aichanの双極性日記

aichanの双極性日記

千歳在住の情けないおじさんです。
双極性2型で喘息で、ブログ〈Zensoku Web〉(https://aichanzw.seesaa.net/)、
note(https://note.com/aichanzw)もやっています。

北海道には「ソラチ」というタレ屋がある。


北海道には「空知」(ソラチと読む)という地域があり、そこから名付けた社名だろう。


ジンギスカン用のタレやしゃぶしゃぶ用のタレなどを販売している。


私が仙台から北海道に渡ったのは約40年前。


そのときから「ソラチ」のCMがテレビで流れていた。


モデルなのか女優なのかわからないが、ひとりの若い女性がそのCMに登場していた。


そのCMは今にいたるまでずっと続いている。


商品が新しくなってきているのでCMの内容も変わってきたが、登場する女性は変わらない。


そして、驚くべきことに彼女の容姿にあまり変化がないのだ。

 


〈「ソラチ」のCMに登場する女性〉


昔の動画を使って今のCMを作っているとは考えにくい。


昔の画像なら画質が粗いと思うので、何か工夫しないと使えないと思う。


なのに、今の「ソラチ」のCMの女性の顔は40年前とほぼ同じなのである。


40年も経てば老化して人の顔はかなり変わる。


しかし、「ソラチ」のCMの女性の顔は40年間、ほとんど変わっていない。


どういうことだろうか。


私は、日々、悩んでいる。

 


【ダイエット記録】目標達成体重より+2.9キロ。

「手前」という言葉がある。


自分のことをそう言うこともあるし、「てめえ」というように相手を見下すように使うこともあるし、茶道で「お手前(点前)がよろしいようで」と使うこともある。


「手前」とはもともとどういう意味だったのか。


調べてみると、もとは馬術用語だったという説があることを知った。


馬の歩法の中で各肢の動きの順の左右の違いのことなのだそうだ。


左右の肢のうち遅れて着地する肢を手前肢といい、右肢が手前の場合を右手前、左肢が手前の場合を左手前というらしい。


ネットにはそう書かれているが、どうも腑に落ちない。


もともとは、おそらく自分のことを言ったのではないか。


「手前」が「手の前」だとすると、自分自身のことか、自分の手が届く範囲を指す言葉だったような気がする。


茶道の「お点前がよろしいようで」の「点前(手前)」はまさしくその意味だろう。

 


〈茶道の点前〉


室町時代には謙遜表現としての用法が確認されているというから、そのころには自分をへりくだって言う言葉になっていたと思われる。


それがなぜ「相手」のことを指すようにもなったのか。


言葉は時代の移り変わりとともに意味が変化することがある。


「手前」の意味も、それで変わったのだろう。


「お前」という言葉もそうだ。


もとは「御前」と書き、神仏や貴人の前を敬って言う言葉だった。 


それが次第に相手を見下すようなときにも使われるようになった。


「君」もそうだ。


「君が代」の「君」はもとは天皇のことだった。


(「君が代」は薩摩かどこかの民謡を外国人がアレンジしてできた歌らしい。とすれば、「君」はもとは薩摩藩主のことを指していたのかもしれない)


戦後は主権在民になったから「君」は国民のことになったが、昔は天皇や主君や貴人のことを「君」と呼んだ。


幕末になると、尊王攘夷の志士たちがむらがり出た。


彼らは、この「君」を「クン」と発音し、志士仲間の名前の後ろに付けて「○○君」と呼ぶようになった。


多少の尊敬を込めた呼び方だったろう。


今では、「君」に尊敬の意味などない。


ただ単に、名前を呼び捨てにすると相手に悪いので、「君(クン)」と付けるだけだ。


それらとは逆に、その意味が格上げされた言葉もある。


それは「僕」だ。


「僕」はもともとはシモベの意味である。


政治家や役人を公僕と呼ぶが、それは国民のシモベだからだ。


彼らは国民の税金で生きているので、国民のシモベとして働かなければならない。


幕末あたりになると、志士たちは自分のことをへりくだって「僕」と言うようになった。


だけど、「僕」とへりくだる志士を相手は見下げることはなく、むしろ「へりくだるのは偉い」と思ったフシがある。


今では、自分のことを「僕」と言うのは全然普通である(この「全然」も本来は「全然……ない」というように何かを否定する前置きとして使われていたが、今では「全然普通」のように使われる)。


「俺」と言うより「僕」と言うほうが女性には好感を持たれるのではないか。


言葉の意味の変化は面白い。

 


