2021年10月21日 COURRiER JAPON
カバはアフリカに生息する動物だが、1980年代にコロンビアの悪名高き「麻薬王」がコロンビアに巨体の「カバ」を密輸した。その後時間は流れ、カバは自然に大繁殖し、今では生態系を破壊しかねない状態になっている。困った政府がついに対策に乗り出した。
麻薬王の残した負の遺産
コロンビアには、かつてパブロ・エスコバルという麻薬王がいた。ネットフリックスのオリジナルドラマ『ナルコス』で近年有名になったが、一時期世界最大だった麻薬組織「メデジン・カルテル」を1970年に創設し、密造したコカインを世界中に流通させた人物だ。
エスコバルが手を出したのは麻薬だけでなく、誘拐、爆弾テロ、無差別暗殺など幅広い犯罪だ。世界中に悪名を轟かせ、政府機関やライバル組織に狙われていたエスコバルは、1993年に当局に銃殺された。
米紙「ワシントン・ポスト」によると、そんな彼の残した“負の遺産”が、現在コロンビアで再び問題を引き起こしているという。
なんとエスコバルが密輸したカバが自然に大繁殖し、コロンビアの生態系を脅かしかねない状態にあるというのだ。
大富豪だったエスコバルは、1980年代に多くの珍しい生物と一緒に数頭のカバをコロンビアの所有地に密輸し、私設の動物園を自宅に作った。その後、エスコバルが殺害されると、当局はエスコバルの豪邸を差し押さえ、そこにいた数多くの動物についてはほとんどを国内の動物園に売却した。しかし、なんらかの理由で4頭のカバだけはそのまま放置された。
英メディア「BBC」によると、同問題に詳しいコロンビアの生物学者であるナタリー・カステルブランコは、「(巨大な)カバを移動させるのが物理的に難しく、当局は動物が自然に死ぬと思ってそのままにしておいたのでしょう」と語った。
「カバの楽園」コロンビア
しかし、その予想を裏切り、カバは地域で自然に繁殖してしまった。現在、コロンビアの広い地域の水路に80から120頭のカバが生息していると推定されている。このまま放置すると、2039年にはカバが1400頭以上にまで増えると推定されている。
しかし、外来種であるカバがそれほどまでに増えると、地域の生態系にさまざまな影響を与える可能性がある。すでに個体数の減少している在来種を絶滅させたり、排泄物が水路の化学成分を変化させて漁業を危険にさらしたりする恐れがあるのだ。また、体重が5トンもあるカバは人を攻撃し、危険に晒すこともある。
なお、コロンビアでのカバの繁殖スピードは早く、すでにアフリカ以外で最大の数に達している。南米にはカバの天敵がいないため、より容易に繁殖できるためだとカステルブランコは指摘する。また、干ばつによってカバの個体数が減るアフリカよりも南米の環境はカバにとって快適なようで、コロンビアではカバはより早い年齢で繁殖を開始することもわかっている。
対策に乗り出したコロンビア政府
さまざまな問題が指摘されるなか、今後個体数が大幅に増加して統制が取れなくなるのを阻止するため、当局はついにカバの不妊化に踏み切る。
それも不妊手術ではなく、米国農務省開発の避妊薬を使うという方法を取る。薬で動物の性ホルモン分泌を抑制し、生殖できないようにするというものだ。コロンビアの野生動物当局は米国農務省から同薬55回分の寄贈を受けた。
野生のカバに去勢・避妊手術をするのはすさまじい労力も要し、1頭あたり5万ドル(約570万円)と高額のコストがかかるので、多くのカバに実施するのは非現実的なのだ。
一方、もしカバのさらなる繁殖と環境破壊を食い止めるのであれば、殺害が効率的だと考えられる。しかし、そうは簡単に踏み切れない事情もコロンビア政府にはあった。
カバの多い地域では、カバを地域のペットのように考える人もおり、人々に親しみを持たれているのだ。観光客向けにカバを見せたり、カバ関連グッズを販売したりして生計を立てている住民も少なくない。
さらにカバは各国で絶滅しており、国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストで「危急種」とされている。コロンビアのカバは世界のカバの個体数を維持するための希望になると考える人もいる。
それゆえ、各方面から強く反対されるであろうカバの殺害という方法は避けられ、少しずつ不妊化を目指すこととなった。しかし、野生の巨体のカバに薬を投与すると言うのも簡単ではなさそうだ。