“看取り犬” として話題の文福くん、なぜ人の死期を悟り20人以上を看取ってこれたのか? 養護施設 | トピックス

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2023年12月26日 産経新聞

 

犬好きであれば、神奈川県横須賀市の特別養護老人ホーム「さくらの里山科」の文福くんについて聞いたことがある人もいるだろう。入居者の死期を悟り、最期まで寄り添う“看取り犬”として多くのメディアに紹介されてきた文福くん。しかも共に暮らした20名以上の入居者すべてを看取ってきたというから偶然とは考えられない。今年9月に刊行された『犬が看取り、猫がおくるしあわせのホーム』(光文社)で話題となっている文福くんのエピソードから、高齢者とペットの関係を考えたい。

 

 

【画像】最期その時まで片時も離れない行動に職員も当初は驚き…文福くんによる看取り行動

 

■“看取り”に気付いたのは施設に入って2年後のこと、最期まで寄り添う明確な意思がそこに

 

入居者10名と犬4匹が暮らすユニットに足を踏み入れると、伏せをしていた文福くんがキッとこちらを見据えてきた。「入居者さんは僕が守るんだ」とでも言っているのだろうか。「大丈夫だよ」と目線を合わせて挨拶をすると満面の笑みで尻尾を振ってくれた。陽気で天真爛漫な文福くんを、「私の恩人です」と施設長の若山三千彦さんは愛おしげに見つめる。

 

雑種犬の文福くんは推定14~5歳。犬としては高齢だが、いつも元気いっぱいだ。そんな文福くんが、ときに悲しげな表情をすることに気づいたのは「さくらの里山科」にやってきてから2年近く経った頃のことだった。

 

「ある入居者さんの部屋の前でうなだれていました。職員が『文福、入る?』と声をかけるとついてきて、ベッドの脇に座り込んだんです。それからトイレやご飯以外は片時も動かなくなり、入居者さんの顔が苦しそうに歪んだときにはベッドに上がって優しく顔や手を舐めることもありました」

 

それから3日後、その入居者は天に召された。単に死期を悟るだけでなく、最期まで寄り添う明確な意思がそこにはあったという。

 

「実はこの文福の行動は初めてではなく、半年前にも同じことがあったのをスタッフが思い出したんです。その後も、またその後も。これまで文福が看取った入居者さんは20名を超えています」

 

■文福くんが持つ“共感性の高さ”が入居者やスタッフの“救い”に

 

「さくらの里山科」の定員は100名で、年間30名が亡くなる。これは特別養護老人ホームでは平均的な数字だ。犬と猫が暮らすユニットは各2つあり、各10名が入居する。1つのユニットで亡くなるのは年間3名前後。高齢者福祉の現場で働くスタッフたちにとって死は常にそばにあるものだ。

 

「福祉の世界には『最低限の生活を保障する』という価値観が今なおあります。しかし私はそれは違うと思うんです」

 

その人らしい最期を迎えさせてあげたい。そうした「さくらの里山科」のターミナルケア指針にも、文福くんは大いに活躍している。

 

「若い頃に過ごした漁港に行きたいと、うわ言のように言い続けていた元漁師の入居者さんがいたんです。すでに余命1週間の宣告を受けており、医学的には外出なんてとんでもない状態でした。しかし文福の看取り行動はまだ始まっていなかった。私たちは文福を信じようと思いました」

 

体調が安定していた日、介護スタッフと家族に付き添われて漁港に着いたその入居者は涙を流して喜んだ。文福くんが看取り行動を始めたのは、帰ってきてから4日後のことだったという。

 

人間の死期を悟り、寄り添う犬や猫のエピソードは決して少なくない。ちなみに「さくらの里山科」でかつて暮らしていた猫のトラくんも、文福くんと同様に看取り行動をしていたという。

 