【ダイエット記録】目標達成体重より+3.2キロ。

20年近く前、私は恵庭市に住んでいた。


その前は札幌に住み、恵庭に住んだあとは札幌に帰り、そのあとは今の千歳に住んでいる。


恵庭に住んでいたとき、パチンコ屋の駐車場係のバイトをした。


当時はうつ病になって退職して間もなく、やっと少し元気が出てきたものの、50歳を過ぎていたため普通の仕事は探しても見つからず、やむなくバイトをしていたのだ。


駐車場係といっても駐車場の監視や掃除だけでなく、開店前のパチンコ台の掃除や床掃除、ゴミ処理、冬には雪かきなどもやっていた。


私が入ったとき、リーダー的な存在は名古屋大学を出て恵庭市役所に勤めたあと塾を経営している男だった。


かなり偏屈で傲岸な男で、4名くらいのメンバーの上司かのように振る舞っていた。


塾の生徒が志望校に落ちると、その親に向かってそいつは「お子さんは勉強のやり方を知らなかったのです!」と威張って言うのだそうだ。


それを教えるのも塾の役目だと思うが、そいつはそうは思っていないのだろう。


そのパチンコ屋では職員とバイトを集めて定期的に飲み会をしていたが、するとその偏屈男は経営陣のところに酌に行き、「私は名古屋大学を出まして」と話すのが常だった。


俺は名古屋大学を出たエリートなんだ、頭がいいんだ、だから重用してくれと訴えたかったのだろう。


彼は、10くらいある仕事を各自に割り振る表を作り、それに沿って毎日の仕事を進めていた。


その表を見て私は首をひねった。


まるで列車のダイヤ表のように見づらくわかりにくい表だったからだ。


何より不思議だったのは、各メンバーの担当する仕事が週ごとに変わっていく点だった。


メンバーは5人で仕事は10くらいである。


それなら各仕事について、月曜はAさん、火曜はBさん、水曜はCさん、木曜はDさん…というように簡単に作ればいいのにと思った。


たぶん彼は、自分にしか理解できない表を作ることで、メンバーたちに日々の仕事を指示する役目を勝ち取りたかったのだろう。


実際、私が入ったとき、彼はリーダー的存在になっていた。


私はその煩わしい表を見て偏屈男の思惑を察し、誰が見てもすぐわかる表を作ろうと考えた。


偏屈男の代わりに私がリーダーになるためではなく、リーダーなんていらないと思ったからだ。


それで家でエクセルを起ち上げ、左に仕事の種類、右に曜日という表を作り、表の中にメンバーの名前を入れて印刷して次の日にパチンコ屋に持っていった。

 


〈私が作った夏の勤務表〉


その朝、職員がミーティングをしたので、私はその表を職員に見せ、「こうしたほうがわりやすいし、やりやすくていいんじゃないでしょうか」と言った。


メンバーの上司を自認していた偏屈男はいまいましいものでも見るかのようにその表を見て、余計なことしやがってという目で私のことを見た。


その表がメンバーに渡されてみんなが見ると、「このほうがいい」とみんなが言った。


それで職員が、「それでは今後はこの表の通りに仕事をしていただきます」と言った。


偏屈男は苦々しい顔になって私を睨んだ。


その表通りに仕事をしはじめたある日、偏屈男が自分の担当ではない仕事をしようとした。


私がそのことを指摘すると、偏屈男は聞こえないフリをしてその仕事を始めた。


しかも、偏屈男の仕事はいつもテキトーで、それだけでなく、やけにゆっくりとやるのだ。


私たちなら1時間くらいで終わるのに、偏屈男は3時間もかける。


どう見ても、ほかの仕事をやりたくなくてゆっくりやっているとしか見えなかった。


職員もそう思ったようで、「●●さんはどうしてあんなに時間がかかるんでしょう?」と私たちに聞いてきたが、「わざとゆっくりやってるんじゃないですか」とも言えず、私たちは「さあ」と言ってごまかした。


冬になったらみんなで汗だくになって雪かきをしなければならないが、偏屈男は雪かきをまったくしなかった。


小型の除雪機を出して、鼻歌を歌いながらそれを押して歩くだけだった。


あるとき私は、「○○さんにも除雪機を使わせてやってくださいよ」と偏屈男に言った。


除雪機の使い方については、その前日に○○さんに私が教えていた。


ところが偏屈男は、「○○さんには無理だ!」と言って私の言葉を無視した。


みんな、そんな偏屈男に憤りを感じた。


私は以前からその男に対して激しい怒りを感じていた。


その怒りがそのとき爆発した。


私は偏屈男の胸ぐらを右手で掴み、左手でそいつの右手を掴んだ。


左手で小手返し投げ(合気道の技)をするつもりだった。

 


