2024年11月6日 AERA dot.
人の都合で無理な繁殖、病を招く交配、幼くても出荷、「不良在庫」を引き取る闇商売……。「かわいい」の裏側で、犬や猫たちがビジネスの「奴隷」となっている現状。足かけ17年取材を続けてきた朝日新聞記者・太田匡彦さんが、ペットビジネスの凄惨な実態を暴いた著書『猫を救うのは誰か ペットビジネスの「奴隷たち」』。どんな思いで取材を続けてきたのか、文庫版の発売を記念して太田記者が「一冊の本」2024年10月号に寄稿した文章を特別に公開します。
ペットオークション(競り市)に出品された子猫=2024年6月、太田匡彦撮影(dot.)
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22万3118匹。2014年度から22年度の9年間に、繁殖から流通、小売りまでの過程で死んだ犬猫の数です。繁殖業者やペットショップが年度ごとに所管自治体へ提出する「犬猫等販売業者定期報告届出書」を独自に調査、集計してはじめてわかりました。
この死亡数に、原則として死産は含まれません。また繁殖に使われたのちに繁殖能力が衰えて引退させた犬猫は「販売または引き渡した数」として集計されるため、寿命で死んだような犬猫も含まれていません。同届出書の提出義務を順守しない業者も少なからず存在します。22年度でみると、提出率は84.6%でした。さらに言えば、業者のすべてが正直に死亡数を報告するとは思えず、どちらかといえば少なめの数を書く可能性が高い。
それでも毎年約2万5千匹という数に達します。流通過程におけるこの死亡数は、全国の自治体による殺処分数(22年度は1万7241匹、環境省調べ、負傷動物を含む)をゆうに上回るものです。ペットショップの明るいショーケースのなかで無邪気に遊ぶ子犬・子猫たちの背景には、これだけの数の犠牲があり、深い闇が広がっているのです。
足かけ17年、ペット業界を取材してきました。取材を始めた頃は、行政も業者も取りつくしまもありませんでした。行政職員は、動物愛護センターや保健所で何が行われているのか、その実情を隠したがりました。業者はそもそも取材拒否です。ひたすら情報公開請求を行い、山と積んだ開示資料に向き合い、まずは業者が売れ残りや繁殖引退犬を行政に持ち込み、行政はその犬たちを殺処分している実態を暴きました(犬ビジネスの『闇』 流通システムが犬を殺す「AERA」2008年12月8日号)。
いま思えばこのときはまだ、ペット業界の闇の一端に触れたに過ぎませんでした。取材をすればするほど、動物たちをモノとしか見ていない、場合によってはモノ以下のような扱いをする、残酷な世界に足を踏み入れていくことになりました。
悪質な繁殖業者のもとで毛玉と糞尿にまみれ、脚腰がたたなくなった繁殖犬たちを目の当たりにしたときには、心の底から怒りがわきました。「引き取り屋」の薄暗い、ホコリだらけのプレハブ小屋のなかで、狭いケージのなかにうずくまる猫を見たときは、ひどく悲しくなりました。遺伝性疾患を発症した2匹の柴犬に出会ったときは、その理不尽さに震えました。取材相手を面と向かって非難したくもなるし、せめて少しは改善するよう説得したくもなりますが、それは私の仕事ではない……。感情をおさえ、相手の言い分に耳を傾け、ノートにペンを走らせました。
そうした取材を通じ、これまで朝日新聞やAERA、週刊朝日など様々な媒体に記事を書いてきました。本も何冊か、世に出しました。ただ、悲惨な環境にいた犬たち、猫たちはもう、生きていない可能性が高い。救いの手を直接さしのべられなかったいくつもの後悔が、心のなかに重くつみかさなっています。それでも、取材の成果を世に問うてきたことで、彼ら彼女らの犠牲に少しくらいは報いることができたのではないかと、信じたい自分がいます。
この5、6年で日本のペットを巡る環境はずいぶん良くなったと思います。特に法制度の面では19年の動物愛護法改正により、幼い子犬・子猫の心身の健康を守る「8週齢規制」が導入されました。繁殖の現場で酷使される繁殖犬・猫の飼育環境を改善するための、数値規制を盛り込んだ「飼養管理基準省令」も施行されました。これまで遅々として進まなかった、悪質業者の改善・淘汰につながるはずです。
ただそれでも、課題はまだ山積みで、改善の余地が随所にあります。ペットビジネスはあちこちがブラックボックスに覆われたままです。そこには、苦しむ犬たち、猫たちが数多く取り残されています。
こうした現状を打破するカギを握っているのは誰か――。これまで動物愛護や動物福祉の問題に関心を抱いてこなかった、一般の飼い主たちではないかと、私は考えています。犬猫をはじめとしたペットの「かわいさ」だけを一方的に消費するその姿勢が、ペットビジネスに闇が存在し続けることを助長してしまっています。この層が変われば、闇を過去のものにできるのではないでしょうか。
変化の兆しはあります。新たに犬や猫を飼おうというとき、保護犬・保護猫を選択肢として考える人が増えてきているのは、その現われの一つでしょう。でもまだ大多数の人が、背景に何があるのかを考えずにペットショップに足を運んでいるのです。こうした人たちにこそ、本書『猫を救うのは誰か』が届いてほしい。そう願っています。
※「一冊の本」2024年10月号より