年間140万頭、豪のカンガルー猟は是か非か | トピックス

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2017.11.26  NATIONAL GEOGRAPHIC

 

 

オーストラリアのカンガルー猟は資源の持続可能な利用法であり、個体数管理のために必要とする意見がある一方で、反対の声も強い。(PHOTOGRAPH BY SAM ABELL, NATIONAL GEOGRAPHIC CREATIVE)

 

 

オーストラリアで増えているカンガルー、高級サッカーシューズや食用に

 

 

 カンガルーの革は柔らかくてしなやか、それでいて非常に丈夫なため、サッカーのスパイクとして人気が高い。アディダス、ナイキ、プーマなどの大手スポーツ用品メーカーが広く採用している。サッカー界のスーパースター、デビッド・ベッカム選手は、2002年のワールドカップでカンガルー革を使ったシューズを履いてイングランドのキャプテンを務め、翌年アディダスと1億6080万ドルの生涯契約を結んだ。

 

 だが、そのカンガルー革のスパイクに異を唱える人々がいる。ビーガン食(絶対菜食主義)を推進する動物愛護団体「ビバ!」はカンガルーの商業利用に反対し、ベッカム氏を標的にしてオーストラリアのカンガルー猟が非人道的で不必要であると訴えた。

 

 その後、米国のサッカーチームへ移籍するためカリフォルニア州へ移住したベッカム氏は、2006年に人工皮革を使ったスパイクに切り替えた。その数カ月後に、カリフォルニア州最高裁はカンガルー製品の州内への輸入と販売を禁止する数十年前の規制を支持する判決を下した。同州で初めて販売が禁止されたのは1971年、その3年後には、米国魚類野生生物局が、乱獲による数の激減を理由に数種のカンガルーを絶滅危惧種に指定した。

 

 

カンガルー革を使ったアディダス社のサッカーシューズ「プレデター」は、2002年のワールドカップでデビッド・ベッカム氏が着用し、注目された。カンガルー革は、今でも最高級スパイクに使用されている。(PHOTOGRAPH BY RICARDO MAZALAN, AP)

 

 

 オーストラリア先住民のアボリジニは、4万年もの間、持続的にカンガルーを食べてきたが、1770年にヨーロッパ人がやってくると乱獲が始まり、個体数が減少しはじめた。入植者にとってカンガルーは、食用であると同時に農作物を荒らす害獣でもあったため、政府がカンガルーの首に懸賞金をかけたほどだ。商業用の狩猟と輸出が規制されるようになったのは、1970年代に入ってからだった。(参考記事:「アボリジニの岩壁画――カンガルー」

 

 それ以来、多くの変化があった。1995年にカンガルーは米国の絶滅危惧種リストから外された。オーストラリア政府とアディダス社のロビー活動のおかげで、カリフォルニア州も2010年から2015年の間にカンガルー製品の輸入禁止を一時的に解除した。そして2017年9月、アディダスとベッカム氏は、カンガルー革を使った新しいシューズを発表した。

 

 オーストラリア政府によると、国内のカンガルー生息数は最新の調査でおよそ5000万頭。「大発生レベル」とされる数字だ。

 

カンガルーの駆除は必要か

 

 カンガルーを狩り、その肉や皮を売って個体数を管理するという、オーストラリアが数十年来行ってきた方法が物議を醸している。当局は、数が増えすぎればデリケートな草原が荒らされるため、カンガルーの間引き駆除は必要であるとの立場から、年間の駆除割当数を設定して狩猟を許可している。しかし、一部の生態学者や動物愛護団体は、狩猟が非人道的であり、持続可能でもなければ必要でもないと主張する。(参考記事:「先史時代の巨大“カンガルー”は人間に狩られて滅亡していた」

 

 そんな論争をよそに、オーストラリア・カンガルー産業協会はカンガルー革と食用肉の販売を海外にも拡大しようと宣伝を続ける。協会がナショナル ジオグラフィックに提供したデータによると、カンガルー産業は年間約1億3300万ドルの利益を上げている。オーストラリアの1兆2000億ドル近い国内総生産の中では微々たるものだ。

 

 

駆除の割当数は年間780万頭

 

 オーストラリアの環境エネルギー省によると、2016年に割り当てられた駆除数は約780万頭だったが、実際に駆除されたのは150万頭にも満たなかった。

 

