発言するとき、プレゼントを渡すとき、洋服を選ぶとき。


自然と、相手にとってそれが正解なのか気にしてしまう。


間違った選択をして、嫌われたら困る。
場の空気を乱してしまったら困る。


多様な人がいる東京で暮らすようになって、幾分薄れていたその感じが、むくむくと顔を出し始めた。


保身。

何かに媚びている自分がイヤだと思うのに、なぜかしら。


こんなに受け入れてくれるひとに囲まれているのに、なぜかしら。






シン・ゴジラ観たい。



バイト先に『みえる』子がいる。

わたしにはそういった霊的な感性がないので全く信じ難い話だけど、自販機から手が出てたり、絶対入れない隙間からこっちをみていたりするのだそうだ。
日常的すぎて、突然でびっくりはするけど、怖くはない、と。

そんなもんなのかー。






このまま切り取ってワンピースに仕立てたい草むら!
写真を色々加工してみたけど、実際に目で見るほどの瑞々しさや朗らかさには遠いー。


近ごろは、喜怒哀楽を素直に出すように心がけている。

腹を立てていることや寂しいことを隠して笑顔を作ったときに、相手に伝わるのは、笑顔の部分だけだと知ったから。

本当は怒っていることに気がついて欲しい

なんて内心思ったところで、相手も自身の感情で手一杯で、わたしの気持ちの裏を読むほどヒマじゃないのだ。


悲しい。それでも笑うなら、伝わるのはその部分でいいとハラを括って笑おうじゃないか。


理解されたい。


それなら、理解できるように伝え合うのが、近道なのだ。







朝ごはんに、厚焼き卵と焼き魚。
庭で採れた野菜もすこし。
お味噌汁はいつも具沢山。

夫を送り出したら庭木に水をやり、洗濯物を干してカンタンな掃除をする。

豆を挽いていれたコーヒーでひと休み。

そうだ、午後は果実酒を仕込みましょう。



という生活に、密かに憧れている。


実際の余暇はといえば、寝てばかりだ。
摩擦や衝突を避けていた結果、心震わす出来事も自ら遠のけてしまっている。


寂しいけれど、今はこれでいいとも思う。


早く秋にならないかなー。



18年前の夏、お父さんが拾ってきたねこ。

後ろ足の先っちょがなくてぴょこぴょこ歩く、太っちょ。

トラのはずだけどシマが薄くて、お腹がポヨンポヨンで、砂のかけ方が下手くそで、強めにモニモニされるのが好きで、ン゛ナ゛ァ゛ァ゛って変な声で鳴く、宇宙一愛らしいウチのねこ。

18年しっかり生きた、ねこ。



今日、お空へ行きました。



数ヶ月前に心臓の病気がわかって、嘘みたいに軽くなっていって、それでも頑張って生きた。


宇宙一かわいい、ウチのコタロウ。


覚悟してたとはいえ、いまはただただ呆然としてしまう。

愛してるよ。

愛してる。

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スパイダーマンみたいになった記念に撮った写真。

ポージングセンス…とは…

 

職場は雨でも自転車で通勤できる距離。

スーパーもドラッグストアも病院も、然り。

 

親しみと機動性に優れた服装ばかりで、このところ「飾る」ことからどんどん遠ざかっている。

コーディネートもなにもあったものじゃない。

もうすぐ穴が開こうがシミがあろうがかまわなくなっていく気がする。笑

 

楽だ。

とても楽チンだ。

だって、手近にある服をつかんで着たらおわり、だもの。

 

だけど、気持ちがいい「楽」とは違うんだよなぁ。

誰にも会いたくないし、どこにも行きたくないし、鏡もみたくなくなってしまった。

写真に残すなんて絶対にイヤだ。

(だから最近あんな写真しかないんだな)

 

 

ほんとうは、好きな服を着て、好きな人と好きなところに行って好きなことをしたいのに!

 

それを塞き止めているのは、ほかでもない、わたし。

なんでなんだろう。

 

危機感を覚えて、服を買いに行った。

買ってきたのは、流行の形の、黒い服だった。

(黒が悪いわけじゃない)

 

一度着てみたけど、なんだか変で、外には着ていけなかった。

それ以来放置してある。

しかもいまよく見たら、裏に値札がついたままだ。

 

 

・・・あぁぁ!

 

なにこれ!

なんなのこれ!

こうしてわたしは老け込んでいくの?

ぜんぶひとのせいにして、年齢のせいにして!

 

いま、脳内BGMでは、とってもスカートの裾がほつれている。

 

若くなりたいとかじゃなくて、きれいにしていたい。

服を、髪を、靴を、自分を囲む要素を「気持ちのいいもの」にしていたい。

 

 

ほんとうに、好きな服を着て好きな人と好きなところに行って好きなことをしたい。

わたしの何かがそれを塞き止めている。

 

いまわかるのは、ここまで。

 

 




友だちのムスメちゃんが描いてくれたー!

服の柄やタイツの色までしっかり見ていてくれていたことに感服。
心の細やかな、優しい子だなぁー(●´ω`●)



5年前の今日のことは、全く覚えていません。

でも、その翌日のことはとてもよく覚えています。職場の倒れたファイルの色も、映りの悪いTVで観た信じ難い光景も、夜、有事の避難経路を何度もシュミレートしながら着替えずに眠った緊張感も。


今日思い描く明日は、特段変わりない日常。

おそらく5年前もそうでした。


それでも今は、あの日から抱え続ける胸の痛みがあって、平和な日常が来ないかもしれない、という恐怖感があります。

「変わりない日常」がどれだけ尊いか知ったわたしは、きっと優しく、強くなっている。


忘れずに、立ち止まらずに。

疼く痛みを反芻して、戒めてみる。



あの子がニコニコ絵を描ける日々が、明日も明後日もその先も、ずっとずーっと続きますように!





久しぶりにひどい風邪をひいた。
いまはその終盤戦。


熱は不思議と1人の時に上がる。

奇跡的なタイミングで訪れた休日の2日間、なーんにもしないで、ただただゴロゴロしてみて、幾分体と心がスッキリしてきた。

なんにもしない贅沢。

テレビもつけない静寂。

これがいい。

つくづく、わたしは1人を持て余すことがない性格なのだと思う。

明日からはまた声を張り上げて、走り回る日々。

とりあえず、マスク必須。




何かを始めるのに遅すぎることはない。

という精神にのっとって、頭髪の3分の1をキンパツにした。




わたしと同じ歳だと言う美容師さんは、

『コントラストは強く、且つ、こけしのような丸みを』

というこちらの発注に、ものすごく楽しそうに応えてくれた。


東京っぽい反応だな、と思う。


そして彼はいい事を言っていた。

『大抵のお客さんが気にする 似合うか似合わないか って、そこは関係ないんですよ、どうやって似合わすか、が、この仕事の本質だと思うんです。』


名言。
(ドヤ!みたいな顔で言わなかったのもよい 笑)

完成したとき

けーぼーさんは
『ウチの嫁さんが不良になっちまっただー』
と笑っていた。

本当におおらかである。神かもしれない。



そしてこの配色、ゴールデンボンバーの人にいそう。



ちかしい人の家に子どもが産まれた。

兄弟みたいな間柄なので、甥っ子同然。

姪甥といえば、可愛い存在でしかない、というのがセオリー(だと思っている)なので、写真を見ただけの時点で、すでにメロメロなのである。

早くあいたい!

あってプニプニのほっぺやら小さい手やらをサワサワしたい。

したいーーー。

もう貢ぐことでアタマがいっぱい!

おめでとう!
一家丸ごと愛してる!