- 2018/7/20付
- 情報元
- 日本経済新聞 夕刊
愛護団体に引き取られるマルチーズ(東京都動物愛護相談センター、世田谷区)
動物愛護を訴えるラッピング電車(和歌山電鉄の伊太祈曽駅、和歌山市)
犬や猫の「殺処分ゼロ」を掲げる自治体が増えている。全国で42自治体が「ゼロ」を目指して活動。ペットブームが続くなか、殺処分はピーク(1974年度)の122万匹から2016年度は約5万6千匹と激減した。その裏で自治体の保護施設では犬や猫があふれて感染症がまん延、引き取る動物愛護団体からも悲鳴が上がる。板挟みの現場は、終生飼育の徹底に動き始めている。
7月初旬、30度を超える猛暑のなか、熊本県動物愛護センター(熊本市)の屋外で飼育される約50匹の犬が猛烈な音量でほえていた。センター全体では犬209匹、猫35匹を保護している。駐車場を改装しても足りず愛護団体にも預けている。獣医でもある石原貢一所長は「殺処分ゼロを目指すと犬も猫も増え続ける」と行く末を案じる。
熊本県は16年から殺処分ゼロを掲げ、17年には処分中心だった「管理センター」を「愛護センター」に名称変更した。ところが20匹程度だった収容動物は処分を免れたことで10倍以上に増え、17年は感染症が4回も発生、多くの犬を処分する皮肉な結果に陥った。
管理センター時代に6人だった職員は、非常勤も含め13人に増えた。18年度の動物愛護関連の予算は前年度から1.65倍も増え、1億7500万円に膨らんだ。愛護は金がかかるのだ。
飼育放棄する無責任な飼い主(入り口)を減らさないと、殺処分(出口)はなくならない。センターでボランティアを続けてきた愛護団体「フィリア」の代表、田尻みゆきさんは「入り口をそのままにして殺処分ゼロを掲げても動物がたまり、職員にしわ寄せが行くだけ」と話す。
田尻さんはいま、周囲に迷惑をかけない犬の飼い方を啓発する「入り口対策」に力を入れている。「ペット問題にかける税金は減らさなければいけない」と考えているからだ。
13年施行の改正動物愛護管理法でペットが死ぬまで飼い続ける「終生飼育」が努力義務になり、自治体はやむを得ない事情がない限り引き取りを拒否できるようになった。17年の犬と猫の飼育数は15歳未満の人口(1553万人)を大きく上回る1844万匹。全てが終生飼育されれば、殺処分はなくなる。問題のカギは終生飼育の実現、つまり飼い主の意識改革にある。
6月18日、猫の駅長で知られる和歌山電鉄の伊太祈曽(いだきそ)駅(和歌山市)で、「守ろう小さな命」とデザインされたラッピング電車の出発式が行われた。犬猫の飼育放棄をなくすため、車内には「飼わないことも愛情です」と飼い主責任を訴えるポスターを掲げる。
企画を持ちかけた日本動物愛護協会の広瀬章宏事務局長は「殺処分について自治体の職員を責める人がいるが、まったくの筋違い。『犬猫を持ち込んだのは誰か』と言い続けている」と強調する。
こうした「無責任飼い主ゼロ」への取り組みが広がっている。国会では飼い主を特定できるよう、マイクロチップのペットへの装着を義務付ける法改正案がまとまりつつある。
ペット問題に詳しいアニマル・リテラシー総研の山崎恵子代表理事は「自治体間の殺処分ゼロ競争は無意味。意識の高い飼い主がダメな飼い主を指導すれば、税金をかけずにすむ」と飼い主間の教育を提唱する。
全国に先駆けて16、17年度と犬の殺処分ゼロを達成した東京都。都動物愛護相談センター(世田谷区)では4匹の犬がエアコン完備の部屋で個別管理されている。猫も6匹しかいない。猫の殺処分も17年度に16匹まで減った。金谷和明所長は「飼い主責任を徹底した結果だ。
数が減れば丁寧な管理やしつけができるので、譲渡もしやすくなる」と強調する。小学校での飼い方教室や「終生飼育の覚悟」を意識づける講習会を増やしている。
同センターに保護されたマルチーズを一時預かりで引き取りに来た動物愛護団体「アグリドッグレスキュー」は、譲渡先の飼い主に終生飼育を求めている。副代表の長久保芳美さんは「一度飼育放棄された犬は二度と同じ目に遭わせたくない。だから新しい飼い主は厳しく見極める必要がある」と話す。