posted2017/03/27 11:30 NumberWeb
2月15日から19日まで、韓国の江陵で平昌五輪のテストイベントも兼ねて開催された四大陸選手権。この氷上の戦いの裏でひっそりと行われていたできごとが、つい先日明らかにされた。
現世界ペアチャンピオン、四大陸選手権では2位だったカナダのミーガン・デュハメルが、韓国で食用にされるところを救出された犬を引き取り、カナダに連れ帰ってきていたことが、保護団体のHPに公表され
たのである。
愛犬家でもあるデュハメルは3月16日、トロントの自宅から筆者の電話インタビューに応じてこう語り始めた。
「韓国のドッグファームのことを知ったとき、自分に何ができるかと思って、最初はNPOにお金を寄付したんです」
犬を食用にする伝統がある韓国には、現在でも国内に10万箇所以上の「ドッグファーム」があるという。韓国では、商業的に犬を食用
として繁殖させることが許可されているようだが、これらの施設の存在が世界中の動物愛護団体から批難されてきていた。
ミーガン・デュハメルが「フリー・コリアン・ドッグス」というNPOのことを知ったのも、1988年ソウル五輪当時からこの食用ドッグファームの閉鎖と、保護活動を進めてきた動物愛護団体、HSI (ヒューメイン・ソサエティー・インターナショナル)を通してだったという。
「フライトボランティア」とは?
「四大陸選手権で韓国に行くことになったとき、“フライトボランティア”というものがあることを知りました。韓国のドッグファームにいた犬を、里親探しをするニューヨークやトロントの動物保護団体の元に運搬する
ボランティアです」
ソウルから直行便でトロントやニューヨークまで行く人物なら、誰でもこのフライトボランティアになれるという。
「犬は自分だけでは飛行機に乗れないから、誰かがチェックインしてあげないと(笑)。母も一匹引き受けて、トロントまで連れて帰ってきました」
「どうせなら私も1匹引き取ったら、と」
トロントの空港ではボランティアが待機していて、里親探しをしてくれる保護団体の元に届けてくれるという。
デュハメルは2匹、自分でトロントに連れてくることに同意した。
「でもどうせなら、私も1匹引き取ったらどうか、と思い始めたんです」
将来の夢は動物保護施設を創設すること、というデュハメルは、夫と一緒にすでにビーグルと猫も飼っている。
「1匹も2匹も、手間的にはあまり変わらないと思ったので」とデュハメル。
「韓国に来て良かったと思えた」とデュハメル。
さて四大陸の開催中、ペアのSPとフリーの間の日に現地のボランティアがソウルのさらに南の地から江陵まで何時間も運転して、デュハメルがサイトを見て引き取ることに決めた“ムータ”を連れてきてくれた。
ドッグファームから救出されたダックスフントのミックス種の“ムータ”は、里親を探す間、仏教の尼僧のもとで一時保護されていたという。
「祈祷にも瞑想にも参加する、静かで穏やかな性質の犬と聞いて、運命的なものを感じました」とデュハメル。だが競技という極度の緊張を強いられる遠征中に、集中力が妨げられることはなかったのだろうか。そう聞くと、デュハメルは即座に否定して笑いながらこう言った。
「四大陸選手権は、あまり良い出来ではなかったので、ムータと会えたことで心が安らぎました」
彼女にとって2位に終わった残念な大会だったが、少なくとも韓国に来た意味があったと思うことができたのだという。
ビーガンでトップアスリートであること。
ところでこういう話題になると出てくるのが、「西洋人は牛や豚は平気で食べるくせに」という批判なのだが、彼女は9年前からずっとビーガン(乳製品などもとらない完全菜食主義者)でもある。
「最初は、別に動物愛護の精神から始めたわけではなかったんですよ」とデュハメルは説明する。あるとき本を読んで、ビーガンという食生活に純粋に興味を持って好奇心で始めてみたのだという。
「やってみたら、とても体調が良くて気に入りました。それと同時に、動物に対する哀れみの気持ちも強くなっていったんです」
玄米、キヌア、ほうれん草でたんぱく質を摂取。
それにしても、競技アスリートとして野菜だけで体力は大丈夫なのか。
「現代人の大多数は、たんぱく質を過剰に摂取しています。一般に思われているほど、人間の体はたんぱく質を必要とはしていないんです」
確かにここ数年間、日本でも過食が生む様々な弊害についての書籍がブームになっている。腹6分目が若さの秘訣と説いているベストセラーもあった。
「ビーガンというと、毎日豆腐を食べているのだろうと思われるけれど、そうでもありません(笑)。たんぱく質は玄米、キヌア、ほうれん草などにもたくさん入っています。ナッツ類などはよく食べます」
身長148センチと小柄なデュハメルだが、体は筋肉質でムキムキ。31歳になった現在も、体力が衰える様子はまったくない。
多くの関係者の共感を呼んだ保護活動。
来年の2月に平昌五輪のフィギュアスケート競技が行われる江陵郊外にも、多くのドッグファームが点在しているという。
「サッカーのワールドカップや、来季の平昌五輪など、世界中が韓国を注目しているのを良い機会として、できるだけ多くの犬たちが救出されると良いなと願っています」とデュハメル。
四大陸選手権開催中にこの話をすると、多くのジャッジや選手たちが反応を示し、事前に知っていたなら何か協力したのに、と申し出てくれたのだという。
犬を食用にする伝統が悪習であると決めつけるのは、西洋人のエゴだと言ってしまえばそれまでだ。だがペットと暮らしたことのある人間なら、食用犬を哀れに思う気持ちが湧くのは、ごく自然なことではないだろうか。
デュハメルはソウルからこの“ムータ”と、プードルの“サラ”を連れてカナダに帰国。すでに引き取り手の決まっていたサラは、トロント空港に新しい家族が迎えにきていたという。
ムータはその後、元からいたビーグルとすぐ仲良しになり、デュハメルと夫でコーチのブルーノ・マルコット氏に可愛がられ、平和な日々を送っているそうだ。ちなみに気になる留守中の世話は、長年信頼して
いるプロのドッグウォーカーが通いで来てくれるのだという。「誰にでもついていく犬になってはこまるけれど、うちの犬たちはきちんと彼女のことを見分けています」と、愛犬家らしく説明してくれた。
デュハメルの次の遠征は、タイトル保持者として挑むヘルシンキ世界選手権である。