 カンガルー猟をめぐる最も大きな問題となっているのは、人間が個体数管理をすべきかどうか、もしするのなら、現行のやり方が持続可能であるかという点だ。豪タスマニア大学の生態学者で野生生物保護を専門とするクリストファー・ジョンソン氏によると、以前はディンゴ(オーストラリア原産の野生犬)がカンガルーの個体数調整の役割を果たしていたが、そのディンゴもまた、間引き駆除の対象になったため大幅に数が減少しているという。天敵が減り、農業開発によって水路や牧草地は増えたことで、カンガルーは数を増やしている。(参考記事:「動物大図鑑 ディンゴ」

 

 持続可能かどうかという議論は、実際のカンガルーの個体数を知らなければ始まらない。しかし、約780万平方キロに及ぶ広大な土地に散らばる動物を数えるのは並大抵のことではない。政府は、毎年地上と上空から個体数調査を行っているが、一部の生態学者や動物愛護団体は、そのデータを使って導き出された結論に疑問を投げかけている。(参考記事:「ドーナツを使ったクマ駆除は非倫理的?」

 

 

カンガルー猟は、夜間に人里離れた場所で行われることが多い。プロのハンターであるトニー・ギス氏(写真右)は、国が定める人道的な狩猟の行動規約に従うことが義務付けられている。(PHOTOGRAPH BY ADAM FERGUSON, THE NEW YORK TIMES/REDUX)

 

 

 2011年に「危機に直面するカンガルー」と題した報告書を作成した生態学者のレイ・ミャドウェシ氏は、調査対象地域にはカンガルーが比較的多い国立公園などの保護区が含まれている点を指摘し、実際の個体数よりも多く見積もられたデータを基に狩猟割当数が決定されていると主張する。

 

 またミャドウェシ氏は、政府の個体数報告にはしばしば非現実的な数字が含まれていて信頼できないと言う。例えば、ある年、ニューサウスウェールズ州の町クーナバラブランに生息するオオカンガルー(別名ハイイロカンガルー)の数が313%増加したとの報告があったが、ミャドウェシ氏によればこの数字は「生物学的に不可能」だそうだ。他の地方政府も同じように大幅な増加を報告することがあるが、条件が整っていても、増加率は良くて15~17%だろうとミャドウェシ氏は言う。一部の研究では、まれに見る好天候に恵まれれば30%と計算しているが、これは死亡率やその他の修正要因を考慮しない場合である。(参考記事:「動物大図鑑 ハイイロカンガルー」「動物大図鑑 アカカンガルー」

 

人道的な安楽死の手段

 最近の降水量の増加でカンガルーも増えているが、子どもの生存率は低めで、干ばつやその他の環境変化の影響を受けやすい。2000年代、オーストラリアは記録的な干ばつに見舞われ、カンガルーの数は2380万頭にまで落ち込んだ。2010年頃に干ばつが収まると、エサも増えて数は再び増加し、2017年には推定5000万頭近くまで回復した。(参考記事:「第2回オーストラリア史上最大級の長期的な干ばつ」

 

 しかし、再び乾燥した夏が来れば、カンガルーたちはエサ不足に陥るかもしれない。その場合、狩猟は人道的な安楽死の手段になりうると、ニューサウスウェールズ州一次産業局の研究員であるトゥルーディ・シャープ氏は語る。「猟による個体数管理は、いずれにせよ干ばつで死ぬ運命にあるカンガルーを狙うのであって、時間をかけて苦しみながら死ぬ動物の数を減らしてやることにもなるのです」。この考えに賛同する野生生物管理者や保護活動家は多い。水やエサ不足で衰弱死するよりは、即死させてやった方がましというわけだ。

 

 動物学者で自然資源の持続可能な利用が専門のロージー・クーニー氏は、カンガルー猟の目的は個体数管理だけではないことを強調する。「カンガルーは、価値ある再生可能な資源であり、人間はそれらを注意深く持続可能なやり方で利用することができるのです」

 

 しかし、カンガルー猟に反対の立場を取る行動生態学者のマーク・ベッコフ氏は、間引き狩猟を商業利用と結びつけると、グレーゾーンが生まれてしまうと警告する。「個体数を抑えるためにやっていることだと主張していますが、彼らはそれで収入を得ているのです」

 

 米ニューヨーク市立大学の学部長で環境保護団体「ワイルドライフ・トラスト」の会長を務めたこともあるメアリー・パール氏は、どんな野生動物でも駆除の決定を下す前に、商業ハンターから処理業者、小売店、ツアー催行会社、それに土地や野生動物の長期的で持続可能な利用を考える人々に至るまで、全ての関係者の意見と要求を考慮すべきだと語る。

 

