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aichanの双極性日記

千歳在住の情けないおじさんです。
双極性2型で喘息で、ブログ〈Zensoku Web〉(https://aichanzw.seesaa.net/)、
note(https://note.com/aichanzw)もやっています。

最近、アパートの部屋にワラジムシやカメムシが出るようになった。


啓蟄(けいちつ)だなあ、と思った。


啓蟄とは、「冬籠りの虫が這い出る」という意味である。


「啓」は「開く」、「蟄」は「虫などが土中に隠れ閉じこもる」意味だそうだ。


だから「啓蟄」は、「閉じこもっていた虫などが“開く”、つまり出てくる」という意味になるわけだ。


旧暦では1月後半から2月前半で、今の暦にすると3月初めころになる。


おそらく本州では、虫たちがすでにもう出てきているだろう。


私の住んでいるのは北海道という寒いところなので、このころになってようやく出てきたというわけだ。


私は殺生が嫌いなので、そうしたムシたちを見つけたら、ティッシュでつかんで玄関ドアから外に投げてやる。


外は寒いだろうが、殺されるよりはいいだろう。

 

ところで、北海道には、ワラジムシはいるがダンゴムシはいない。

 

ワラジムシとダンゴムシはよく似ているが、ダンゴムシは丸くなって小さな玉のようになるのに対して、ワラジムシはそうはならない。

 

 

私が生まれ育った仙台では、ダンゴムシはたくさんいたがワラジムシを見たことはなかった。

 

ダンゴムシは寒さに弱く、ワラジムシは寒さに強いのかもしれない。

 

カメムシは仙台より北海道のほうで多く見る。

 

カメムシは寒いところのほうが好きなのだろうか?

 

 

私はフライフィッシングが好きで、千歳川などで釣りをする。

 

水生昆虫や陸生昆虫や魚に似せたフライを自分で巻き、それで釣る。

 

〈カメムシフライ〉

 

仙台でもフライフィッシングをしていたが、カメムシが少ないのでカメムシのフライを巻いたことはなかった。

 

けれど北海道に来たらカメムシが多いので、カメムシフライを巻いて、それで魚を釣ることもある。

 

ワラジムシやダンゴムシのフライは作ったことがない。

 

彼らは主に住宅の近くの石の裏とか床下に棲むので、川近くにはいないのではないか。

 

だから魚たちはワラジムシたちを見たことがなく、ワラジムシやダンゴムシのフライを流しても魚は食いついてこないように思う。

 

カメムシは木の枝や川辺の草むらなどから川に落ちることがあるので、それでカメムシフライは魚に有効なのだ。

 

「啓蟄」のことから話がだいぶそれたな。

 


【ダイエット記録】目標達成体重より+2.4キロ。


今日5日は、亡くなった愛犬アイルの月命日。


アイル、元気か?


北海道でも、もうすぐ桜の季節になるよ。


この季節には、毎年、一緒に桜を見にいったね。


また一緒に見たいなあ。


もうすぐそっちに行けるように思う。


待っててね。

 

 


【ダイエット記録】目標達成体重より+2.9キロ。

私の知っている人の中に、顔中にピアスをしていたり入れ墨をしていたり何色にも髪を染めていたり奇抜な服を着たりと、ジジイの私には理解できないファッションをしている若い男女がいる。


男なのにスカートを履き、入れ墨をした生脚を見せている人もいる。


彼ら彼女らの話すのを聞くと、ちゃんと挨拶するし普通に話すので、奇抜なのは外見だけのようだ。

 


〈「顔中ピアス」や「入れ墨」の外国人〉


彼ら彼女らは障害者なのだが、障害者だからそんなファッションをしているのではないと思う。


近年は男でも化粧したりネイルしたり女の子はまつ毛を白マスカラで白くしたりと、ファッションが多様化している。


そのように時代が変化してきているせいで彼ら彼女らもぶっ飛んでいるのだろうが、そんな姿で街中を歩いたり店に入ったりしたら、多くの人から変な目で見られるだろうなと思う。


