新年ですし、たまにはポップな記事を書きたい!(笑)
趣味とは言い難いけれど好きなことってありませんか?
わたしはお菓子作りが好きなのです。
趣味にするほど熱心に取り組めないので、8割方失敗に終わります。
それがまた楽しいんだよ不思議だね。
今回製作したのは
「リンゴのベイクドチーズケーキ」
りんごケーキ…
このワードに、思わず過去の惨劇がアタマを過ります。
そう、かつてのわたしは「リンゴが行方不明になるタイプのケーキ」を生み出したことがあるのです。
そうね、もちろん不味かった。
てか、カタかった!
のちに「サ●ウの切餅並みにカタいカボチャのケーキ」も作りました。
「ダンロップ系レアチーズケーキ」は今や語り継がれる伝説です。
あいつの手づくり菓子は全部カタい!!!
というのがわたしの友人内では周知の事実でして。
話を戻します。
この度のケーキ。
炊飯器で簡単に出来ると話題のレシピ。(また)
これ完成予想図。

前回と違ってクリームチーズが入るんだもの、カタくなるはずがないじゃない!
しかもいま時分の炊飯器には最高の機能が。

ふふ。ぬかりなし。
とにかく書いてある手順通りに作りすすめて炊飯器にセットして待つこと35分後。
フタを開けると広がる甘い匂い!
無事焼きあがっていることを確認して、期待しながらひっくり返す。
ズシッ…。
あれ、このギッシリした感じ…なんか既視…感?
そんなはずは…
だって!みてよこの美味しそうな色!

そしてナイフを入れる。
ザッ…ク…ッ。
…。
…。
oh…。
色濃い敗北感の中、断面を確認するわたし。
その予感は確信へと変わったのです。
これさ、絶対にカタいよ!!!!

ミ ッ チ リ 。
とはいえ、この程度のカタい仕上がりには慣れています。
これくらいでは心折れるわたしではないのです。
小さく切り分け口に運ぶ、、
味、しねぇ!
味が、しないのです。
たしかに煮リンゴの甘酸っぱさはあります。
ただ、生地の、体積の大半を占めるはずのケーキ部分の味が全くしないのです。
よもやそれはケーキと呼べるシロモノではなく
「煮たリンゴが乗った何か」
としか言いようのない物体。
新たな展開をみせたその存在に、わたしはただただ困惑するしかありませんでした。
あんなに入れた砂糖はどこなの?!
一箱投入したクリームチーズは?!
ねぇ!応えてよ!
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皆様。
わたしは思うのです。
お菓子作りには、センスが不可欠なのだと。
そしておそらくわたしには微塵も兼ね備わっていないのだ、と。
(でもやめないーw!)
念のためお伝えしておきますが、参考にしたレシピは普通に作ったら文字通り美味しく作れるヤツだと思います。人気NO.1だったし。ご希望ならどのレシピだったのか教えます。
「冷蔵庫で冷やせばお店の味に!」と書いてあったので、そうしてみました。
カタさが増しただけでした。
決して食べられない程ではないこの食感(味しないけど)何かに似てると考えあぐねていたら、横から旦那さんが一言。
「羊羹ぽいねっ☆」
命名
「煮リンゴが乗ったクリームチーズ羊羹(味なし)」

↑でかぱん愛子さん(1歳)
2013年が終わろうとしている。
(なんというベタな書き出し・・!)
今年8月、わたしは嫁という新しい肩書を手に入れて、あたらしい家族が出来た。
初めてのトウキョウ暮らし、初めてのトモダチゼロエリア。
そして職無し。こないだきまったけど。
そんな状況に滅入ってしまうこともなく平穏に暮らしていられたのは、他でもないダンナさんのおかげだと思う。
彼はわたしのチマチマしたグチや落ちのない話に、いつも付き合ってくれる。
(・・時々あからさまに上の空だが、その方がちょっと助かることもある。)
実はこのたかだか半年未満の共同生活で、面と向かってありがとうということが、少し気恥ずかしくなってきてしまった。それは改めたいところ。慣れ合うには早すぎる(笑)
一方、今年は2人の家族との別れがあった。
9月に千葉のおばあちゃん。
11月に長野のおばあちゃん。
持病は抱えていたものの、2人ともまだまだ生きてくれると思ってた。
孫としての勝手な希望でもあったのかもしれない。
まさか同じ年に亡くなってしまうとはなぁ。
寂しい。
長野のおばあちゃんとは、わたしが結婚するまでの数年間一緒に暮らしていた。
彼女にとってわたしは初孫であり、唯一の女の子だった。
それはそれは至れり尽くせり可愛がってくれて、わたしの名前を息をするがごとくたくさん呼んでくれて、いつもいつも、味方でいてくれた。
歌が好きなおばあちゃんのために、歌謡曲をこっそりいっぱい覚えた。
独りでいるのが苦手だったおばあちゃんと、夜は布団を並べて一緒に寝た。
打上げや飲み会で朝方になると、何としてでもおばあちゃんが目覚める前に家にいないと!と大急ぎで帰宅したりもした。
急に介護の仕事を始めたのも、おばあちゃんがたとえばこの先痴呆になったり歩けなくなったりしても大丈夫なように、と考えてのことだった。
そういうの全部を大きな負担に感じなかったのは、きっとそれだけわたしが愛されていたからだ。
今こうして文章を書いてみて、改めて思った。
わたしが、おばあちゃんを、必要としていたのだ。
おばあちゃんに必要とされたくて、自分の居場所を見出したくて、いつも近くにいたのだ。
そして、彼女はいつも、その想いに応えてくれた。
最後に会ったのは亡くなる数日前。
東京に戻るよ、というわたしの手をなんとなく取って
『あいちゃんは、ばあちゃんの希望のひかり!』
と、笑った。
もう、大げさなー!またすぐくるよ!
と言って別れて、それきり。
納骨が済んだ今でも、喪失感さえ大して感じない。
たしかに悲しいのに。
特に誰にも知らせなかったのも、わたし自身が受け入れていないからなのだとおもう。
そうそう。
知らせていなかったのに、親しい友だちがおばあちゃんの葬儀に駆けつけてくれた。
うまく沿った言葉が見つからないのだけれど、すごくすごく嬉しかったし頼もしかった。
わたしも、みんなの痛みに常々敏感でいたい。
2013年は、本当にガラっと家族の形が変わった年だった。
来年、また何かが変わるのだろうか。
どんな方向に流れて行ったとしても、大事なことを見失わないでいたい。
今夜はこれから、地元の友人たちとの忘年会。
今年で何年目だろうか。
都会のあの子は新居が見つかっただろうか。
今日が仕事納めのダンナさんは、無事新幹線に乗れるだろうか。
てゆーかわたしのバンドのみんなは、元気だろうか(笑)
今年もいろんな人にたくさんお世話になりました。
来年も、わたしの大事なひとたちが感情豊かに暮らしていけますように!
『わたしらしさ』を探している。
可視化できる何か。
アイテム的な何か。
突き詰めてみると、わたしというものはとてもボワっとしていて、
『愛子さんといえばコレ!』
みたいな何かってないものだなぁと。
そんなもん、ある人の方が少ないのかな。
だからこそ、アイデンティティーをバンドに求めていたのかもしれない。
客観的に自己の評価をできる人って、すてきよね。
Last★pieceは6/8に企画をやります。
ラスピのライブはこれで一区切り。
とはいえ、新しく始まるステージへの助走になるといいな、という意味での区切りなのだけど。
結成して10年目。
10年一昔というでしょ。
新しい10年は、どうなっていくのか楽しみ。









