「人生の最後に、自分の大切なものを『諦めろ』は酷」犬・猫と入居できる老人ホーム、現場を10年見つ | トピックス

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2024年1月16日 ORICON NEWS

 

 

 “ペットは家族”という価値観が定着した今、犬や猫と同伴入居できる日本初の特別養護老人ホーム「さくらの里山科」が注目を集めている。特に有名なのが入居者の死期を悟り、最期まで寄り添う“看取り犬”の文福くんだが、ここは現在8匹の犬、9匹の猫が暮らしてる。「さくらの里山科」の取り組みから、犬と猫と人間が共に穏やかに老いていく社会のあり方を考えたい。

 

■入居者の平均年齢は90歳 犬8匹、猫9匹とともに生活

 

 日本初の犬・猫と同伴入居できる特別養護老人ホームである神奈川県横須賀市の「さくらの里山科」。2012年4月の開設当初から同伴入居の取り組みを行ってきたが、近年は数々のメディアで紹介されたことから、全国から問い合わせが殺到するようになったという。さぞかし入居待ちの人が多いだろうと思いきや「今のところ、そうでもないんですよ」と施設長の若山三千彦さんは言う。

 

 「問い合わせのほとんどが、高齢者と言っても比較的お若くて元気な方からなんです。国の制度として特別養護老人ホームは要介護3以上でないと入れないため、対象ではないというわけですね。ちなみにここの入居者の平均年齢は90歳です」

 

 現在、同ホームには犬が8匹、猫が9匹暮らしている。そのうち保護犬・猫はそれぞれ3匹ずつ。つまり犬5匹、猫6匹が入居者とともにやってきたというわけだ。

 

「同伴入居はだいぶ増えていますね。開設当初は希望がほとんどありませんでした。実際、ここに視察に来て『うちでも同伴入居をやりたい』と帰っていく福祉関係者は多いのですが、いざ募集をしてみたら希望者がゼロだったため断念したというケースは少なくないんです」

 

 さくらの里山科への反響の大きさからは意外だが、そもそもペットを飼っている高齢者そのものが少ないのだという。

 

 「犬や猫が好きで一緒に暮らしたいという高齢者は多いんです。ただ、ある一定の年齢になると飼うことを諦めてしまうんですね。自分の体も弱っていくし、最後まで面倒を見られないかもしれないからと。世間では高齢者のペット問題への批判もありますが、それはごく少数例。私の実感では、ほとんどの方が『迷惑はかけられない』と我慢してしまっているんです」

 

■「なんで犬が家の中をウロウロしてるんだ」開設当初はプレ団塊世代のペット観に苦労も

 

 さくらの里山科の定員は100名。そのうち犬と猫が暮らすユニットは各2つあり、それぞれ10名と5匹を定員としている。犬猫たちは自由に過ごしているが、散歩など以外で自分のユニットを出ることはない。

 

 「犬猫ユニットの入居者は“完全なる犬猫好き”に限定しています。というのも開設当初、ちょっとしたミスマッチを起こしてしまったんです。犬は大好きだし、昔飼っていたからぜひ入りたいとおっしゃる方を犬ユニットに配置したところ、『なんで犬が家の中をウロウロしてるんだ』とお怒りになってしまったんですね」

 

 以来、入居希望者には綿密なヒアリングと見学(コロナ禍の間は動画)で入居ユニットを振り分けている。

 

一昔前と現代で人間とペットの距離感は大きく変わった。かつて犬は屋外に繋がれ、猫は家と外を行き来していたが、「ペットは家族」という価値観が当たり前になった今は完全室内飼いが主流だ。若山さんがその境目を「おおむね団塊の世代の上か下かではないでしょうか」と言う。

 

 もちろん現在の高齢者にもペットをかけがえのない家族とする人もいる。若山さんが「犬猫と同伴入居できる特別養護老人ホーム」の開設を決意したのも、高齢者施設への入居のため泣く泣く愛犬を手放し、その後、生きる気力を失って早逝した独居老人を見てきたからだった。