私もそう見てしまう。


芸能人、特にヘビメタバンドの人たちの中にはそれに近いファッションをしている人もいるが、それよりはるかにぶっ飛んでいる。


そのことを娘に言ったら、「今の時代は多様化だよ、多様化!」と強い言葉であしらわれた。


私が入れ墨を極端に嫌っているのを娘は古い人間の偏見だと思っているようで、私のそういう見方を見直させようとしているところがある。


それで「多様化」という言葉を使って私の考え方が古いと指摘したのだろう。


入れ墨は縄文時代の日本人がしていて、縄文人の末裔と思われるアイヌ民族と琉球民族の女性にはその習慣が近代まであった。


今の日本人が入れ墨をするのは先祖返りなのかもしれないが、今では入れ墨をしていたら「ヤクザだ」と見られることが多い。


私はヤクザが大嫌いなので、どうしても入れ墨をしている人を変な目で見てしまうのだ。


時代が多様化しているのは認めるが、「顔中ピアス」や「入れ墨」等も「多様化」のひと言で片付けられるものだろうか?


「顔中ピアス」はともかく、「入れ墨」をしている人間を雇う企業があるとは思えない。


特に今の日本にあるとは思えない。


よほどの才能のある人であれば、特定の業界なら採用されることはあるだろう。


けれど、ほとんどの企業では採用されないと思う。


「顔中ピアス」や「入れ墨」等の人間がもし就職できて中年になって管理職になったとしたら本物の多様化時代になるのかもしれないが、今現在、採用する企業がほとんどないとしたら、彼ら彼女らが管理職になることはないだろうから、多様化時代が本当に訪れるのか疑問である。


彼ら彼女らが就職するのではなく起業して社長になれば話は別だけれど、彼ら彼女がことごとく起業することはないだろうから、そうしたファッションが一般化することはないと思う。


彼ら彼女らは、私などにはとうてい描けない今風のイラストをパソコンで描いたりする。


『ウマ娘』などに見られるような奇抜な服を着た奇抜な女の子のイラストが多い。

 


〈『ウマ娘』〉


いや、『ウマ娘』をはるかに超えるような、現実にはあり得ない服や顔のイラストなのだ。


そういうイラストを求めるのはアニメかゲーム業界くらいだろうと思う。


たぶん、彼ら彼女らはアニメを観たりゲームに浸ることでそんなイラストを描けるようになったのだと思う。


娘は「今の時代は多様化だよ、多様化」と言ったが、彼女の娘(私の孫)が「顔中ピアス」や「入れ墨」等の人間に成長してもいいと思っているのだろうか。


もしそうだとしたら、いくら何でも「多様化」と言って片付けるわけにはいかないと思う。


付き合ったり結婚するとしても、同じような人とでなければできないだろう。

 

唇に尖ったピアスをたくさんしている人もいるが、あれでどうやってキスや愛撫をするのだろうか。

 

無理なんじゃないかと思える。


日本人がみな「顔中ピアス」や「入れ墨」等の人間になってしまう将来なんて見たくない。


「多様化」はいろいろな人が生きることのできる社会になることを指すと思う。


それは外見だけではなく内面、つまり病気や障害を持っていたりさまざまな考え方や文化を持つ人が増えることだろう。


そういう意味では「多様化」はいいことだが、「顔中ピアス」や「入れ墨」等は自分で自分の社会的存在意義を潰すことになるのではないかと私は憂える。


「多様化」は、ある面ではジジイの私でも受け入れている。


例えば男に生まれたのに自分は女だと感じる人がいたり、ゲイになったりレズビアンになったりする人がいる。


それを「動物は子孫を残すために生まれてくるのだから彼らの存在意義はない」と言う人がいる。


その人は、同性愛は人間に限ったことではなく、千種以上の動物で見られる行動だということを知らないのだろう。


高等になるにしたがって同性愛者が増えるのは確かだが、下等な動物でも同性愛をするのだ。


もしかすると、人間や動物が増えすぎたから自然の法則がはたらいて同性愛者を増やしているのかもしれない。


ここでは同性愛について書いたが、そうした人々のことを私は別に何とも思わない。


その点に関しては「多様化」の領域に入っているのだと思う。


しかし、「顔中ピアス」や「入れ墨」の若者に関しては、どうしても違和感を覚えてしまう。


昔、親戚がヤクザにひどい目に遭わされたことが記憶に強く残っていて、「ヤクザ」=「入れ墨」という「刷り込み」が私から消えないのだろう。

 