〈合気道の「小手返し」〉


しかし、相手から暴行を受けたわけでもないのに投げれば、傷害の罪に問われるなとためらった。


それで、胸ぐらを掴みながら、攻撃してこないかなと待った。


攻撃してくれれば、それをかわしながら、受け身が取れないほど激しく投げつけてやろうと思っていた。


そのころ私は合気道を始めて4年くらい経っていて、最初は強制的に五級の審査を受けさせられたが、その後は金がなくて昇級、昇段審査を一切受けなかった。


受けていれば、最低でも初段にはなっていた。


自由に技を掛け合う稽古では、黒帯連中をあっさり投げていた。


自分なりに工夫した技で投げるので、正統の技しか知らない人は受け身を取れずに激しく畳に叩きつけられ、腰を傷めたりしたものだ。


その投げ技で、凍った雪道に偏屈男を叩きつけてやろうと考えていた。


けれど、偏屈男は攻撃してこなかった。


そうしているうちに、他のメンバーや他のバイトが周りに集まってきた。


これは証人が集まってくれたと私は喜んだが、偏屈男は人に囲まれたことで攻撃する気をまったくなくしてしまった。


このことが職員の耳に入り、その職員から経営陣の耳に届いた。


翌日、私と偏屈男は会議室のような部屋に呼ばれ、店長から事情を聞かれた。


私は正直にすべてのことを話した。


つまり、偏屈男がいかにサボっているか、いかにテキトーに仕事をしているかを、具体的に話した。


すると偏屈男は、「そんなことはない! 私は真面目にやってる!」と頑張る。


それで私は偏屈男と言い合いになり、それを店長が聞くということになった。


偏屈男は口の達者な奴で、店長が見ていた限りでは私が叱られているように見えたらしい。


店長はその場では具体的な結論を言わなかったが、翌日の辞令で店長が私の話のほうを信じてくれたことを知った。


偏屈男は、駐車場係から外され、店の地下にある施設でひとり働くことになったのだ。


私はずっと「偏屈男」と書いてきた。


名前を思い出そうと頑張ったのだが、どうしても思い出せなかったのだ。


顔ははっきりと覚えているのだが、どうしても名前が出てこない。


小太りの実にずるくて嫌な奴だった。


恵庭に住んでいてお子さんをお持ちの方、名古屋大学出の偏屈男が経営している塾には、くれぐれもお子さんを入れないでください。


きっと後悔しますから。

 


【ダイエット記録】目標達成体重より+2.2キロ。

医者はみんな金持ちだと、子どものころからそう思っていた。


たぶん親がそんな話をしていたのを耳にはさんだからだろう。


私は高校に入るまで医者になろうと思っていたが、それはたくさん収入が得られると思ったからではない。


中学の担任に何度も勧められてその気になっただけだ。


面白そうな仕事だと思ったし、人のためになる仕事だし、それで医者になろうと思った。


けれど、高校に入ってすぐその思いが消えた。


そのへんの事情は前に書いたから省く。


同級生の多くは医者になった。


そのほとんどは親が開業医で、そのクリニックを継ぐために医学部に入った。


勤務医になった同級生は少ない。


最近、勤務医の年収が開業医の収入よりうんと低いという話を聞いた。


それで、ネットで調べてみた。


すると、平成21年の統計で、勤務医より開業医が約1.7倍も収入を得ていることがわかった。


勤務医の年収が平均1,479万円なのに対し、開業医の年収は2,500万円前後なのだ。

 


〈勤務医と開業医の給与の比較〉


なるほど、勤務医になったやつが少ないのは年収が少ないせいか、と納得した。


年収1,479万円でも庶民から見れば相当な高収入だ。


それでも、医者を目指す人の多くが「少ない」と思うとしたら、なんて贅沢なと私は思ってしまう。


医学部に入るのがまず難しいし、さらに卒業するまでも大変だし、卒業しても確か7、8年くらい研修を受けないと専門医になれない。


そのころには30歳を超している。


そんなに努力したのだから高収入をもらってもいいじゃないかと、医者たちは思うのかな?


