別れ際、

彼の袖を掴んでしまった。

引き止めたつもりもない。

無意識に、指が動いてしまった。


その一瞬、

胸の奥が、すっと静かになった。

でも手を離したあとは、少しドキドキしてた。


あとから考えれば、

何も始まらないし、

何も続かない出来事。


それでも、

「ほんの少しつながっていたときだけ、安心できた」

その感覚だけが、妙に正確に心に残った。


どうして手が伸びたのか。

どうして安心したのか。

考えてみたけれど、

どれも少し違う。


それは偶然じゃなく、

彼だからこそだった。

無意識に手が伸びた瞬間、

自然で心地よかった。

それが、少しだけ嬉しくて、

少しだけ恥ずかしかった。


あの一瞬の温もりを、胸の奥にそっと閉じ込めた。

もう戻らない時間だと知りながら、手放すことを恐れていた。


だから、

出さないラブレターを書いた。

あの一瞬の温かさを、

誰にも見せず、自分だけのものにしておきたくて。