 

 「あと10年もすれば『ペットは家族』という価値観の世代が、続々と特別養護老人ホームの対象になります。また犬や猫も高齢化しています。いくら迷惑をかけたくないと言っても、思いがけなく早く介護認定を受けてしまうこともあるでしょう。特別養護老人ホームは人生の最期を迎える場所にもなっています。人生の最後の最後に、自分の大切なものを『諦めろ』『手放せ』というのはあまりに酷ではありませんか」

 

 現在、ペットと同伴入居できる特別養護老人ホームは全国で3ヵ所。今はまだニーズは少ないとは言え、同ホームへの問い合わせ状況からも遠からず必要とする人は急増するはずだ。

 

■「高齢者がペットと暮らし続けるための支援のあり方を、社会全体で考える必要がある」

 

 では、高齢者施設にペットを受け入れることへのハードルはあるのか。意外にも「環境面ではハードルは低いんです」と若山さんは話す。

 

 「たとえば滑りにくく、汚れに強く、転んでも怪我をしにくい床材。あるいは車椅子がぶつかっても傷がつきにくい壁材。そうした介護用の建築資材って、犬や猫が暮らす環境にも適しているんです。またアルコール消毒などの感染対策は高齢者施設では日常的なものですから、衛生面にも問題はありません。一昔前の高齢者施設は入居者さんの失禁など臭いとの戦いでしたが、今は空気清浄機や洗剤も格段に性能が良くなっています。便や尿の処理もスタッフは手慣れたものですから、今は臭いで困っている高齢者施設はほとんどないと思います。そこにペットが加わっても特別な対策は必要ないんですよ」

 

 では、制度面ではどうなのだろうか。

 

 「おそらくそこが一番のハードルかもしれません。横須賀市は殺処分ゼロをいち早く実現していたりと動物行政に理解がありましたが、許可の出ない自治体もあります。動物と人間の関係がこれだけ変わった今、高齢者がペットと暮らし続けるための支援のあり方を、社会全体で考える必要があるときに来ていると思います」

 

 なお、さくらの里山科では入居者はもちろん、スタッフも“完全なる犬猫好き”に限定して配備している。

 

 「ただ犬猫のお世話は本来の業務ではないですし、スタッフの負担を考えればもっと増員するべきなんです。しかし高齢者施設はどこも人手不足ですし、経営も常にギリギリ。『犬猫がいるからここで働きたいんです』と言ってくれるスタッフに甘えてしまっているという点では、私は経営者失格ではないかと思うこともあります」

 

 特別養護老人ホームの運営には介護保険から経費(介護報酬)が交付されるが、あくまで“本来の業務”に使うためのお金。犬猫に関する年間300万円の費用が運営を圧迫しているのも事実だ。

 

 「どんなに厳しくなっても止めるつもりはありませんし、ペットと高齢者が暮らすことを特別なことだとは思っておりません。旅行が好きな人を旅行に連れて行く、美味しいもの好きな人は美味しいもの食べれるようにするというように、ペットと暮らしたい人がペットと暮らせるようにしたいと考えております。その人にとって、人生で大切なものを諦めないようなホームにしていきたいです。

 

 私はそもそも、特養もデイサービスも、楽しいだけでいいじゃないかと思っています。人生の最期をここで過ごすんだから、楽しいほうがいいに決まってる。とはいえ、いまだに福祉の世界では、贅沢なことや楽しいことはよくないみたいな価値観は残っています。

 

 以前、祐介くんという猫と一緒に入居された方がテレビのインタビューに『今が至福の時です。人生の中で今が1番楽しい』で話してくれたんです。これは嬉しかったですね。やっぱり高齢者がみんなそう言えるような世の中になってほしいです。若い頃も楽しかったけど、今が1番楽しいよって。普通の人と同じように高齢者も普通の生活を楽しめる。そういう社会になってほしいですね」

 

(取材・文/児玉澄子)