2015年6月12日朝日新聞DIGITALより
悲惨な事件が後を絶たない。
無責任な飼い主の振るまいが、ついつい
目につく。なぜ「不幸な運命をたどる犬」が
日本にはあふれているのか。
「動物福祉先進国」に、
解決のヒントがあった。
日本国内ではいま、
推計1034万6千匹
(2014年10月現在、ペットフード
協会調べ)の犬が飼われている。
猫(同995万9千匹)と合わせると、
15歳未満の人口を超えて久しい。
その一方で、繁殖業者など
動物取扱業者による犬の大量遺棄事件や
飼い主の飼育放棄、マナーを巡る
トラブルなど、犬にまつわる
問題がいくつも顕在化している。
日本には「動物福祉後進国」という
レッテルをはられても仕方がない
現実があまたあるのだ。
では、犬との暮らしをより良いもの
にしていくために、ほかの国では
どのような工夫をしているのか。
アメリカ、ドイツ、イギリスの事情に
詳しい3人の獣医師に聞いた
(イギリスについては、山口千津子氏が
2月11日に行われたシンポジウム
「日本と海外の動物法を徹底比較する」で
講演した内容を要約)。
見えてきたのは、問題の発生を未然に
防ぐために決められた、具体的で細かい
規則や法律、それにともなう厳しい罰則の
存在。
犬の入手先から日々の暮らしにまで、そ
れらが浸透し、根付いている。
動物福祉を最優先に考える米独英の
法制度や飼い主の振るまいは、
人と犬との共生を考えるうえで、
私たち日本人にとっても
大いに参考になるはずだ。
動物福祉実現の使命感 米国獣医師
西山ゆう子さん
ロサンゼルス市で2013年、
新たな条例が施行され、小売店などの
商業施設では繁殖業者(ブリーダー)から
仕入れた犬や猫を販売できなくなりました。
そのため「ペットショップ」という
看板を掲げていた店舗の多くが
「アドプション(養子縁組)
センター」などと名称を変え、
保護犬や保護猫の新たな飼い主を
探す施設に転換しています。
純血種へのブランド志向や子犬志向が
日本に比べて薄いことが、この変化を
後押ししています。犬を飼いたいと
思う人にしてみれば、そこに犬が
いるという現実に何ら違いはなく、
この変化を自然体で受け入れて
いるのです。
ロサンゼルス市のような条例がない
ほかの多くの地域でも、大手チェーンを
中心にアドプションの場へと転換する
動きが広まっています。
結果として、パピーミル(子犬繁殖工場)は
米国内ではごくかぎられた州に残るだけに
なりました。
米国で犬と暮らす人たちにとって、
ペットショップは生体販売の場という
よりも、犬にまつわるさまざまな
サービスを受ける場になっています。
トリミングや一時預かり、トレーニング
などのサービスを目当てに、多くの飼い主が
日常的に訪れています。
その飼い主が守るべき決まりが多いことも
特徴です。
たとえば汚れていないきれいな水を
常時与えていなければ、2万ドル以下の
罰金が科されます。
また、つなぎっぱなしの状態は
4時間以内までとされているし、
24時間以上だれも様子を見られない
状態が続いてもいけません。
動物福祉を実現するための規則である一方、
具体的に細かく規定することで人種的、
文化的背景が異なる住民同士の
トラブルを避ける狙いがあります。
販売業者にも、飼い主にも厳しい
規則を設けることで、両者がかしこく
なっていった歴史が米国にはあります。
動物福祉にかなうビジネスの仕方、
飼い方をしようという使命感が多くの
人に浸透しているのです。
犬が社会に溶け込む ドイツ獣医師
アルシャー京子さん
犬が社会に溶け込んでいるのが、
ドイツの特徴です。
歩かせたまま電車に乗ることができるし、
犬の体重とバッグ等の合計が8キロ以内で
あれば手荷物として飛行機のキャビンにも
持ち込めます。
ワクチンの接種履歴などが明示された
EU域内共通の「ペットパスポート」があり、
これを持って国境を越える旅行もできます。
食品スーパーを除けば、ほとんどの商業施設に
犬連れへの制限はありません。
犬連れを断ると、それは差別と
受け取られます。
前提にあるのは、しつけ。犬が社会的な
ルールを認識していて当たり前とされます。
逆の見方をすれば、飼い主の責任がきわめて
重い。2013年に、飼い主の免許制が導入
された州があるほどです。
ほかにも「犬の保護に関する規則」で、
飼養するスペースの大きさが具体的数値で
定められていたり、室内飼養の場合の
採光や通風が義務付けられていたり、
「飼い主責任」が普段から意識づけられて
います。
違反し、改善の様子が見られなければ、
所有権放棄を促されることになります。
裁判所が飼養禁止命令を出すケースも
あります。
こうした規則は、販売業者にも例外なく
適用されます。
ドイツには「敷地面積が世界一広い」
ペットショップが存在し、12年から
動物愛護団体などの反対を押し切って
犬の販売も始めました。
ただその店舗を見てみると、犬を展示する
スペースは5、6匹あたり
35平方メートルもあり、屋外スペースもあり、
スタッフが毎日散歩をし、一緒に遊ぶ時間も
設けている。
日本のように幼い子犬を大量に仕入れ、
1匹ずつ展示し、小売りするビジネスは
ドイツの法規制のもとでは不可能なのです。
飼い主の責任は最後まで徹底されます。
難治だったり、痛みが大きかったりする
傷病について安楽死が選択肢の一つに
なるのは、そのためです。
国あげて動物を守る
RSPCAインスペクター 山口千津子さん
イギリスで初めて動物を守る法律が
できたのは1822年のことです。
以来、動物を守るためにさまざまな
法律が制定されてきました。
動物虐待に関するもの、動物取扱業に
関するもの、犬の保護に関するもの
――その数や内容は膨大なものになります。
現在、中心となっている法律は
2006年に定められた
「動物福祉法」です。
虐待される前に動物を救えるよう、
69条もの決まりが設けられています。
例えば、その動物本来の行動パターンを
維持できるような飼養方法などを
定めており(第9条)、もし動物が
苦しんでいる可能性がある場合には、
警察官などに動物の没収権を認めています
(第18条)。
業者や飼い主への罰則として、
飼育資格の剝奪(はくだつ)も可能です。
また繁殖させられたり、販売されたり
する動物については別の法規制があり
「繁殖用の雌犬は常時10頭を
超えてはならない」
「雌犬は一生のうちに6回以上
出産させてはならない」などとこと
細かに決められています。
英国王立動物虐待防止協会
(RSPCA)という組織があり、
常に動物への虐待を監視、取り締まりを
していることも特徴の一つです。
1824年に設立され、
現在では約300人のインスペクターが
警察、消防、獣医師と緊密に連携を
取りながら活動をしています。
国をあげて動物福祉を
推進しているのです。
この記事は『sippo』
(2015年3月発行)に
掲載されたものです。
内容は取材当時のものに
なります。