高齢者がペットを飼うのはわがまま? | トピックス

トピックス

身近で起こっている動物に関する事件や情報の発信blogです。

2020年11月2日 yomiDr.








ペットと暮らせる特養から 若山三千彦

 前回まで3回、進行性核上性麻痺(まひ)という難病で、愛犬のナナちゃんと一緒に入居した渡辺優子さん(仮名)について書きました。その第1回について、高齢者が新たに子犬を買ったことに対する大きな反響がありましたので、高齢者のペット問題について少し話させていただきます。


  終生その命を守る責任を負えない高齢者がペットを飼うのはわがままである、という多数の意見には、私も200%同意です。私は現在55歳で、愛犬たち(文福たちではなく、自宅にいる自分自身の愛犬たちです)は10歳です。よく妻と話をするのは「この子達が亡くなったら、もう新しい子を飼うのは無理かもしれないね」ということです。


60歳を過ぎて子犬を迎えてはいけない

最近の犬の平均寿命は14~15歳。私の愛犬たちが15歳で死ぬとして(考えたくはありませんが)、その時、私はもう60歳です。そこから新しい子犬を飼ったとしたら、そして、その子が平均寿命まで生きてくれたとしたら、私は75歳になります。まだまだ元気でいられるかもしれませんが、60代、70代には思いもかけぬことが起きることを私たちは仕事上よく知っています。脳 梗塞(こうそく) で倒れ、半身麻痺になるかもしれません。転倒骨折で車いす生活になるかもしれません。認知症を発症し、急激に進行するかもしれません。万が一の時、愛犬を不幸な目にあわせてしまうと考えたら、60歳を過ぎて、新たに犬を迎えてはいけないとわかっています。

自分が高齢になった時、正常な判断ができるか

 しかし、現実問題として、私自身が60代になった時に正常な判断を下せるか、となると、その自信がありません。人間、高齢になると、認知症にならなくても、記憶力や理解力、判断力、自制心などが衰えてくるからです。また性格の先鋭化といって、もともとの性格の一部が強くなってしまうことがあります。年をとると、頑固な人はより頑固に、怒りっぽい人はより怒りっぽくなるという現象です。これらのことは人間の頭脳の、いわば経年劣化によるものですから、程度の差や、早い、遅いの違いはあれど、すべての人が避けようがない現象です。 


  最近社会で問題になっている「キレる老人」や「クレーマー老人」は、判断力や自制心の衰え、あるいは性格の先鋭化が原因である可能性があります。 


 また、高齢者が特殊詐欺の被害にあうことが多いのも、同じ原因であると思います。少し前まではとてもしっかりしていて、詐欺の被害にあうなんて信じられなかった人が、ころりとだまされてしまう。それはまさに、理解力や判断力、自制心の衰えによるものでしょう。


  そして、この加齢による判断力や自制心の衰えこそが、高齢者のペット問題の本質だと私は考えています。


80代になり、寂しさに耐えきれず…ということも

 80代になり、配偶者に先立たれ、子供たちは皆自宅から出ているような、寂しい一人暮らしの犬好きの老人が、寂しさに耐えきれず犬を買ってしまう。少し前までは、その老人自身が、年をとってから犬を飼うのは無責任だと批判していたのに。そんなことが起きても不思議ありません。犬を買ってしまった瞬間は、かつて批判していた時の記憶が思い出せなかったのかもしれません。犬の未来に責任をとれないということの理解ができなくなっていたのかもしれません。記憶や理解があっても、それでも寂しいから犬を飼いたいという自分の気持ちを制御できなかったのかもしれません。

高齢者の自覚だけでは解決しない

 これを高齢者のわがままと一言で片づけることはできません。誰もがそうなるかもしれないのです。私も、これを読んでくださっている皆さんも、今は歳を取ったら犬を飼わないと決意しても、高齢になった時に犬を買ってしまうかもしれないのです。 


 念のために確認すると、このような現象は認知症とは別のものです。認知症という明確な病気にならなくとも、全ての高齢者の上に、多かれ少なかれ生じる現象です。 


 もちろん、それが認知症となると、さらに拍車がかかります。前回まで書いてきた渡辺さんは、進行性核上性麻痺という難病のため、認知症症状が出ていて、ナナちゃんを衝動的に買ってしまった可能性があります。