「『匂いでわかるのでは』と言う獣医さんは多いですね。特養で亡くなる方は基本的には老衰。食べ物や水分を受け付けなくなり、時間をかけて息を引き取っていく方がほとんどです。犬や猫は嗅覚が鋭敏ですから、おそらくみんなそうした枯れていく匂いを感じ取っているのではないでしょうか」

 

とは言え、「なぜ寄り添うのか?」は不思議なところ。

 

「文福については共感性が高いと思います。弱っている人を放っておけないんでしょう。仕事で失敗して落ち込んでいたら、文福が寄り添ってきたという体験をしているスタッフは何人もいます」

 

また、ナースコールがわからない認知症の高齢者が助けを求めているのを見て、職員を呼びに来ることもよくある風景なのだという。

 

「文福は本当に人をよく見ています。こんなこともありました。別の認知症の高齢者のご家族が面会でいらした時のこと。それまでニコニコとお話されてたのに、ご家族が帰ろうとしたら、『私を捨てるのか!』と泣き出したんです。ご家族がオロオロしていると、文福がそこに駆け寄っていって、入居者の方に抱きついた。そうしたら、ご機嫌になって、ご家族も安心してそのまま帰ることができたなんてこともありました」

 

■「私たちの介護ではなく、犬の存在が生きる力となったことは間違いない」

 

2012年4月、「さくらの里山科」のオープン間もなくやってきた文福くんは元保護犬だ。保健所で殺処分になる寸前に動物保護団体「ちばわん」に保護され、開設準備をしていた若山さんに引き取られた。

 

教員だった若山さんが高齢者介護の世界に入ったのは、それ以前の1999年のこと。在宅介護施設を運営していたときのある出会いをきっかけに、「犬や猫と同伴入居できる日本初の特別養護老人ホーム」の開設を決意する。

 

「デイサービスで10年近く関わった高齢の方がいました。身寄りはなく、唯一の家族は愛犬のレオくん。その方もやがて自立できなくなりましたが、犬と一緒に入れる施設はない。しかし高齢犬を引き取ってくれる人も見つからず、知人に保健所に連れていってもらうよう頼んだ。それ以外に選択肢がなかったんです。その方はずっと『俺は家族を殺したんだ』と自分を責め続けていました。生きる気力を失い、半年後に亡くなってしまったんです」

 

動物愛護法では「終生飼育の努力義務」がうたわれている。しかしいくら努力をしても、人間は病気にもなれば事故に遭うこともある。それは若い人にも言えることだが、高齢者がペットを飼うことへの批判の声は多い。

 

「『ペットは贅沢品』『犬や猫がいなくても死にはしない』という人もいます。しかしそれは違うと、私は自分の経験からはっきり言えます。末期がんのため余命3ヵ月を宣告された方が、愛犬とともにさくらの里山科に入居し、10ヵ月もの間、元気だった例もあります。私たちの介護ではなく、愛犬の存在が生きる力となったことは間違いありません」

 

人間と同様にペットも高齢化している。犬と猫と人間が共に老いてゆき、どちらかが先立っても最期まで安らかに過ごせる場と仲間があってほしい。そんな理想を追い求めて若山さんが開設したのが「さくらの里山科」だ。

 

「文福がいなかったら、犬や猫と一緒に暮らすっていう私たちの試みが、 12年間続けてこれたかどうかって思いますね。

 

看取りという活動よりも、やっぱり文福がみんなに寄り添い、みんなが文福と一緒にいることを喜んでくれる。そういう存在がいたからこそ、私たち、自分たちのやってることには意義があるんだと、実感することができました。

 

もちろん、他にもいろんなワンちゃん、猫ちゃんたちが、そのことを私たちに感じさせてくれますが、その代表が文福ですね」

 

「さくらの里山科」の犬猫ユニットには、長い人生を犬や猫と過ごしてきた高齢者ばかり。認知症を患い、文福くんを「ポチや」とかつての愛犬の名前で呼ぶ入居者もいる。それでも文福くんは誰にでも等しく、優しく明るく笑顔を振りまいている。

 

(取材・文/児玉澄子)