日本の古式礼法である礼儀作法は皇家礼法に由来する。
皇家礼法は、小野宮家や九条家などが流儀を制定していた。
平安の女性貴族や宮廷で働く女性の正装は十二単(ひとえ)だった。
十二単は約20キロもの重さがある。

〈十二単を着た女性〉
そんなものを着て正座したら重圧に耐えられないだろう。
それで、女性がひとりでくつろいでいるときには、正座を崩した「横座り」などをしていた。
やがて鎌倉時代になると源氏の小笠原長清(ながきよ)が皇家礼法を手本に「武家流」の儀式礼法を創り出した。
そして、室町の時代に入ると第8代将軍の足利義政は平家の流れをくむ伊勢貞親(さだちか)に武家流の礼法を詳細に整備させた。
江戸時代に入ると小笠原家と伊勢家の両家が、日本特有の礼儀作法を完成させた。
そのうち有名なのは小笠原流だろう。
弓道と馬術の法に礼法を加え「弓・馬・礼」の三法をもって流派を起こし小笠原宗家がこの礼法を守ってきた。
小笠原流では礼式をやかましく言うので、武士たちは礼式を覚えるのに苦労したという。
結婚式や葬式も小笠原流で行われるようになり、ひどく煩雑(はんざつ)なものになった。
後にその礼式は庶民にも及び、だから昔の結婚式などは大変な行事になってしまった。
さて、小笠原宗家の家伝には「礼道の要は心を練る修練であり、礼をもって端座(正座)すれば凶刃剣を取りて向かうとも害を加うることかなわず」との教えがある。
ここから「正座」があらわれる。
そして、日本の伝統的な神事や仏事、さらに芸道や武道の世界では、正式な座法としての「正座」が必須の身構えとなっていった。
正座は、実は奈良時代に仏事とともに中国から伝わってきていた。
それまでの日本では、男女ともに片方の膝(ひざ)を立てて座っていたようだ。
当時の風俗画や残っている木像などを見ると、女性は片膝を立てて座っていることが多い。

〈女性が片膝を立てて座る絵/中世〉

〈死んだ女性の木像/中世〉
何年か前のNHKの大河ドラマ『麒麟がくる』では、女性たちがみんなその座り方をしていた。
昔の女性は下着を着けていなかったので、よほどふっくらとした着物を着てないと、片膝を立てて崩れて座ると陰部が見えてしまう。
だから、ドラマの女優たちはみんなキチッとした姿勢で片膝座りをしていた。
片膝を正面に出して立て、後ろ足は甲を上げて指を曲げて床に付け、体重を支えていた。

〈『麒麟がくる』で女優たちはみな片膝を立ててキチッと座っていた〉
しんどそうな座り方だなと思って真似してみたら、少しの時間なら静止していられるが、長い時間は無理だった。
片膝を前に出す脚は外側に倒し、後ろ足の甲をベタッと床に付、その上にお尻を乗せて座るとやりやすかった。
当時の風俗画に描かれたのは、くつろいでいるときの男女のそういう座り方だったと思う。
大河ドラマの監督たちは話し合い、当時はどうやら片膝を立てで座っていたようだからと、その座り方を取り入れたのだろう。
しかし、貴人などの前で女性がだらしなく座るのはあり得ないと思い、両脚を閉じて片膝を立てて座るという非現実的な座り方を女優たちにやらせたのだろう。
それが鎌倉時代になると禅の影響により座禅の座法である結跏趺坐(けっかふざ)のくずれ型である胡坐(あぐら)の座り方が広まった。
昔の大和絵や江戸の浮世絵などで見られるように、歴史上の人物の座り姿は身分を問わず「あぐら」の姿である。
女性も同じようにあぐらをかいている。
戦国時代に入っても、利休をはじめ孫の宗旦も胡坐(あぐら)でお茶を点てていた。
利休の愛弟子の細川三斎には禅院の四頭茶礼での構えである片膝立ての点前(てまえ)が見られる。
正座が社会に浸透したのは江戸時代である。
江戸初期に徳川幕府は大名支配の手段のひとつとして参勤交代の制度に「小笠原流礼法」を採用し、非武装の正座を公式の作法にした。
当初は限られた上流武家の座法で大衆化には至っていなかったが、江戸中期になると武家との交流の深い商人にも礼法が求められるようになり、以後は民衆にも武家の礼法である正座が広がっていった。
正座が日常に定着したのは明治中期のことである。
明治36年、旧文部省が国定修身(道徳)教育で正座するように指導している。
こうして、現在の日本人の行動様式である「正座」が一般化したわけだ。
正座は「正しい」と「座る」という言葉でできている。
小笠原流の人か誰かが、「これこそ日本人に合う正しい座り方だ」とでも考えて命名したのだろうか。
しかし、正座を毎日していると、脚の血流が悪くなるという。
日本人が短足なのは、そのせいもあるかもしれない。
日本人があまり正座をしなくなったら身長が伸びた。
日本人が胴長なのは米ばかりを食べて腸が長いせいだが、肉食が普及して胴長はだいぶ解消された。
胴が短くなっても脚が長くなったので身長が伸びた。
脚が長くなったのは、正座しなくなったことも関係しているように思う。
正座といえば坊さんを思い浮かべる人が多いと思う。
しかし今の坊さんの多くは、椅子に腰掛けてお経を誦む。

〈椅子に座って経を誦む坊さん。信者も椅子に腰掛けている〉
今の茶道や花道などの芸事ではみな正座する。

〈茶道〉

〈花道〉
武道でも、座るときは正座である。
合気道では正座の姿勢のまま進退し(膝行=しっこう)、正座の姿勢のまま相手を倒す技がたくさんある。

〈正座の姿勢で相手を投げる/合気道〉
合気道は、大東流合気柔術という会津藩に伝わる武術をもとに作られている。
武士たちが室内で敵に襲われたときのために、大東流合気柔術が正座の姿勢から相手を制圧する技を開発したのだろう。
せっかく定着した正座という座り方は、寺院からまず消え、そのうち誰もしなくなるかもしれない。
茶道や花道や古式武道などでは正座はなくならないだろうから、そうした限られた場面でのみ生き残っていくのかもしれない。
成人式などで和服を着たりすれば女性は正座をするだろうが、それ以外では正座する人はいなくなるのではないか。

〈成人式で着飾った女性たち〉
ただ不思議だと昔から思っているのは、和服を着ていなくとも女性は座るとき両脚を閉じることだ。
日本の場合、これは正座から来た習慣なのではないだろうか。
スカートを履いて脚を開いて座れば下着が見えてしまう。
それで脚を閉じる習慣ができたようにも思うが、パンツ(ズボン)を履いていても女性は脚を閉じるので、その点は不思議だといつも思う。
そうやって座ったほうが女性らしくて可愛いし美しく見えるからと女性たちは考えているのだろうか。
世界各国でだいたいの女性は脚を閉じて座るので、そう考えたほうがいいのかもしれない。

〈スカートを履いた女性はほとんど両脚をピタッと閉じるが、ズボンを履いていても両脚を閉じることが多い〉
ちなみに、私はたまに正座する。
私は年に1度か2度くらいぎっくり腰になるのだが、そのときに一番楽な姿勢が正座なのだ。
正座して背筋をピンと伸ばしていると痛みがなくなるので、仕方なく正座する。
脚がしびれるが、腰が痛むよりはずっといい。
整体師などの中には、正座が健康にいいと説く人がいる。
背筋が伸びるせいではないか。
しかし脚が痺れるので、今の時代も今後も、正座ははやらないと思う。
【ダイエット記録】目標達成体重より+2.9キロ。