  このような高齢者の状況を考えると、高齢者のペット問題は、高齢者に自覚を求めることでは解決できません。社会全体の取り組みが必要です。

高齢者のペット入手 一定の制限を

一つは、当然、高齢者がペットを入手する手段を制限することです。ペットショップで60歳以上の人に犬猫を売ることを禁止するのが望ましいと思います(おそらくウサギやフェレットにも同じ措置が必要でしょう)。 
  ただし、私は高齢者がペットを飼うことを完全に禁止する必要はないと思っています。保健所から(あるいは保健所と連携している動物愛護団体から)、例えば7歳以上の犬猫を高齢者に譲渡するのを認める、というような道はあっていいと思います。そうすれば、里親がみつかりにくい、シニアの保護犬、保護猫の譲渡先確保にもつながり、一石二鳥です。

ペットシッター利用や一緒に施設入居などに公的サポートを

 そして、もう一つ必要な取り組みは、高齢者がペットを飼うことをサポートする仕組み作りです。まずは、ペットの世話や散歩を行うペットシッターを、高齢者対象の公的制度にすることでしょうか。若い人たちがペットシッターを頼む場合はもちろん自腹として、60歳以上の高齢者がペットシッターを使う場合、費用の半額を補助するような制度があると素晴らしいです。ペットシッターに散歩や健康管理をしてもらえれば、高齢者に飼われているペットも安全かつ快適に暮らせます。


  さらに、自宅での生活が無理になった高齢者がペットと一緒に介護施設に入居できるようにすることが必要です。さくらの里山科が自力で取り組んでいることを、公的な枠組みに入れてほしいと思っています。公的な枠組みができて、全ての特別養護老人ホームと有料老人ホームがペットと一緒に入居できるようになれば、保健所で殺処分される犬猫の半数近くは、高齢者による飼育放棄であるという問題が一気に解決できます。 


  さらには、動物愛護推進員(そういう行政から委託を受けるボランティアがあるんです)を、民生委員と同じような、もう少し強い立場にして、ペットを飼っている人に積極的に介入できるようになるといいですね。動物愛護推進員が、ペットの世話が難しくなって困っている高齢者を説得して、ペットシッターを導入したりできればいいと思います。

ペットと暮らすことで元気に 介護費用や医療費も抑制?

 もちろん、このような公的制度を作れば、その分、公的な費用=税金がかかります。税金をペットのために使っていいのかという意見も多いでしょう。私はそれに対して、高齢者がペットと暮らすことにより、身体機能向上や認知症の進行予防につながり、結果的に介護費用や医療費を抑制できる効果があると主張したいです。 


  正確なところは、医師、獣医師や、社会福祉学の研究者等に調査してもらわないとわかりませんが、私がさくらの里山科で、愛犬、愛猫と一緒に入居した方々の様子を見てきた経験では、ペットと暮らすことによる健康増進効果は大変大きく、そのために公的費用を投入しても、国が負担する医療費・介護費が削減されることで、元はとれると思われます。保健所の殺処分費用等も削減できますね。つまり長期的、総合的に見れば、税金の節約になる可能性があると思います。 


  もちろん私は行政管理や法律の専門家ではありません。あくまで福祉の現場の一人としての意見です。実現可能性についてはわかりませんが、高齢者とペットの問題を大きく改善できるアイデアではないかと思っています。




若山 三千彦(わかやま・みちひこ)

社会福祉法人「心の会」理事長、特別養護老人ホーム「さくらの里 山科」(神奈川県横須賀市)施設長 1965年、神奈川県生まれ。横浜国立大教育学部卒。筑波大学大学院修了。世界で初めてクローンマウスを実現した実弟・若山照彦を描いたノンフィクション「リアル・クローン」(2000年、小学館)で第6回小学館ノンフィクション大賞・優秀賞を受賞。学校教員を退職後、社会福祉法人「心の会」創立。2012年に設立した「さくらの里 山科」は日本で唯一、ペットの犬や猫と暮らせる特別養護老人ホームとして全国から注目されている。20年6月、著書「看取(みと)り犬いぬ・文福(ぶんぷく) 人の命に寄り添う奇跡のペット物語」(宝島社、1300円税別)が出版された。