【ダイエット記録】目標達成体重より+2.9キロ。

 

北海道では『おにぎりあたためますか』という番組が放送されている。

 


〈『おにぎりあたためますか』の宣伝画像〉


2003年3月26日から、北海道テレビ放送(HTB)の制作により、テレビ朝日系列局などで放送されている深夜バラエティ番組だ。


「テレビ朝日系列局などで放送されている」とすると、北海道以外でも放送されているのかもしれない。


北海道民ではない人が『おにぎりあたためますか』というタイトルを見れば、「?」となるのではないか。


北海道では、コンビニでおにぎりを買うと、店員から「おにぎり温めますか?」と聞かれることが多い。


寒い土地だから、弁当だけでなく「おにぎり」も温めてもらいたい客が多いのだ。


それで、番組にこんな変なタイトルを付けたのだろう。


番組は、TEAM NACS(チームナックス)の大泉洋や戸次重幸などやオクラホマ(大阪出身なのに北海道を中心に活動しているお笑いコンビ)とHTBのアナウンサーが、道内の名店や変わった店や隠れた観光名所を訪れるなどして、主に「しゃべり」で構成されている。


こんな番組が20年以上もよく続いているなという内容だ。


道内ではチームナックスと大泉洋が人気だから、その人気に乗っかって視聴率が稼げるのだろう。


北海道ならではの変な番組である。

 


【ダイエット記録】目標達成体重より+3.1キロ。

 

スイカの季節はとっくに去った。

 

いや、もうすぐスイカの季節が来ると思うべきか。

 

それはともかく、スイカを見るたびに思い出すことがある。


60年近く前のたいていの家庭ではそうだったと思うが、当時の冷蔵庫は小さく、小さく切らないとスイカを冷蔵庫に入れることはできなかった。


それで井戸水を出しっぱなしにして、その下にタライに入れたスイカを置き、井戸水でスイカを冷やしてから食べていた。

 


〈私が子どものころはスイカは井戸水で冷やして食べた〉


子どものころ、スイカを食べるとき、小さな種をいちいち口の中から出すのが面倒で、実と一緒に飲み込んでいた。


昔のスイカは今のスイカと比べて種が多かったので、種をいちいち吐き出して食べるのは大変だったからだ。


だから私は種も一緒に飲み込んでいたわけだ。


すると両親は、「お腹からスイカの芽が出るから種は出しなさい」と私に言った。


祖父母からも同じようなことを言われた。


幼かった私は本気にし、それ以来、中学生になるまで種を出して食べるようになった。


腹からスイカの双葉なんか出たらえらいことになりそうな気がしたのだ。


他の果物でも同じで、メロンの種などでも全部吐き出して食べるようになった。


柿やビワや桃の種などはでかいので、こんなのを飲み込んだら腹の中で発芽してえらいことになると本気で思った。


中学生になって、強い酸性の胃液にまみれたら種は死ぬのではないかと思い、死ななくて腸に移動しても、そこには太陽の光はなく、芽を出すはずがないと気づいた。


確認したことはないが、種は便に混じって排出されるのだろう。


その後、古代人の住んでいた遺跡の発掘で古代人の便が発掘されると、それに含まれる種を調べて、当時の人が何を食べていたかわかることを知った。


やはり種は便とともに排出されるのだ。


高校の同級生のひとりの家庭では、スイカに砂糖をかけて食べると聞き驚いた。


うちでは塩をかけて食べていたからだ。


試しに砂糖をかけて食べてみたらおいしくなかった。


スイカに塩をかけるのはスイカの甘さを引き立てるためだが、結果として水分とともに塩分も摂ることになり、スポーツ飲料などなかった昔にはとても合理的で健康的な食べ方だったと思う。


それにしてもスイカなんてもう何年も食べていないように思う。


ひとり暮らしでは、スイカを買ってきて食べるなんてことはまずないのだ。


買ってきたいと思っても、私はクルマを持っていないので自転車に乗って遠くのスーパーまで買いにいかなくてはならず、買っても玉で買ったら自転車のカゴには収まらず、買ってくるのをいつもあきらめている。


