匹が紐で遊んでいるところに、「引っ張ってあげようか?」と近づいた時も、ぱっと逃げる。私のことが怖いのです。これではトレーニングになりません。
自分たちを捕まえる怖い人間
ブリーダーさんから来た子犬が人を怖がらないのは、母犬が人に警戒心を抱いてないからです。飼い主と母犬の間に信頼関係があれば、そばにいる子犬も人を怖がることはありません。
徐々に馴れてきて、はるか先生の手からおやつをもらうポテト。写真提供:高倉はるか(現代ビジネス)
一方で飼育経験のない野犬にとって、人間は自分たちを捕まえる怖い存在です。つねに警戒心マックスで接します。それを見てきた子犬もそう簡単には心を許しません。人間は信用できないし、期待も持てないのです。
今回の「預かりさん」としての私の役割、それは、2匹の子犬の警戒心を解き、人間を好きになってもらうこと。そして、人と一緒にいることの心地よさを知ってもらうことです。
次の里親さんの家で幸せになるためには、その2つは絶対に必要です。
そのためには、怖い思い、嫌な思いはさせられません。私も意識して甘やかしています。
夜中に大運動会を繰り広げても、タオルや靴下をかじって穴をあけても、ベランダの植木鉢を倒して土まみれになっても、なんとか笑顔をつくり、「いいよ」「いいよ」と優しく声をかけるようにしています。家族にもそこは理解してもらっています。
とはいえ、トイレトレーニングに失敗して、部屋のあちこちにうんちをまきちらし、さらにその上を走り回れば、2匹はうんちまみれです。シャワーが嫌いでも、そこはとっつかまえて洗いはしますが。
こうして2週間がたつうちに、ポテトはだいぶ慣れてきました。抱っこは気持ちがいいようで、そのままうっとりした顔で寝ることもあります。
一方のパンプキンはまだまだです。おやつは手からしかもらえないので(人の手に慣れるための練習)、ポテトがもらうのを見て、近寄っては来るようになりましたが、抱っこも撫でられるのも嫌。まだまだ人間が怖いのです。こうした警戒心の強さは、個性というか、持って生まれたものなのでしょうね。
◇野犬と野良犬、呼び方は違えど、そこに明確な区分はない。どちらも「飼い主がいない」犬である。
だが、保護活動の面から言えば、両者には大きな違いがある。過去に人間と信頼関係を築いたことのある犬は、再び人を信頼できるというのだ。
はるか先生は、「前に飼われていた経験があり、今、飼い主不在」の犬を「野良犬」と呼び、「人から飼われたことも、餌をもらったこともない」野生動物状態の犬を「野犬」と呼んでいた。