「倫理的に間引くには、持続可能な個体数を維持することを目的とし、駆除する数は最低限にとどめ、殺される動物には痛みや苦しみが最も少ない方法を採るべきです」

 

畜産農家にとってカンガルーは、家畜のウシやヒツジのエサや水を横取りする害獣である。(PHOTOGRAPH BY STEFAN POSTLES, REUTERS)

 

 

ハンターに課せられたルール

 

 商業的なカンガルーハンターは、国が定めた行動規約による人道基準に従うことが義務付けられている。狩猟の際には、長い時間苦しむことのないよう頭部を狙って銃弾を1発だけ撃ち、その個体が死んだのを確認してから次の標的に移る。また、射撃の技能試験にも合格しなければならない。多くの生態学者は、食肉用に飼育され殺処分されるのに比べれば、野生動物を自然の環境で射殺する方が人道的であると考えている。(参考記事:「【動画】カンガルーを殴る男、動画が話題に」

 

 しかし、カンガルーは夜行性なので、夜の暗闇で猟をするとなると、頭部を狙って一発で仕留めるのは難しい。

 

 しかも猟は州監査官による任意の現場監査を受け、さらに解体処理場へ持ち込まれた際には獣医による検査が義務付けられている。カンガルー産業協会役員のジョン・ケリー氏は、これだけの要件に従わなければならない行動規約はあまりに厳しすぎると主張する。

 

 

 

カンガルーの個体数は干ばつの影響を受けやすい。一部の専門家は、そのために数が自然に調整されるので狩猟の必要はないと訴えるが、一方でハンターが射殺して肉や皮を売った方がカンガルーにとって人道的であり、経済的にも有益だという意見もある。(PHOTOGRAPH BY DAVID GRAY, REUTERS)

 

 

 2002年に動物福祉団体「RSCPAオーストラリア」が政府のために作成した報告書によると、監査対象になったカンガルーのうち、頭部に銃弾を受けていたのは95.9%だった。報告書は、高い確率で人道基準が守られていることを評価しているが、その一方でまだ11万頭以上が頭部以外の部分を撃たれている事実は、「商業狩猟の規模の大きさを鑑みれば、憂慮せざるを得ない」としている。

 

 また、報告書は、仕留めたものの死骸が放置されたままだったり、銃弾を受けたまま逃げられたり、母親が殺された後に子どもだけが残されてしまった場合は、数に含まれていないことを指摘している。政府監査官による任意の監査も定期的に行われているわけではなく、ハンターの方も監視がついていればいつもより注意深くなるので、調査結果が現実を反映しているとは限らないとも述べている。

 

 とりわけ問題なのは、母親が殺された子どもの処置だ。ハンターは、腹部の育児嚢(いくじのう)に子どもが入っていると明らかにわかるメスのカンガルーを狩猟対象としないよう求められている。それでも万が一、子どものいる母親を射殺してしまった場合、子どももできるだけ早く「頭蓋底に強力な一撃を加えて」息の根を止めるように、行動規約は推奨している。か弱いカンガルーの子が、飢えや天敵、外部への露出によってゆっくりと死に至るのを防ぐためである。(参考記事:「【動画】赤ちゃんカンガルー救出、死んだ母親から」

 

 RSPCAオーストラリアは、「ほかのやり方と比べてこの処分法がどこまで人道的なのかは、まだ完全にはわかっていない。育児嚢に入っている子どもを最も人道的に処分する方法を、早急に研究する必要がある」としている。また、ハンターは成獣の人道的な狩猟法に関する訓練は義務付けられているものの、子どもの処分に関しては同様の訓練を受けていないことも指摘している。

 

約1180万ドル分のカンガルー革を輸出

 ベッカム氏は2006年にカンガルー革を使ったシューズの使用を取りやめたが、その何年も前から、動物愛護団体のビバ!は使用中止を訴えていた。アディダスやナイキなどスポーツ用品メーカーへの働きかけもあって、カンガルー革の使用は減少傾向にある。

 

 マーケットリサーチ会社のIBISワールドによると、2010年7月1日から2011年6月30日の間に、オーストラリアは約1180万ドル分のカンガルー革を輸出していたが、翌年には輸出量が半分以下の約480万ドルにまで落ち込んだ。その原因は明らかではない。

 

【図】オーストラリアのカンガルー産業

肉、革、その他のカンガルー製品は、オーストラリア国内で消費されるだけでなく、海外にも輸出されている。2009年に、大腸菌が多く検出された問題で当時最大の輸出先だったロシアがカンガルー肉の輸入を禁止して以来、市場は落ち込み始めた。2016年、オーストラリアでは約140万頭のカンガルーが駆除された。(NG STAFF. SOURCE: IBISWORLD)