アパートの冷蔵庫は小さいので、スイカを丸ごと入れられないせいもある。


いくつかに切って入れればいいのだが、面倒に感じて買ってくる気になれない。


今のスーパーでは半切りや4分の1に切ったスイカも売られているが、それも何となく買ってくる気にならない。


だいたい、スイカは丸まんま買ってきて食べないとスイカを食った気にならないので、小さく切ってあるスイカなんて買う気になれないのだ。


でも、スイカ、久しぶりに食べたいなあ。

 


【ダイエット記録】目標達成体重より+2.6キロ。

日本のGDPはどんどん減っている。


私はそれでいいと思う。

 

「《2026年3月23日》ー日本は、こじんまりとした国になればいい」で書いたように、「小国寡民」にすればいいと思うのだ。

 

ところで、このGDPを日本では円換算で計算することがある。


これはおかしいと思う。


ドル換算で出したほうがいいと思う。


ドル換算で世界各国のGDPを見ると、アメリカは2倍、ヨーロッパ各国は1.3倍から1.5倍にまで成長している。


ドル換算で日本のGDPを計算すると、以前と比べて0.7倍になっている。


30パーセントも減っているのだ。

 

〈主要国のGDOの推移/ドル換算〉


しかし、円換算にすると少ししか減っていないように見える。

 

〈円の価値はこれほど下がってきている〉


対ドル相場は激しく落ちているので、GDPを円換算すれば、日本のGDPはもっと減っていることがわかるはずだ。

 

これでは現実を把握できない。


日本は、多くのものを海外から輸入している。


なのに円換算でGDPを出しているのは、もしかすると国民を騙すつもりなのではないか。


高市早苗はそのことに気付いているのか。


気付いていて円換算にしているとしたら、彼女も国民を騙していることになる。


気付いていないとしたら、一国の首相として失格である。


日本国民は、その実態を知り、「小国寡民」に向かうべきだ。

 


【ダイエット記録】目標達成体重より+2.4キロ。

日本の古式礼法である礼儀作法は皇家礼法に由来する。


皇家礼法は、小野宮家や九条家などが流儀を制定していた。


平安の女性貴族や宮廷で働く女性の正装は十二単(ひとえ)だった。


十二単は約20キロもの重さがある。

 


〈十二単を着た女性〉


そんなものを着て正座したら重圧に耐えられないだろう。


それで、女性がひとりでくつろいでいるときには、正座を崩した「横座り」などをしていた。


やがて鎌倉時代になると源氏の小笠原長清(ながきよ)が皇家礼法を手本に「武家流」の儀式礼法を創り出した。


そして、室町の時代に入ると第8代将軍の足利義政は平家の流れをくむ伊勢貞親(さだちか)に武家流の礼法を詳細に整備させた。


江戸時代に入ると小笠原家と伊勢家の両家が、日本特有の礼儀作法を完成させた。


そのうち有名なのは小笠原流だろう。


弓道と馬術の法に礼法を加え「弓・馬・礼」の三法をもって流派を起こし小笠原宗家がこの礼法を守ってきた。


小笠原流では礼式をやかましく言うので、武士たちは礼式を覚えるのに苦労したという。


結婚式や葬式も小笠原流で行われるようになり、ひどく煩雑(はんざつ)なものになった。


後にその礼式は庶民にも及び、だから昔の結婚式などは大変な行事になってしまった。


さて、小笠原宗家の家伝には「礼道の要は心を練る修練であり、礼をもって端座(正座)すれば凶刃剣を取りて向かうとも害を加うることかなわず」との教えがある。


ここから「正座」があらわれる。


そして、日本の伝統的な神事や仏事、さらに芸道や武道の世界では、正式な座法としての「正座」が必須の身構えとなっていった。


正座は、実は奈良時代に仏事とともに中国から伝わってきていた。


それまでの日本では、男女ともに片方の膝(ひざ)を立てて座っていたようだ。


当時の風俗画や残っている木像などを見ると、女性は片膝を立てて座っていることが多い。

 


〈女性が片膝を立てて座る絵/中世〉

 