その努力は認めるが、「医は仁術」という言葉を思い出してほしいと思う。


医者は金のために働くのではなく、人を助けるために働くのが理想だと思うのだ。


そういう医者がいれば、私はその人を「医者」ではなく「医師」と呼ぶ。


「師」とは文字通り人に教える立場にある者のことで、そのための知識と技術を持っていなければならい(「師」を英語で言えば「マスター」だ。技術などを完璧にマスターした人をそう呼ぶ)。


「医師」と呼ばれたければ、さらに「金よりも患者さん」という生き方を見せてもらいたい。


「医は仁術」は理想だから実行は困難だと思うが、高収入を得ているのだから、少しは患者に還元してもらいたいものだ。

 


【ダイエット記録】目標達成体重より+2.6キロ。

「Amazonプライム」で『海に降る』を観た。

 


〈『海に降る』〉


主演の有村架純は、「JAMSTEC」(ジャムステック/海洋研究開発機構) で操縦士を目指していた。


父親が「JAMSTEC」の操縦士兼研究者で、その影響を受けて彼女も「JAMSTEC」に入った。


父親は潜航中に死んだ。


その死に不可解な点があると主人公は気付き、その真相を知りたいというのも、彼女が「JAMSTEC」に入った理由だった。


そして「しんかい6500」の副操縦士の任務を勝ち取る。


「女の操縦する潜水艇になんか乗り込む気にならん」と露骨に言う研究者もいたが、応援する人もいて主人公は深海に潜航する…。


女性の社会進出の困難さを描くとともに、父親の死の真相を探るというミステリー要素も持つドラマだったが、有村架純がまだ若かったせいか演技が拙く、さらにラストが荒唐無稽で、面白いとは思えなかった。


そんなドラマを観ていて思い出したことがある。


もう40年も昔、私は北海道水産ふ化場を取材したことがある。


女性初の研究者(それも管理職)がいると知ったからだ。


当時は女性研究者はひどく珍しい存在で、管理職ともなれば皆無に近かったと思う。


とすればどれだけ優秀な人なのか、反発や嫉妬などがある中でどうやってその地位をつかみ取ったのだろうかと思い、それで取材しようと思ったわけだ。


けれど、まともな取材ができなかった。


ふ化場に行って女性研究者を呼んでもらい、「実は女性初の研究者とお聞きして伺いました」と私が言うと、女性研究者は露骨に嫌悪感を見せ、「そういう興味本位の取材は受けたくありません」みたいな反応をした。


当時は男性優位の社会だったが、その女性研究者はそういう社会の風潮に対して激しい憤りを持っていた。


そう感じた私は、「いえ、興味本位ではありません。あなたが今の地位を勝ち取ったいきさつや努力について知りたいのです」と言ったが、そんな私の言葉を彼女は言いわけとしか受け取ってくれなかった。


気まずい雰囲気の中、彼女が担当する研究について質問していったが、彼女は答えるのも嫌というような雰囲気で、何を聞いても詳しくは答えてくれなかった。


私が取材に来た目的を興味本位と受け取った彼女の口は固くなってしまっていたのだ。


聞くべきことはすべて聞いてしまって、あとはもう聞くべきことがなくなり、私は「ご気分を害するような目的で取材に来て本当に申しわけございませんでした」と彼女に謝り、取材を終わらせてふ化場あとにした。


その取材で得たことから記事を書くことはできなかった。


聞き出せたことがあまりにも少なかったからだ。


取材をするときは相手の信用を得ないと、聞きたいことを聞き出せない。


私はそれに失敗したのだ。


この失敗を、『海に降る』を観ていて思い出したのだ。


女性の地位向上を願っていたあの女性研究者の気持ちを受け止められなかった自分は本当に情けなかったなと思った。


同時に、40年も昔に女性の地位向上を真剣に考えていたあの女性研究者は偉かったなあと、今さらながら感心した。


あるいは、優秀な彼女に嫉妬する男性研究者がいて、その反発から女性の地位向上を激しく意識するようになっていたのかもしれない。


その後、彼女はどのような仕事をしたのだろうかとか、もっと上に行けたのだろうかと思ったりもした。


彼女は少し早く生まれすぎた。


今でさえ、女性の地位向上をおもしろく思わない男たちがいる。


彼女のような優秀な人がどんどん上に行ける社会を作っていかなくてはならない。


男女平等は今の時代では当たり前だ。


けれど、男にしかできないような力仕事などを女性にやらせ、できないと「女性はダメだ」と言うのはおかしな見方である。


女性は結婚すれば妊娠して育児をしなければならないからと、女性を責任の重い仕事に就かせないのもおかしい。


本当の男女平等とは、男女それぞれの得意な面を尊重し、不得意な面も尊重し、互いに助け合っていくことだと思う。


ときには男に向いている仕事でも男以上の努力をし、男以上のスキルを身に付けている女性もいる。


そういう女性を排斥したり煙たがるような男はサイテーである。


昔の私もサイテーだったかなと反省している。

 


【ダイエット記録】目標達成体重より+2.6キロ。

日本でよく見られるタンポポ。


仔細に見ると、茎が長いのと短いのがある。


そのうち茎が長いのは西洋タンポポである。

 


〈日本産タンポポと西洋タンポポ〉


コスモスも西洋からもたらされたものである。

 


