《2021年11月6日》ー「が」について | aichanの双極性日記

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日本語の「が」について私見を述べたい。

 

「私は日本語が好きだ」と「私が日本語が好きだ」は意味が違う。

 

前者は「私についていえば日本語が好きだ」と言い換えることができる。

 

後者は「(他の人よりも)私が日本語が好きだ」といった意味だ。

 

ここで「私は」と「私が」という例文を出した。

 

実はこの2つ、外国語でいえば主語に当たる。

 

しかし、日本語の場合、これらを主語と見ないほうがいい。

 

学者たちは「主格」と呼びはじめている。

 

日本語でより重要なのは述語だ。

 

上の例文でいえば「好きだ」がそれに当たる。

 

この述語である「好きだ」の目的語が「日本語が」である。

 

これで「日本語が好きだ」という意味は伝わる。

 

では、誰がということになって、「私は」と「私が」を考える。
ここで冒頭の言い換えに話は戻る。

 

このような考え方で日本語の文章を見ると、新たな発見があったり、気分良く文章を読むことができたりする。

 

それからもうひとつの「が」がある。

 

「私は映画が好きだが、テレビは嫌いだ」

 

「私は映画が好きだが、テレビも好きだ」

 

前者の「が」は逆接の接続詞の意味の「が」である。

 

普通はこのように2つの文章をつなげる。

 

ところが後者は逆接の接続詞ではない。

 

強いていえば同列の接続詞というところだろう。

 

2つの似たような文章をつなげるときによく使われる。

 

それはまあいい。

 

問題なのは、同列の「が」を多用する文章の中に逆接の「が」が入った場合だ。またはその逆。

 

まぎらわしい。

 

「が」の使い方について、日本人ならよく考え、わかりやすい文章を書くために工夫していきたいものだ。

 


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