〈死んだ女性の木像/中世〉


何年か前のNHKの大河ドラマ『麒麟がくる』では、女性たちがみんなその座り方をしていた。


昔の女性は下着を着けていなかったので、よほどふっくらとした着物を着てないと、片膝を立てて崩れて座ると陰部が見えてしまう。


だから、ドラマの女優たちはみんなキチッとした姿勢で片膝座りをしていた。


片膝を正面に出して立て、後ろ足は甲を上げて指を曲げて床に付け、体重を支えていた。

 


〈『麒麟がくる』で女優たちはみな片膝を立ててキチッと座っていた〉


しんどそうな座り方だなと思って真似してみたら、少しの時間なら静止していられるが、長い時間は無理だった。


片膝を前に出す脚は外側に倒し、後ろ足の甲をベタッと床に付、その上にお尻を乗せて座るとやりやすかった。


当時の風俗画に描かれたのは、くつろいでいるときの男女のそういう座り方だったと思う。


大河ドラマの監督たちは話し合い、当時はどうやら片膝を立てで座っていたようだからと、その座り方を取り入れたのだろう。


しかし、貴人などの前で女性がだらしなく座るのはあり得ないと思い、両脚を閉じて片膝を立てて座るという非現実的な座り方を女優たちにやらせたのだろう。


それが鎌倉時代になると禅の影響により座禅の座法である結跏趺坐(けっかふざ)のくずれ型である胡坐(あぐら)の座り方が広まった。


昔の大和絵や江戸の浮世絵などで見られるように、歴史上の人物の座り姿は身分を問わず「あぐら」の姿である。


女性も同じようにあぐらをかいている。


戦国時代に入っても、利休をはじめ孫の宗旦も胡坐(あぐら)でお茶を点てていた。


利休の愛弟子の細川三斎には禅院の四頭茶礼での構えである片膝立ての点前(てまえ)が見られる。


正座が社会に浸透したのは江戸時代である。


江戸初期に徳川幕府は大名支配の手段のひとつとして参勤交代の制度に「小笠原流礼法」を採用し、非武装の正座を公式の作法にした。


当初は限られた上流武家の座法で大衆化には至っていなかったが、江戸中期になると武家との交流の深い商人にも礼法が求められるようになり、以後は民衆にも武家の礼法である正座が広がっていった。


正座が日常に定着したのは明治中期のことである。


明治36年、旧文部省が国定修身(道徳)教育で正座するように指導している。


こうして、現在の日本人の行動様式である「正座」が一般化したわけだ。

 

正座は「正しい」と「座る」という言葉でできている。

 

小笠原流の人か誰かが、「これこそ日本人に合う正しい座り方だ」とでも考えて命名したのだろうか。


しかし、正座を毎日していると、脚の血流が悪くなるという。


日本人が短足なのは、そのせいもあるかもしれない。


日本人があまり正座をしなくなったら身長が伸びた。

 

日本人が胴長なのは米ばかりを食べて腸が長いせいだが、肉食が普及して胴長はだいぶ解消された。

胴が短くなっても脚が長くなったので身長が伸びた。

 

脚が長くなったのは、正座しなくなったことも関係しているように思う。


正座といえば坊さんを思い浮かべる人が多いと思う。


しかし今の坊さんの多くは、椅子に腰掛けてお経を誦む。

 


〈椅子に座って経を誦む坊さん。信者も椅子に腰掛けている〉


今の茶道や花道などの芸事ではみな正座する。

 


〈茶道〉

 


〈花道〉


武道でも、座るときは正座である。


合気道では正座の姿勢のまま進退し(膝行=しっこう)、正座の姿勢のまま相手を倒す技がたくさんある。

 


〈正座の姿勢で相手を投げる/合気道〉


合気道は、大東流合気柔術という会津藩に伝わる武術をもとに作られている。


武士たちが室内で敵に襲われたときのために、大東流合気柔術が正座の姿勢から相手を制圧する技を開発したのだろう。


せっかく定着した正座という座り方は、寺院からまず消え、そのうち誰もしなくなるかもしれない。


茶道や花道や古式武道などでは正座はなくならないだろうから、そうした限られた場面でのみ生き残っていくのかもしれない。


成人式などで和服を着たりすれば女性は正座をするだろうが、それ以外では正座する人はいなくなるのではないか。

 


