こんにちは音符

認知症の母を介護中のaichanです羊
とはいえ、仕事をしているため、土日だけの介護です虹
 

私の母は幼少期の頃からかなり苦労をしていました。

そんな母の人生を最初から書こうと思いました。

時々、少しずつニコニコ

書き残していきたいと思いますあしあと


前回のエピソードはこちら↓
エピソード9

 

 

うお座 うお座 うお座 うお座 うお座 うお座



心筋梗塞から退院した時は、それなりに頑張ろうとしていた父ですが、


母のデイサービスなどへの利用も、

父は反対。

なんとか説得して始めたけど、半年もしないうちにやめさせられましたショボーン

理由はお金がかかるから。



母のご飯も十分食べさせてない。

今まで家事をやったことないから。

それに、自分さえ良ければ、他の人はどうなってもいいと考える人だから…

それが家族でも



そして、母が認知症になって

父のイライラ攻撃は大変なものでした。


更にその矛先は、私にも向けられ、私は実家に近づけないほどになってしまいました。




市役所の方や病院の方々に相談しながら解決策を考えてきました。



しかし、行政は家庭に踏み込めない。




病院も人権の問題があり、

本人が納得しないと治療が出来ない。



そんな中、本当に身近に助けてくれた方が

デイサービスの所長さんとうちの主人でしたぐすん




相談どころか、実際二人で色々動いてくれました。



(動いていただいた分、父の大変さを本当によくよく分かってくれ、

所長さんは、母がデイサービスをやめたにも関わらず、私の相談に電話でたくさん乗ってくださいましたお願い



しかし、結局、

檻の中に入れられたような状態の母



なんとか、母を助けたい。




そんな状態が5年ほど続いた

7月のある日、


母は家を飛び出し、夜保護されましたアセアセ



朝一番に迎えに行った私。



認知症で昨日のことも覚えていない母が私に会ってすぐに言いました。


aichanの所へ行きたいーーー



と。

よほど嫌なことがあったのでしょうぐすん


いつもは、 

aichanに迷惑かけるからここ(私の家)にはいられない

と言ってた母です。



これ以上ない辛さに直面している母への切なさと、母にやっと会えた嬉しさで胸が張り裂ける思いでした笑い泣き



父には内緒で、母を私の自宅に連れてきました。



父は、母を血眼になって探していたようですが、

私は

もう、二度と父のところに返さない

と強く決心したんですプンプン



実は、母を私の家に連れてきたのは初めてではありませんでした。



追い出される度に連れてきて。

でもその度に謝ったり反省したりした父なので、母を帰す。

とまた虐める。



母と一緒に住むとなるとお金の問題、住所の問題、介護の問題…たくさんありましたが、なんとか乗り切り…!!



そして、今。



父が亡くなり、母はやっと自由な人生を手に入れましたほっこり

  


母には長生きしてもらって

幸せな人生を少しでも味わってもらいたい…



↑ いつも笑顔の母ニコニコ



それが私の願いです流れ星




       おしまい


長〜い文をお読みいただき、ありがとうございましたグリーンハーツ今思っても、父の人生ラスト6年間は色々な方に迷惑をかけ、私にとって壮絶な戦いの日々でした。助けてくれた方、主人には大変感謝していますキラキラだから、今の母がある。大変さももちろんありますが、普通に介護出来てるこの日々が、嬉しい気持ちです。