足かけ17年、ペットビジネスの闇を追い続けた理由 無責任な「かわいい」が生み出す“大量生産・消費 | トピックス

トピックス

身近で起こっている動物に関する事件や情報の発信blogです。

2024年10月9日 AERA dot.

 

 

 多くの著名人がメディアで動物愛護を説き、悪質ペットショップは糾弾され、保護猫や保護犬を迎える人が増えた。ペットを取り巻く環境は大きく変わりつつあるが、「かわいい」の裏側にある動物たちの悲惨な運命を、我々はまだ知らないのではないだろうか。朝日新聞記者・太田匡彦氏が、『猫を救うのは誰か ペットビジネスの「奴隷」たち』で17年にわたる取材で得た知識や経験を綴った。なぜ太田氏がペットビジネスの取材を始めることになったのか、その理由と深く熱い思いを、「はじめに」と「あとがき」の一部を抜粋・再編して公開する。 

 

千葉県内の繁殖場。母猫はこの「産室」で出産、子育てをする=2023年10月、太田匡彦撮影(dot.)

 

【写真】キレイに立ち上がった白茶猫「そろそろ陶芸でも始めてみようかな」 

 

*  *  *

 

  いつの間にこうなったのか。気付けば猫は「買うもの」になりつつある。

 

  動物愛護団体がいま一生懸命に野良猫を捕獲し、不妊・去勢手術を施し、元いた場所に戻す「TNR活動」を行っている。外で暮らす猫を徐々にでも減らし、殺処分されてしまう不幸な命が生まれるのを防ぐためだ。

 

 外で暮らす猫をゼロにするのは遠い道のりだ。でも進んでいけば、確実に「殺処分ゼロ」に近づく。地域単位では、屋外で猫を見かけなくなったところも出てきた。

 

  ただ、懸念がある。この活動が成果をあげていった先にある世界では、猫は「買わなければ手に入らないもの」になるかもしれない。

 

  ペットビジネスの犠牲になる猫がいまより格段に増えていくのではないか――。そんな不安をおぼえる。

 

   現代において犬たち、猫たちは人間にとって「家族の一員」と言えるまでの存在になっている。だが一方で、日本には「奴隷」の身分を強いられる犬、そして猫が存在するようになった。命の「大量生産」「大量消費(販売)」を前提とするペットビジネスの現場にいる犬、猫たちのことだ。

 

  狭いケージに閉じ込められたまま生産設備として扱われ、その能力が衰えるまでひたすら繁殖させ続けられる犬、猫たち。物と同じように市場(いちば)で競りにかけられ、明るく照らされたショーケースに展示され、時に「不良在庫」として闇へと消えていく子犬、子猫たち。

 

  繁殖から小売りまでの流通過程では、劣悪な飼育環境下に置かれるなどして毎年、少なくとも2万5千匹前後の命が失われている。

 

 他方で、2022年度には全国の自治体で1万7241匹もの犬猫が殺処分された(環境省調べ、負傷動物を含む)。

 

  ペットショップの店頭で子犬や子猫を眺めていても、犬や猫を迎えて一緒に暮らしていても、多くの人は、こうした「奴隷」の存在を意識することはないだろう。

 

  犬や猫などのペットは間違いなくかわいい。かわいい犬や猫に接したり、動画を見たりしていると確かに癒やされる。だが、犬や猫の「かわいさ」だけを一方的に消費することは、命への無関心と表裏の関係にある。無関心は、かわいさの裏側にある、過酷な運命をたどらざるを得ない犬猫たちの存在から、目をそむけさせる。

 

  結果として、ペットビジネスの現場で苦しむ犬、そして猫たちは救われることなく、その苦しみはそのまま次の世代にも受け継がれていく。

 

  動物に関する取材を始めたのは2008年夏のことだ。当時はまだ10万匹前後もあった犬の殺処分数の裏にひそむ、繁殖業者やペットショップによる売れ残りや繁殖引退犬の遺棄問題を追ったのが、その最初だった。

 

  そもそもどうして一連の取材を始めたのか――。問われると、両親がともに獣医師資格を持っていて、犬はもちろんウズラ、ハムスター、モルモットなど常に何らかの動物が家にいる環境で育ったことを、理由にあげてきた。

 

  しかしよく考えたら、もう一つ大きな理由があった。取材を始めた当時飼っていた、柴犬さつきの存在だ。さつきがそばにいたから、犬たちを巡る問題にのめり込んだ。さつきとの日々がなければ、この道を進んでいなかったと思う。

 

 それから足かけ17年。取材を始めたころに比べれば、繁殖業者やペットショップにまつわる問題は世の中で知られるようになった。ただそれでも、多くの人がまだ「かわいさの裏側」について、無関心であり続けていて、犬につづいて猫も、ペットビジネスの犠牲になりつつある。

 

  2019年に行われた動物愛護法改正は、ペットビジネスにかかわる犬猫の動物福祉(アニマルウェルフェア)を向上させるという意味では、大きな前進だった。8週齢規制と飼養管理基準省令の制定が実現したことは、日本の動物福祉史のようなものを考える時、一つの画期だったと言える。

 

 この改正法に書かれた条文と趣旨を業者、行政、そして私たち一般の飼い主がしっかりと理解し、適切に運用していけるかどうか、まだあいている「穴」を埋められるかどうか、まさにいま試されている。

 

  動物福祉を向上させようという世界的な潮流は、今後ますます強まっていくだろう。当然ながらその対象はペットに限らない。日本に暮らす、私たち人間がかかわる多くの動物たちの福祉に十分に配慮した環境を整えられるかどうか、これから中長期的に問われることになる。解剖学者の養老孟司さんに取材した際の言葉を、改めて紹介する。

 

 「日本でも、動物たちの自由や福祉を考えられるようになってきたことは、人間として余裕が出てきたということだと思います。動物は自然であり、そして人間も本来自然な存在で、ペットを通じて自然と地続きだという感覚を取り戻せる。そこから、人間本来のあり方を考えることにもつながっていきます。これは、なかなかいいことです」

 

  遠くない将来、日本の犬猫たちを覆う「闇」が過去のものとなっていてほしい。ペットビジネスの現場にいる犬たち、猫たちが救われていてほしい。そう願い、取材を続けている。

 

  3年前の春、さつきは天国へと旅立った。本書を愛犬さつきに捧ぐ。

 

(文/太田匡彦