おもてなし | aichanの双極性日記

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千歳在住の情けないおじさんです。
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「もてなす」といえば「お客を歓迎して接待する」という意味である。


東京五輪誘致で、滝川クリステルが「お・も・て・な・し」と言ったのは記憶に新しい。

 


では、「もてなす」という言葉はもともとはどういう意味なのか。


もともと「歓迎して接待する」という意味だったのだろうか。


これは「以て」+「成す」からできた言葉で、本来の意味は「自分が何かを相手にすることで、何かを成す」ということになる。


「以て、成す」と聞いて、聖徳太子が制定したとされる憲法十七条を思い浮かべた人が多いだろう。


その第一条に「和を以て尊しと成す」とあるからだ。


聖徳太子は蘇我氏と縁が深いように「日本書紀」には書いてある。


中大兄皇子(後の天智天皇)と藤原鎌足(藤原氏の祖)が「乙巳(いっし)の変」で蘇我入鹿(いるか)を殺し、その勢いで蘇我氏を滅ぼした。


蘇我入鹿は大王(おおきみ)だったと思うので、その入鹿を倒して政権を奪取したクーデターだったと思う。


おそらく、当時は数家の豪族が交代で大王(後の天皇)を務めていて、「乙巳の変」のときは入鹿が大王だったのだろう。


「日本書紀」を編纂したのは鎌足の子の不比等(ふひと)なので、その事実を隠すとともに蘇我氏が怨霊になって祟らないように、蘇我氏を象徴するような聖徳太子という聖人をでっち上げたのだと思う。


蘇我氏には入鹿、蝦夷、韓子、馬子という変な名前ばかりある。


これは不比等が適当に付けた名前だろう。


「蘇我」という名前も怪しい。


法隆寺は聖徳太子が建てたと伝えられているが、これも蘇我氏の鎮魂のために不比等が建てたのだと思う。


つまり、聖徳太子は架空の存在だと思う。


したがって憲法十七条を制定したのは別の人物である。


その第一条を「和を以て尊しと成す」としたのは、前述したように数家の豪族が覇を競っていたからだと思う。


それで「みんなで仲良くして、ひとりの大王を立てよう」ということになり、憲法の第一条を「和を以て尊しと成す」としたのではないか。


脱線したので話を戻す。


では、「以て、成す」がどうして「歓迎して接待する」意味になったのか。


それは、「以て、成す」が「何かを相手にすることで、何かを成す」意味だったため、「相手を歓迎して相手の気持ちをやわらげる」ことなども指すようになったからだと思われる。


そのうち「もてなし」が主に「客を歓迎して接待する」意味として使われるようになったのではないか。


それに丁寧語の「お」を付けて「おもてなし」という言葉が誕生したのだと思う。


違うだろうか?

 


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