〈コスモス〉


植物には、他にも外来種がたくさんある。


外国から運ばれてきた材木とかに種が付いていて、それが日本の土壌に落ちて芽を出し、その種が広まり、長い年月を経て全国に広まった。


ウシガエルも外来種で、食糧にするため日本に持ち込まれものが増えた。

 


〈ウシガエル〉


アメリカザリガニも、その名の通りアメリカ原産のザリガニである。

 


〈アメリカザリガニ〉


クサガメというカメがいるが、これも外来種である。


おそらく中国のカメだと思う。

 


〈クサガメ〉


ミドリガメが外来種なのは多くの人が知っていると思う。


アメリカのカメで、本当の名前はミシシッピー・アカミミガメやコロンビア・クジャクガメなどである。


耳に当たる部分が赤いからそういう名前にしたのだろう。

 


〈ミシシッピー・アカミミガメ〉


縁日等で小さなミドリガメが売られるようになり、多くの人が買って飼育した。


しかしミドリガメは甲羅の長さが40センチにも成長する。


それで多くの人が、沼や池などに放した。


そのため、今では日本の多くの沼や池に当たり前のように大きなミドリガメがいる。


魚にも外来種が多い。


コイはいかにも日本的な魚だと思うかもしれないが、中国からもたらされた魚である。

 


〈コイ〉


ここまで挙げてきた外来種は、もはや日本にしっかりと定着してしまっていて、駆除など不可能だと思う。


しかし、どうしても駆除しないといけない生物もいる。


日本の生態系をぶっ壊すような外来種は駆除しないと大変なことになると思うからだ。


ブラックバスが外来種だと知っている人は多いだろう。


凶悪と言っていいほどの魚食魚で、ブラックバスの放流された池などでは、在来種の魚たちが食い尽くされている。

 


〈ブラックバス〉


ブラックバスは食べるとおいしい魚らしいので、養殖するのならいい。


けれど沼や池に放流するのは禁止するべきだ。


放流されて繁殖してている奴らは、駆除すべきである。


駆除しないと、在来種を絶滅させてしまうからだ。


釣り人にとってブラックバスは大切な対象魚である。


そのことを思うと複雑な気持ちになるが、やはりブラックバスは駆除すべきだと思う。


釣り人のために一部の沼や池での駆除をせず、そこでブラックバスを釣ることのできるようにすればいい。

 


〈ブラックバス釣り〉


ブラウントラウトもブラックバス並みに凶悪な魚食魚である。


ヨーロッパから持ち込まれたもので、日本各地の河川や湖に放流されている。


放流しているのは釣り人である。


ブラウントラウトはトラウト(マス)であり、サーモン(秋サケ・サクラマス・カラフトマス・ギンザケ・ベニザケ・キングサーモン等)と違って一回の産卵では死なず一生の間に何度も産卵し長生きする。


だからトラウトは海に降らなくても大型化する。


釣り人は大きな魚を釣りたがる。


それでブラウンは全国の湖や川に放流されるようになったのだ。

 


〈ブラウントラウト〉


ニジマスも外来種のトラウトだが、これは明治時代に食糧として国が北アメリカから輸入したものである。


それを日本各地で養殖し、そこから逃げ出したりしたニジマスが川や湖で自然繁殖して全国的に広まった。

 


〈ニジマス〉


私がメインフィールドにしている千歳川や支笏湖には、巨大なニジマスやブラウントラウトが棲む。

 


〈支笏湖〉


〈千歳川〉


ただし、千歳川の場合、ブラウンが放流されてからニジマスは全滅し、ヤマメ(サクラマスの河川残留型)も激減している。


ブラウンによって、ニジマスは食べ尽くされ、ヤマメも全滅しかけているのだ。


昔の千歳川は、ヤマメとニジマスがうまく共生していて、釣りにいくとどちらもたくさん釣れた素晴らしい川だった。


しかし今は、たまに小さなヤマメが釣れるが、釣れるのはほとんどブラウンである。


そのブラウンも、去年からはろくに釣れなくなった。


ニジマスやヤマメがいなくなってしまったため、大型化したブラウンがまだ小さい(といっても20センチ~30センチ)ブラウンを食い、つまり共食いし、大型化したブラウンしかいなくなったからである。


大型化したブラウンは、岸のえぐれや穴、倒木の下、岸辺の樹木の枝が大きく川面に垂れ下がっている中などに隠れ、目の前を通る魚や、上から落ちてくるセミなどの大型昆虫や流れてくる大型昆虫等を食って生きている。

 


