動物の毛を使わない「SDGs・ビーガン」新素材で化粧ブラシ…熊野筆メーカーの挑戦 | トピックス

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2023年1月5日 読売新聞オンライン

 

PTT(ポリトリメチレンテレフタレート)にPBT(ポリブチレンテレフタレート)――? 熊野筆メーカー「晃祐堂」(広島県熊野町)の化粧筆工房。女性の素肌を彩る化粧筆にはおよそ似つかわしくない素材名が目に留まる。SDGs(持続可能な開発目標)やビーガン(完全菜食主義者)……。価値観が多様化し江戸時代から続く熊野筆の歴史が転換期を迎えるなか、新素材による革新的な筆に打って出た。

 

 

「伝統は守るものではあるが、縛られるものではない」がモットーだ。いま、SDGsへの対応に力を注いでいる。一般的な筆の材料はヤギやウマ、リスなどの毛だ。主に中国から輸入されるが、近年は動物愛護の観点から流通量が激減し、価格が高騰。そこに新型コロナウイルスの感染拡大が追い打ちをかけた。中国政府が野生動物の取引を禁止したことを受け、人工毛の商品開発を軌道に乗せた。PTTはトウモロコシ由来の繊維、PBTはプラスチックの一種だ。

 

人工毛はチークやリップなど化粧の用途に応じて異なる太さの毛を自由に作れる強みがあり、2021年に動物の毛を使わない「ヴィーガンブラシ」シリーズの販売を開始。動物愛護への意識が高い海外の利用者からも「肌触りが良い」と好評で、高級な動物の毛を使ったブラシよりも安価だ。「人工毛には、毛につやを出すキューティクルがなく、粉どりや弾力が異なる。どのような毛を配合するか苦労した」と明かす。

 

ほかにも、ペットボトルを再利用したポリエステル素材の化粧筆や、持ち手に間伐材を使った商品の開発を進めている。

 

アイデアは絶えない。他業種との連携でも活路を見いだしている。

 

オタフクソース(広島市西区)とは22年6月、人工毛を使ったお好み焼き専用のブラシを共同開発した。天然毛に比べて乾燥しやすいため菌の増殖を抑えることができ、毛が抜けにくく、衛生的であると人気で、全国のお好み焼き店から注文があるという。

 

府中家具メーカー「土井木工」(府中市)と開発したのは猫の肉球をモチーフにしたボディーブラシ。各地の地場産業を盛り上げるためのクラウドファンディングでは返礼品となり、SNSを中心に「かわいい」と話題に。目標金額の25倍に迫る約730万円の応援購入があった。

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化粧筆工房では化粧筆作りが体験でき、女性に人気だ。22年秋には町の新たな観光資源にしようと旅行会社と手を組み、化粧筆でのメイク体験を企画。美を追求する女性の心をがっちりつかみつつ、熊野筆の肌当たりの良さを実感してもらうことで、全国に熊野筆ファンを拡散させようとしている。

 

新しいことへの挑戦は、周囲との衝突も生む。いばらの道を進むのは、町の未来を考えてのことだ。「熊野筆メーカーで一番攻めている自負がある。熊野町を広島市や宮島に負けない観光スポットにしてみせる」と力を込める。(宮山颯太)

 

◆熊野筆= 江戸時代末期に農閑期の産業として始まり、1975年に国の伝統的工芸品に指定された。2011年にサッカー女子日本代表「なでしこジャパン」が国民栄誉賞を受賞した際、副賞として贈られて脚光を浴びた。先進7か国(G7)外相会合(2016年、広島市)や伊勢志摩サミット(同、三重県)でも各国の政府代表らに贈られた。