〈成人式で着飾った女性たち〉


ただ不思議だと昔から思っているのは、和服を着ていなくとも女性は座るとき両脚を閉じることだ。


日本の場合、これは正座から来た習慣なのではないだろうか。


スカートを履いて脚を開いて座れば下着が見えてしまう。


それで脚を閉じる習慣ができたようにも思うが、パンツ(ズボン)を履いていても女性は脚を閉じるので、その点は不思議だといつも思う。


そうやって座ったほうが女性らしくて可愛いし美しく見えるからと女性たちは考えているのだろうか。


世界各国でだいたいの女性は脚を閉じて座るので、そう考えたほうがいいのかもしれない。

 


〈スカートを履いた女性はほとんど両脚をピタッと閉じるが、ズボンを履いていても両脚を閉じることが多い〉


ちなみに、私はたまに正座する。


私は年に1度か2度くらいぎっくり腰になるのだが、そのときに一番楽な姿勢が正座なのだ。


正座して背筋をピンと伸ばしていると痛みがなくなるので、仕方なく正座する。


脚がしびれるが、腰が痛むよりはずっといい。


整体師などの中には、正座が健康にいいと説く人がいる。


背筋が伸びるせいではないか。


しかし脚が痺れるので、今の時代も今後も、正座ははやらないと思う。

 


【ダイエット記録】目標達成体重より+2.9キロ。

 

北海道には「ソラチ」というタレ屋がある。


北海道には「空知」(ソラチと読む)という地域があり、そこから名付けた社名だろう。


ジンギスカン用のタレやしゃぶしゃぶ用のタレなどを販売している。


私が仙台から北海道に渡ったのは約40年前。


そのときから「ソラチ」のCMがテレビで流れていた。


モデルなのか女優なのかわからないが、ひとりの若い女性がそのCMに登場していた。


そのCMは今にいたるまでずっと続いている。


商品が新しくなってきているのでCMの内容も変わってきたが、登場する女性は変わらない。


そして、驚くべきことに彼女の容姿にあまり変化がないのだ。

 


〈「ソラチ」のCMに登場する女性〉


昔の動画を使って今のCMを作っているとは考えにくい。


昔の画像なら画質が粗いと思うので、何か工夫しないと使えないと思う。


なのに、今の「ソラチ」のCMの女性の顔は40年前とほぼ同じなのである。


40年も経てば老化して人の顔はかなり変わる。


しかし、「ソラチ」のCMの女性の顔は40年間、ほとんど変わっていない。


どういうことだろうか。


私は、日々、悩んでいる。

 


【ダイエット記録】目標達成体重より+2.4キロ。

「手前」という言葉がある。


自分のことをそう言うこともあるし、「てめえ」というように相手を見下すように使うこともあるし、茶道で「お手前(点前)がよろしいようで」と使うこともある。


「手前」とはもともとどういう意味だったのか。


調べてみると、もとは馬術用語だったという説があることを知った。


馬の歩法の中で各肢の動きの順の左右の違いのことなのだそうだ。


左右の肢のうち遅れて着地する肢を手前肢といい、右肢が手前の場合を右手前、左肢が手前の場合を左手前というらしい。


ネットにはそう書かれているが、どうも腑に落ちない。


もともとは、おそらく自分のことを言ったのではないか。


「手前」が「手の前」だとすると、自分自身のことか、自分の手が届く範囲を指す言葉だったような気がする。


茶道の「お点前がよろしいようで」の「点前(手前)」はまさしくその意味だろう。

 


〈茶道の点前〉


室町時代には謙遜表現としての用法が確認されているというから、そのころには自分をへりくだって言う言葉になっていたと思われる。


それがなぜ「相手」のことを指すようにもなったのか。


言葉は時代の移り変わりとともに意味が変化することがある。


「手前」の意味も、それで変わったのだろう。


「お前」という言葉もそうだ。


もとは「御前」と書き、神仏や貴人の前を敬って言う言葉だった。 


それが次第に相手を見下すようなときにも使われるようになった。


「君」もそうだ。


「君が代」の「君」はもとは天皇のことだった。


(「君が代」は薩摩かどこかの民謡を外国人がアレンジしてできた歌らしい。とすれば、「君」はもとは薩摩藩主のことを指していたのかもしれない)