〈大型化したブラウントラウト〉


そういうところは釣り人が狙いにくいところばかりなので、大型ブラウンは滅多に釣れない。


千歳川は、もはやブラウンだらけの川に成り果ててしまった。


私は昔の千歳川を取り戻したくて、ブラウンの駆除が必要だと思っている。


それで、千歳川の上流にある「さけます情報館」にその旨を書いた手紙を出した。


そこではサケとサクラマスの人工孵化放流事業もしているので、ブラウンばかりになっている千歳川の実態をよく知っていると思ったからだ。


そしたら、「国立研究開発法人 水産研究・教育機構」というところから返事が来た。


その機構の中にある「水産資源研究所・さけます部門」の「札幌拠点・業務推進チーム」のチーム長からのものだった。


その方は以前、千歳川の孵化場に勤務していて、潜水して魚たちの観察もしたという。


それでわかったのは、ニジマスは意外におっとりしていて、遊泳力の優れているヤマメがでかい顔をしていることだったそうだ。


ブラウンが放流されてからニジマスが全滅したのは、そのおっとりした性質のせいなのかもしれない。


千歳川の孵化場では、前述したようにサクラマス(ヤマメ)の人工孵化放流もしている。


太平洋を回遊して大きく育ったサクラマスは、生まれた川に戻ってくる。


これを回帰という。


その回帰数が、近年は増えているとその手紙には書かれていた。


そのことを示すグラフも添えられていた。

 


〈回帰したサクラマス〉


ブラウンが在来種のヤマメを捕食しているのは確かだが、回帰数が増えているので、ヤマメが全滅する心配は今のところはないとも書いてあった。


私は返事をもらえるとは思っていなかったので感激し、そのチーム長宛に電話してお礼を言った。


チーム長も釣りをするそうで、「私も昔の千歳川のほうが好きです」と言った。


けれど、千歳川に来る釣り人のほとんどは今はブラウン狙いである。


「そのことも考えると、ブラウン駆除に関しては、今の段階では賛成も反対もできません」と正直な気持ちを伝えてくれた。


回帰数が増えているならそうか、と私はいったん納得して電話を切った。


電話を切ってからよく考えてみた。


そして「はッ」と気づいた。


回帰数が増えて大きく成長したサクラマスがたくさん遡上してきても、川に残っているヤマメがブラウンにみな食べられてしまったら産卵できないではないか、と。


サクラマスは、孵化するとメスのほとんどは海に降る。


オスのほとんどは川に残る。


ヤマメは「渓流の女王」と呼ばれるが、実はメスではないのだ。

 


〈美しいヤマメ〉


本州では長い歴史の中で河川の上流部分に陸封されたヤマメが多いが(イワナも)、北海道は亜寒帯で水温が低く、冷水を好むサケ科の魚でも下流や中流に棲み、産卵された卵から孵化した稚魚が海に降ることのできる河川が多い。


千歳川もそうである。


太平洋を回遊して大きく育ったメスは、生まれた川に戻ってくる。


サクラマスの場合、それはほとんどメスであり、川を遡上してきたメスは、川に残って成熟したオスとともに産卵する。


しかし、メスが戻ってきてもオスがいなければ産卵できず、サクラマス資源は減るのではないか。


孵化場ではサクラマスの人工孵化放流をしているので、それで回帰数が増えているのだろう。


けれど、川に残るオスの保護はしていない。


となれば、オスのヤマメたちがブラウンに食い尽くされる恐れが大いにある。


ヤマメがいくら敏捷で遊泳力に優れていても、ちょっと油断すれば大型ブラウンにガブッとやられてしまうだろう。


まして稚魚なら、泳ぐ力も警戒心も育っていないので、ブラウンにとっては格好のエサになってしまうに違いない。


メスが戻ってくるまでに成熟できるオスはどれくらいいるのだろうか。


たぶん、かなり少ないと思う。


千歳川で釣りをしても近年はヤマメがほとんど釣れず、まして成熟していると思われるヤマメはまったく釣れなくなっている。


ヤマメはサケ科の魚の中でもダントツで警戒心の強い魚だから、成熟したような大物を釣るのはすごく難しい。


それにしても、まったく釣れないのは、どう考えてもおかしい。


そう思い立ってからは、ブラウンを釣ったらリリースせず、岸辺の草むらに投げ捨てるようになった。


つまり、ひとり駆除である。


私ひとりがそんなことをしても無駄だと思うが、ブラウンが釣れると「こいつがヤマメを全滅させるかもしれない」と思うと、どうしてもリリースできないのだ。


草むらで死んでしまうブラウンは哀れだが、今の私にはリリースする気が起こらない。


このように、駆除しなくてもいい外来種もあると思うが、駆除すべき外来種も多いと思う。


生態系を壊滅させるような外来種は、断固として駆除すべきである。


そのことに関して行政は動くべきだ。

 


