更新がまちまちになってしまって申し訳ないです。
気が付いた時に気が付いたネタで更新して行きます!
そして、短文を心がけます!!(^-^;ゞ

さて、今回は「善は急げ」と「鉄は熱いうちに打て」と言う事について少しお話ししてみます。

復縁希望者はこの2つの諺に相応しい行動を取ってしまいがちです。
例えば……。

相手と別れて不安な日々を過ごしています。
不安になる理由は復縁しようと目論んでいるから。
復縁するにあたってはなるべく早く復縁したい。
なぜならば…。

・早く復縁しなくては私への気持ちが冷めてしまう
・相手に他に好きな人が現れてしまうかも
・早くもとに戻って二人で楽しい日々を送りたい

とまあ、こんな所で急いで復縁を考えていると思います。
そう、急いでいるのです。自分の都合で。
そこには相手の気持ちを汲む心も、様子を見て観察しようとする頭脳もない。

そこで前述の2つのような諺が頭に浮かぶのです。
■善は急げ
■鉄は熱いうちに打て

いい事を思いついたら早めに行動しないとチャンスを逃すよ、と言う所です。
これを心に掲げるので復縁希望者は無駄に焦るのです。

「善は急げ」の「善」とは何か?
この場合は「善=復縁」と言う事になる。
しかし、復縁は望む本人にとってはいい事(善)としか思えないかもしれないが、復縁を受ける方にとって必ずしもいい事であるとは限らない。
考えて心をリセットする時間が必要な場合も多々ある。
復縁を申し出された方は「石橋を叩いて渡る」必要があるのです。

そうなると、すぐに橋は渡れない。
よって時間がかかるのです。
そんな状況で勝手に「善は急げ」などと都合の良い格言を持ち出してはまずい。

さらに「鉄は熱いうちに打て」と言うのも、問題がひとつある。
果たして鉄は熱いのか?と言う事です。
別れている、特に別れを切り出されている状況なら、相手はとっくに冷めています。
つまり鉄は冷め切っているのです。
その状態で叩いたって、あなたの希望通りの形に変わるはずもないのです。

この場合、もう一度ある程度鉄を温める時間が必要。
これにも時間がかかるものなのです。

復縁にしろ普通の恋愛にしろ、相手の心を無視して自分の気持ちを基準にして考えると逆効果な行動を起こしてしまいがちです。

こんな諺もある事を忘れないで欲しいですね。
■急いては事を仕損じる
■急がば回れ

復縁の場合、急ぐ要素は悪い事しか生み出さないと思って下さい。
そして、急がなかった結果復縁できなかった場合は、急いだ時はもっと復縁は無理だったのです。

「急げば良かったーー!」と言う状況で、恋愛を逃す、こんな軽い恋愛なら元々縁はないのです。
福袋のバーゲンセールじゃないんですからね…。
復縁希望者の皆さん、お久しぶりです。
再び復縁を希望する心理などを分析しながら考えていきたいと思います。

「あの人をどうしても忘れられない!」

この一途な気持ち、どうして持っちゃいけないの?
一人の人を忘れられなくて愛し続けるの事が「執着」と言ういやな言葉に置き換えられてしまうの?

それはあなたの気持ちがさもしいからです。

「一途な気持ち」と言うのは一般的には「他に目を向けずひとつの事に打ち込む」と言う事。
恋愛においては「浮気心を起こさずに、付き合っている相手にだけ愛情を注ぐ事に専念する」と言う事なのです。
そう、付き合っている人に適応できる事柄で、別れた人や始まってもない人に向ける気持ちではありません。

だから、別れた人を忘れられないのは「一途な気持ち」ではないのです。
全ては「この人と私はまだ付き合っている」と言う妄想の上で成り立っている気持ちなのです。
これがストーカー行為に繋がってしまいます。

「執着」と「一途な気持ち」の違いをもうひとつ挙げておきましょう。

執着は奪い続けるばかりで与える気持ちがありません。
お金に執着している人がそうですね。
お金を貯めて貯めて大金を持っているのに、もっと欲しがります。
そして人のために使う事を嫌います。
大抵の場合は自分のために使う事すら嫌います。
生活を豊かにしてくれるはずのお金に支配されています。
ただただ自分のお金が増えることにしか喜びを感じず、決して満たされる事を知りません。

それに対して「一途な気持ち」はどうでしょうか?
自分の信念を曲げずに一途に物事をやり続ける人がいます。
一途な人は趣味にしろ仕事にしろ、自分を高めるために辛い努力をし続けます。
その対象のために自分を犠牲にする事もありますが、その達成感は幸せに繋がります。
一途な人は、自分の事よりその対象を一番に考えていて、そのための努力を惜しみません。

決定的な違いは
「自分目線か他人目線か?」
と言うことなのです。その結果、幸せか不幸かにも雲泥の差が生まれてきます。
自分の欲望が満たされればいいのが「執着」で、自分を犠牲に出来るのが「一途」なのではないかと私は思います。

人を好きになる気持ち、制御できないときもあります。
人間の気持ちって不思議ですよね。
「あの人をどうしても忘れられない!」
と言う自体はどうする事もできないのかもしれません。

しかし、そのあとにどう言う行動を起こすのかでそれが「執着」なのか「一途」なのかが変わってきます。

心がさもしい人は「一途」にはなれません。