戦後は主権在民になったから「君」は国民のことになったが、昔は天皇や主君や貴人のことを「君」と呼んだ。


幕末になると、尊王攘夷の志士たちがむらがり出た。


彼らは、この「君」を「クン」と発音し、志士仲間の名前の後ろに付けて「○○君」と呼ぶようになった。


多少の尊敬を込めた呼び方だったろう。


今では、「君」に尊敬の意味などない。


ただ単に、名前を呼び捨てにすると相手に悪いので、「君(クン)」と付けるだけだ。


それらとは逆に、その意味が格上げされた言葉もある。


それは「僕」だ。


「僕」はもともとはシモベの意味である。


政治家や役人を公僕と呼ぶが、それは国民のシモベだからだ。


彼らは国民の税金で生きているので、国民のシモベとして働かなければならない。


幕末あたりになると、志士たちは自分のことをへりくだって「僕」と言うようになった。


だけど、「僕」とへりくだる志士を相手は見下げることはなく、むしろ「へりくだるのは偉い」と思ったフシがある。


今では、自分のことを「僕」と言うのは全然普通である(この「全然」も本来は「全然……ない」というように何かを否定する前置きとして使われていたが、今では「全然普通」のように使われる)。


「俺」と言うより「僕」と言うほうが女性には好感を持たれるのではないか。


言葉の意味の変化は面白い。

 


【ダイエット記録】目標達成体重より+3.2キロ。

20年近く前、私は恵庭市に住んでいた。


その前は札幌に住み、恵庭に住んだあとは札幌に帰り、そのあとは今の千歳に住んでいる。


恵庭に住んでいたとき、パチンコ屋の駐車場係のバイトをした。


当時はうつ病になって退職して間もなく、やっと少し元気が出てきたものの、50歳を過ぎていたため普通の仕事は探しても見つからず、やむなくバイトをしていたのだ。


駐車場係といっても駐車場の監視や掃除だけでなく、開店前のパチンコ台の掃除や床掃除、ゴミ処理、冬には雪かきなどもやっていた。


私が入ったとき、リーダー的な存在は名古屋大学を出て恵庭市役所に勤めたあと塾を経営している男だった。


かなり偏屈で傲岸な男で、4名くらいのメンバーの上司かのように振る舞っていた。


塾の生徒が志望校に落ちると、その親に向かってそいつは「お子さんは勉強のやり方を知らなかったのです!」と威張って言うのだそうだ。


それを教えるのも塾の役目だと思うが、そいつはそうは思っていないのだろう。


そのパチンコ屋では職員とバイトを集めて定期的に飲み会をしていたが、するとその偏屈男は経営陣のところに酌に行き、「私は名古屋大学を出まして」と話すのが常だった。


俺は名古屋大学を出たエリートなんだ、頭がいいんだ、だから重用してくれと訴えたかったのだろう。


彼は、10くらいある仕事を各自に割り振る表を作り、それに沿って毎日の仕事を進めていた。


その表を見て私は首をひねった。


まるで列車のダイヤ表のように見づらくわかりにくい表だったからだ。


何より不思議だったのは、各メンバーの担当する仕事が週ごとに変わっていく点だった。


メンバーは5人で仕事は10くらいである。


それなら各仕事について、月曜はAさん、火曜はBさん、水曜はCさん、木曜はDさん…というように簡単に作ればいいのにと思った。


たぶん彼は、自分にしか理解できない表を作ることで、メンバーたちに日々の仕事を指示する役目を勝ち取りたかったのだろう。


実際、私が入ったとき、彼はリーダー的存在になっていた。


私はその煩わしい表を見て偏屈男の思惑を察し、誰が見てもすぐわかる表を作ろうと考えた。


偏屈男の代わりに私がリーダーになるためではなく、リーダーなんていらないと思ったからだ。


それで家でエクセルを起ち上げ、左に仕事の種類、右に曜日という表を作り、表の中にメンバーの名前を入れて印刷して次の日にパチンコ屋に持っていった。

 