【ダイエット記録】目標達成体重より+2.1キロ。

 

つい最近まで、娘夫婦はよく殺し合いゲームをやっていた。


機関銃を持って、自分を取り囲んだ敵を撃ち殺していくゲームだ。

 


〈機関銃を持って敵を殺していくゲームのひとつ〉


そのとき孫は3歳くらいになっていたので、「○○(孫の名前)のいるところでこのゲームはするなよ」と娘に言った。


そんなゲームを見たら、人殺しをすることに抵抗を感じない人間になる恐れがあると感じたからだ。


そしたら娘は、「小学生でもやってるよ」と言って私の話をまともに聞いてくれなかった。


殺し合いゲームでなくとも、いろいろなゲームで主人公は敵と闘う。


主人公はたいてい3つくらいの“命”を持っていて、殺されても死なない。


3回殺されると死ぬが、ゲームを終了させてまた始めると、主人公はまた3つの“命”を持って登場する。


こういうゲームをしていたら、殺すことと殺されることの恐ろしさをあまり感じなくなるのではないか。


死んだと医者に宣告されて親族が葬式をしていたら、棺桶のフタが開いて死んだはずの人間が生き返って出てきたという例がごく稀にあるらしいが、ほとんどの場合は死んだらもうそれで終わりである。


死んだら生き返らないという厳然とした事実を子どもに教えなくてはならない。


なのに、死んでも死んでも生き返るゲームをしていたら、その感覚が希薄になると思う。


昨今、殺人事件が多発している。


そういう事件を犯す人間の中には、命を軽視する環境で育った人間が多いのではないか。


そう思うと、今のゲームの氾濫(はんらん)に危機感を覚える。

 


【ダイエット記録】目標達成体重より+2.2キロ。

私は以前、移民は必要だと書いた気がする。


日本の人口はどんどん減少していく。


だから移民によって労働人口を確保しなくてはならなくなると考えたためだ。


しかし、よく考えてみたら、こんな狭い国土でそんなにGDP(国民総生産)を上げる必要などあるのかと疑問になった。


こじんまりとした国で、こじんまりとしたGDPで進んでいってもいいのではないか。


小さい国のくせにGDPを世界トップクラスにする必要はないだろう。


昔、日本はGNP(国民総生産)が世界一位になった。


今はGNPという言葉は使われず、GDPという言葉が使われるようになった。


GNPは国内と国外で生産されたモノやサービスの付加価値の合計額のことだが、GDPは国内で生産されたモノやサービスの付加価値の合計額で、日本企業が海外支店等で生産したモノやサービスの付加価値は含まない。


日本の大企業の多くは海外に進出して海外に工場などをどんどん作ったのでGNPが世界一になったのだが、GDPという指標がメインになると、国内総生産額しかカウントされないので生産額ががくんと落ちた。


その上に中国やドイツなどが生産額を急激に上げてきて、GDP換算では日本が世界一の座を明け渡した。


だからどうだというのか?


GNPだろうがGDPだろうが、世界一になる必要なんてないと思う。


「老子」に「小国寡民」という言葉が出ている。


読んで字の如く、住民が少ない小さな国のことである。


「老子」はそれでいいのだと説いている。

 


〈「老子」の中にある「小国寡民」の記述〉


私もその考えに賛成である。


日本は、国土が狭いのに人口が多すぎる。


そして、狭い国土にめったやたらと会社が乱立している。


今後はどんどん人口が減っていくのだから、会社の数も減るだろうが、人為的に減らしたほうがいいと思う。


似たような会社をどんどん合併させてひとつにし、労働人口を減らせばいい。


農業や漁業などの第一次産業でもそれは同じ。


大規模化と合理化を進め、労働人口を減らせばいい。


人口が激しく減るのだから、それで失業者が溢れるということはないだろう。


少ない労働人口にし、労働者の賃金を上げればそれでいいい。


それが可能なら、移民を受け入れなくてもどうにかなるだろう。


ただし、それはずいぶん先のことである。


しばらくは移民が不可欠になると思う。


企業の数を減らし労働人口が減ってくれば、移民に頼る必要はなくなるだろう。


かといって、参政党が主張するように「日本人ファースト」にするのがいいと思うわけではない。


有能な労働者を海外から受け入れるのは今後も必要だろう。


むやみやたらと受け入れるのはどうかと思うだけだ。


ついでに書くと、世界中の国もこじんまりとした国になればいいと思う。


成長することばかり考えていると、ろくなことにならない。


ロシアや中国などは、広い国土を持っているのに、もっと国土を広げようと考えている。


ロシアはウクライナを欲しいがためにウクライナに戦争を仕掛けているし、中国は台湾を狙っている。


アホじゃないかと思う。


理想は国境などなくしてしまい、世界をひとつにしてしまうことだと思う。


しかし、そうするには国連の何倍もの権威を持つ機関でも作らなければ無理だし、ロシアや中国、そしてアメリカも大反対すると思うので、実現はまず不可能だろう。


としたら、今ある国々が今の国境線に満足して、その中で「小国寡民」を実践していくしかないと思う。

 


