下半身まひなどの難病に苦しむペットに「再生医療」を施す例が広がっている。約10年前に始まり、通常の治療が効かない難病が治った例もある。再生医療をする動物病院は約160カ所に広がり、世界初のペット向け再生医療薬開発も始まった。だが製薬技術は発展途上で、安全性の確保は個々の獣医師に委ねられているのが現状だ。【吉永康朗】
一時は下半身まひになったパンちゃん。
一時は下半身まひになったパンちゃん。
再生医療の細胞薬治療を受け、走れるようになった
=京都市伏見区で、小関勉撮影
◇下半身まひだったけど、今は走れるよ
「2、3歩歩けるだけでもと思っていた。奇跡的です」。京都市伏見区の会社員、塩津健太さん(37)は元気に駆け回る5歳のフレンチブルドッグ、パンちゃんの姿に目を細めた。
パンちゃんは2014年11月、椎間板(ついかんばん)ヘルニアによる脊髄(せきずい)炎で下半身まひになった。両後ろ脚は動かず痛覚もなくなり、トイレも自力でできなくなった。獣医師からは「神経障害が残り、手術しても治らない。車いすか再生医療しかない」と告げられた。
「治る可能性が少しでもあれば」と翌12月、紹介された岸上獣医科病院(大阪市)で再生医療薬を点滴で投与した。すると、パンちゃんは数秒だが立てるようになった。2週間後に再投与するとふらふらと数歩ずつ歩けるようになり、今では走り回れるまでに回復した。
パンちゃんに使用した薬は、動物が持つ「間葉系幹細胞」を培養し、数を大幅に増やした「細胞薬」だ。同細胞は傷んだ患部に集まって炎症を抑え、組織や機能の再生を促進する物質を分泌するとされる。約10年前から再生医療に取り組んできた同病院の岸上義弘代表(60)によると、椎間板ヘルニアから治りにくい骨折、アトピー性皮膚炎まで多岐にわたる治癒例があるという。
岸上さんは「治療は生物に備わる治癒能力を生かすもので、適切に使えば副作用の恐れがほとんどない。椎間板ヘルニアの場合、(2番目に重い)グレード4でも、8割はまひが治る可能性がある」と語る。治療費は個別の事情によって違うが、同病院では25万~40万円前後。間葉系幹細胞は皮下脂肪に多く含まれており、採取は難しくないという。
◇安全性、獣医任せ
岸上さんが05年に22人で設立した動物再生医療の研究会は、13年に「日本獣医再生医療学会」に発展。会員数は現在約900人で、同学会ホームページに「細胞治療が受けられる病院」として全国約160動物病院のリストが掲載されている。
ただし、現段階では動物の再生医療はヒトと同様、未解明の部分が多い。動物向け承認薬はまだなく、農林水産省令で獣医師が自身で作製した細胞薬を使った治療が例外措置として容認されているだけだ。再生医療の提供基準を定めている「再生医療等安全性確保法」では獣医師は対象外とされており、安全性のチェックはそれぞれの獣医師に任されている。今のところ農水省に副作用やトラブルは報告されていないが、関係者は「細胞の培養は難しく、品質管理の手法、技術はまだ確立されていない」と指摘する。
14年施行の「医薬品医療機器法(旧薬事法)」では、動物向け再生医療の新薬について、国が短期間で承認できる制度が適用されることになった。これを受け、大日本住友製薬の子会社「DSファーマアニマルヘルス」は15年夏、細胞培養に強いベンチャー企業「J-ARM」と共同で、世界初の動物向け汎用(はんよう)細胞薬の開発を始めた。完成すれば動物向け再生医療の承認薬第1号になり、広く使うことが可能になる。DS社は、18年度の承認申請を目指している。
同学会は、治療ガイドラインの作成について議論している。農水省畜水産安全管理課は「獣医師は治療法や価格について説明を丁寧に行い、責任を持って実施してほしい」と指摘する。