〈私が作った夏の勤務表〉


その朝、職員がミーティングをしたので、私はその表を職員に見せ、「こうしたほうがわりやすいし、やりやすくていいんじゃないでしょうか」と言った。


メンバーの上司を自認していた偏屈男はいまいましいものでも見るかのようにその表を見て、余計なことしやがってという目で私のことを見た。


その表がメンバーに渡されてみんなが見ると、「このほうがいい」とみんなが言った。


それで職員が、「それでは今後はこの表の通りに仕事をしていただきます」と言った。


偏屈男は苦々しい顔になって私を睨んだ。


その表通りに仕事をしはじめたある日、偏屈男が自分の担当ではない仕事をしようとした。


私がそのことを指摘すると、偏屈男は聞こえないフリをしてその仕事を始めた。


しかも、偏屈男の仕事はいつもテキトーで、それだけでなく、やけにゆっくりとやるのだ。


私たちなら1時間くらいで終わるのに、偏屈男は3時間もかける。


どう見ても、ほかの仕事をやりたくなくてゆっくりやっているとしか見えなかった。


職員もそう思ったようで、「●●さんはどうしてあんなに時間がかかるんでしょう?」と私たちに聞いてきたが、「わざとゆっくりやってるんじゃないですか」とも言えず、私たちは「さあ」と言ってごまかした。


冬になったらみんなで汗だくになって雪かきをしなければならないが、偏屈男は雪かきをまったくしなかった。


小型の除雪機を出して、鼻歌を歌いながらそれを押して歩くだけだった。


あるとき私は、「○○さんにも除雪機を使わせてやってくださいよ」と偏屈男に言った。


除雪機の使い方については、その前日に○○さんに私が教えていた。


ところが偏屈男は、「○○さんには無理だ!」と言って私の言葉を無視した。


みんな、そんな偏屈男に憤りを感じた。


私は以前からその男に対して激しい怒りを感じていた。


その怒りがそのとき爆発した。


私は偏屈男の胸ぐらを右手で掴み、左手でそいつの右手を掴んだ。


左手で小手返し投げ(合気道の技)をするつもりだった。

 


〈合気道の「小手返し」〉


しかし、相手から暴行を受けたわけでもないのに投げれば、傷害の罪に問われるなとためらった。


それで、胸ぐらを掴みながら、攻撃してこないかなと待った。


攻撃してくれれば、それをかわしながら、受け身が取れないほど激しく投げつけてやろうと思っていた。


そのころ私は合気道を始めて4年くらい経っていて、最初は強制的に五級の審査を受けさせられたが、その後は金がなくて昇級、昇段審査を一切受けなかった。


受けていれば、最低でも初段にはなっていた。


自由に技を掛け合う稽古では、黒帯連中をあっさり投げていた。


自分なりに工夫した技で投げるので、正統の技しか知らない人は受け身を取れずに激しく畳に叩きつけられ、腰を傷めたりしたものだ。


その投げ技で、凍った雪道に偏屈男を叩きつけてやろうと考えていた。


けれど、偏屈男は攻撃してこなかった。


そうしているうちに、他のメンバーや他のバイトが周りに集まってきた。


これは証人が集まってくれたと私は喜んだが、偏屈男は人に囲まれたことで攻撃する気をまったくなくしてしまった。


このことが職員の耳に入り、その職員から経営陣の耳に届いた。


翌日、私と偏屈男は会議室のような部屋に呼ばれ、店長から事情を聞かれた。


私は正直にすべてのことを話した。


つまり、偏屈男がいかにサボっているか、いかにテキトーに仕事をしているかを、具体的に話した。


すると偏屈男は、「そんなことはない! 私は真面目にやってる!」と頑張る。


それで私は偏屈男と言い合いになり、それを店長が聞くということになった。


偏屈男は口の達者な奴で、店長が見ていた限りでは私が叱られているように見えたらしい。


店長はその場では具体的な結論を言わなかったが、翌日の辞令で店長が私の話のほうを信じてくれたことを知った。


偏屈男は、駐車場係から外され、店の地下にある施設でひとり働くことになったのだ。


私はずっと「偏屈男」と書いてきた。


名前を思い出そうと頑張ったのだが、どうしても思い出せなかったのだ。


顔ははっきりと覚えているのだが、どうしても名前が出てこない。


小太りの実にずるくて嫌な奴だった。


恵庭に住んでいてお子さんをお持ちの方、名古屋大学出の偏屈男が経営している塾には、くれぐれもお子さんを入れないでください。


きっと後悔しますから。

 


【ダイエット記録】目標達成体重より+2.2キロ。