【ダイエット記録】目標達成体重より+3.2キロ。

国立大学の偏差値を調べてみた。


というのは、私が通所していた障害者就労継続支援B型事業所に「俺は国立の弘前大を出てるんだ!」と威張るおっさんがいたからだ。


しかも、「国立大」と聞いて感心する利用者(障害者就労継続支援事業所に通所する障害者はそう呼ばれる)や職員がいた。


私は弘前大の偏差値が日大より低いことを知っていた。


だから馬鹿みたいと思って見ていた。


今はそう言わないようだが、昔は国立といっても国立一期と国立二期の大学があった。


東大や京大や東北大や北大などの旧帝国大学は一期、そうでない大学は二期だった。


そして偏差値は、国立一期のほうが断然高い。


私は中学も高校も県内随一の進学校に通った。


当時は偏差値なんて指標はなかったが、国立二期は入りやすいとは聞かされていた。


高校のクラスの4分の1は医者志望で、だいたいは現役で志望校に入った。


中には私のような劣等生もいて、そいつらは山形や弘前などの地方の国立二期大学の医学部を受けて、かろうじて合格して入学した。


ずいぶん遠くの国立二期に入学したやつもいた。


私立の医科大学に多額の寄付をして入ったやつもいる。


親が医者なので、そのくらいはできたのだろう。


私はどうしても東京に行きたくて(当時は仙台に住んでいた)、東京の有名私立をふたつ受けた。


どちらも落ちた。


特に数学がまったくわからず、ほとんど白紙の答案を出した。


教科書を読んだことがなく、授業もまともに聞いていなかったので、それは当然だった。


浪人になることに決まって考えた末、私は理系から文系に変えた。


文系には数学の試験がない。


それだけが理由だった。


そして一浪して有名私立大学ふたつに合格した。


ところが、父と大喧嘩になって私は大学に入学するのをあきらめた。


日大より偏差値の低い大学を出たと威張っている人を見ると、いつも苦笑いしてしまう。

 

日大を出た人やいま通っている人をバカにするつもりは全然ない。

 

日大だって入学するのは大変である。

 

国立大学を出たということを鼻にかける人が笑止なだけだ。


まあ、国立なら金があまりかからないから親に負担をかけなかったと思うので、その点は立派だったと思うけど。

 


〈日本の主な大学の近年の偏差値〉

 


【ダイエット記録】目標達成体重より+4.1キロ。

盆栽は、剪定や針金掛け等を施して樹の成長を抑制して整え、盆型の鉢植えで栽培されたものをいう。


本来はすくすくと成長する樹木の成長を抑え、姿を変えて楽しむものなのだ。


誰が考えたのか知らないが、何とも残酷なことを考えたものである。


小さな盆栽でも、驚くことに樹齢が百年というものもあるという。

 


〈最近はこんなミニ盆栽まで出てきた。近年は「BONSAI」として外国人にも人気だという〉


盆栽を見るたびに私は纏足(てんそく)のことを想う。


昔の中国では、美人の絶対条件は足が小さいことだった。


足が小さいとそれだけで美人と見られ、裕福な家に嫁入りでき、そうなると彼女の実家も富む。


そのため女の子が生まれると、親は子どもに小さい靴をわざと履かせ、足が成長しないようにした。


可哀想にそれら女の子たちの足は、成長したくても成長できず、無残に変形してしまう。


変形して小さくなってしまった足はトシを取ってもそのままだ。

 


〈纏足された子の足は老人になってもそのまま〉


盆栽や纏足は和牛をも連想させる。


和牛はおいしいとこれも外国人に好評だが、食用にされる和牛はろくに運動もさせてもらえず、脂肪の付きやすい飼料を与えられ、脂肪が霜降りになるようにマッサージされたりして食肉加工場に送られる。


和牛というのは、一種異常な牛のことなのだ。

 


〈黒毛和牛〉


盆栽も纏足も和牛も自然の摂理に反している。


それを楽しんだり、それで儲けたりするなんて、絶対に間違っている。

 


【ダイエット記録】目標達成体重より+3.2キロ。