 

 2012年に、英国に本社を置く倫理投資会社コーポラティブ・アセット・マネジメント(現ロイヤル・ロンドン・アセット・マネジメント)は、今後1年間でカンガルー革の使用を98%減らすことで、アディダスと合意したと発表した。ところがアディダスの広報担当者クリスティーナ・マイロ・ベルダ氏は、ナショナル ジオグラフィックとアメリカン大学の調査報告ワークショップに対し、アディダスはそのような約束に同意しておらず、同社の最高級スパイクは全てカンガルー革を使用していると語った。

 

「アディダスは、カンガルーの非人道的で残虐な狩猟には反対しています。そのため当社の取引企業には、カンガルー猟に関してオーストラリア政府が定める厳格な規制を完全に遵守するよう求めています」

 ナイキの広報担当者は、カンガルーに限らずヘビやトカゲ、ワニなど希少動物の皮革の使用をここ数年間縮小しているが、「ごく一部の」サッカーシューズに関しては「高い伸縮性と強度、プレーヤーの使用感など、現在のところ人工素材では再現できない特徴」を持つカンガルー革を引き続き使用していると答えた。

 

 デビッド・ベッカム氏の代理人へもコメントを求めたが、回答は得られなかった。

 

カンガルー肉は高級珍味?

 

 カンガルーの肉は、脂肪分が2%以下と少なく、天然で持続可能な食用肉として宣伝されている。また、強力な温室効果ガスであるメタンの排出量がウシやヒツジよりも少ない。オーストラリアでは多くのスーパーや精肉店で販売されているが、その人気は今ひとつだ。(参考記事:「カンガルーの肉で温室効果ガスを削減!?」

 

「多くのオーストラリア人は、国章にまで描かれている国を象徴する動物を食べるということに根深い抵抗があるようだ」。2016年に学術誌「Meat Science」に掲載された研究論文には、そのように書かれている。「かわいくて思わず抱きしめたくなる友好的な動物というイメージのカンガルーを食用にすることは、感情的に受け入れられない」

 

 カンガルー産業協会のケリー氏によると、カンガルー肉の約40%は国外へ輸出されているという。オーストラリア最大手の食肉卸業者マクロ・ミート社は、珍しい高級肉として海外市場へ向けて宣伝している。

 

オーストラリアの精肉店やレストランではカンガルーの肉が提供されているが、国の象徴になっている動物を食べることに抵抗を示す国民も多い。(PHOTOGRAPH BY JEFF GREENBERG, UIG/GETTY)

 

 

 カンガルー食肉業界にとって最大の課題のひとつは、食中毒対策である。ガイドラインは、夜間に狩りを行い、日の出から2時間以内に仕留めたカンガルーを冷蔵室に入れ、24時間以内に体内温度を細菌が繁殖できないレベルにまで引き下げ、その温度を維持するよう定めている。温度は、体内と冷蔵室に入れられたセンサーによって管理される。カンガルーの解体処理場は、牛肉や羊肉の処理場と同じ基準に従うことが義務付けられている。

 

 しかし、それでも食中毒の問題は時折持ち上がる。野生で仕留めた動物の処理を管理することは、飼育動物の管理よりも難しい。また、カンガルー肉は半生で食されることもあるため、食中毒の危険性もその分高くなる。

 

 2009年に動物愛護団体「アニマル・リベレーション」の依頼でカンガルー肉の検査を行ったところ、人体に有害な量の大腸菌とサルモネラ菌が検出された。ケリー氏は、依頼した団体の動機を考慮して、検査結果は額面通り受け取るべきではないとしているが、その一方で、過去にカンガルー猟の規制法案に携わった政府の元食品検査官も、業界における食の安全管理に疑問を呈している。(参考記事:「鶏に乱用の抗生物質、耐性菌の温床と識者が警告」

 

 今後、カンガルー産業はどうなっていくのだろうか。IBISワールド・オーストラリア事務局のシニア産業アナリスト、サム・ジョンソン氏は、カンガルー製品を人々がどう受け止めるかがカギだと答える。

「駆除された数は割当数に達していません。その主な理由は、需要がないからです。今後伸びていく余地はありますが、それは業界関係者がどれだけ上手く製品をマーケティングできるかにかかっています」

 2017年も、カンガルー猟とそれを取り巻く議論は続いている。今年の駆除割当数は、およそ750万頭だ。

 

文=Catherine York and Rachael Bale/訳=ルーバー荒井ハンナ