今回の地震、本当に怖かったです。
会社で自席にいたら、激しい揺れが長い時間続き、周りのあらゆる物が倒れました。
そしてすぐに停電。

その後何度も大きな余震があり、寒いし暗いし、会社にいても何もできないので着替えて帰ることに。

街中は信号機が消え、人と車で溢れ返っている中、
上から何か物が降ってこないか注意しながら妹の職場のあるビルに走りました。

ビルの一階には既にたくさんの人で、受付で聞くも、もちろん内線も繋がらないというので、メールを送って待っていたら
『着替えて下に降りるから待ってて』と返信が。

その後20分くらい待っても降りてこないので、メールの問い合わせをすると10分程前に『降りてきたけどどこ?』と。

暗い中探したら発見して、合流できました!

バスはもちろん動いていないだろうし、道路は大渋滞なので、雪が降る中を歩いて帰ることに。

アーケードのドラッグストアに人だかりができていたので寄ってみると、入口で一つ100円でお菓子・お茶が売られていました。

とりあえず1,000円分の食料を買い、また歩き出しました。

うちは仙台駅から車で30分はかかる場所なので、歩いたら何時に着くのかわかりませんが、とにかく歩きました。

途中、ビルの窓ガラスが割れ落ちているところがあったり、ブロック塀が崩れ落ちてたり…。

二時間近く歩いた頃、父からメールが。
近くの高校まで迎えにきてもらい、無事に帰宅できました。

家の中は、重くてずっしりしているはずのタンスの上部分が床に転げ落ちたり、食器が割れたりしたみたいだけど、そこまで被害はなかったようです。

両親が20年程前に買ったらしいストーブが出されていて、その上にやかんを置いてお湯をわかしたりしました。

この日は父の誕生日でしたが、まさかのキャンドルナイトになってしまいました…。

ケータイの充電もなくなり、情報源はラジオのみ。

数え切れない余震が続く不安な一夜でした。

二日目になり、車屋で働いている兄がお店からバッテリーを持ってきてくれたおかげでケータイや音楽機器の充電はできました!

充電できても圏外で全く使い物にならなかったけど…。

数年前にフランフランで買ったこのスピーカーは大活躍で、嵐やEXILEを聞いて元気を出しました!


兄はガスコンロ、食料、水、野菜なども調達してくれたり、とにかく家族全員の協力が不可欠でした。

この日、水も止まりました。

停電三日目。
私はケータイの充電も終わったので、ワンセグで地震発生後初めてテレビを見てみました。

新聞の写真や文章ではみていたものの、想像を絶する被害映像を見て唖然としました…。

海沿いの地域の津波被害は凄まじく、胸が痛くなりました。

我が家は昨夜電気は復旧しましたが、節電してます。
水道とガスはいつ復旧するかわかりません。

お店もやってないので買い物はできません。

でも…避難所生活や身内の安否がわからない方、家をなくされた方、大切な人をなくされた方に比べれば、何てことないです。

友達の家は津波被害で床上浸水。
水が引かない限り周辺に立ち入ることも禁止されています。

もう一人の友達は、新築の家が全壊しました。

会社の人の奥様は車で津波に流されました。

福島の港の工事現場で働いていた人は、『マンガみたいに車にぶらさがって津波を回避したよ』と言ってました。
ここに挙げた人はみんな無事でした。笑って話してくれました。
命が助かったからこそです。

日に日に犠牲者や被害状況が明らかになる度に涙が出ます。

家族をなくした方に変な質問をするマスコミに怒りがこみ上げます。

被害の少ない都市部から先にライフライン全てが復旧することに納得がいきません。

地下鉄が復旧して通勤も不自由してない人が私の会社には多いです。

はっきり言って仕事してる場合じゃないです。
平然としていられる心境ではありません。

でもいろんな不満も耐えるしかありません。

同じ東北でたくさんの犠牲者が出てしまい、私のできることは募金とか友達を支援することぐらいですが、できることから始めます。

とにかく、今は行方不明者の安否とそれぞれの地域の復興と、また穏やかに過ごせる日々が来ることをただ願うばかりです。

そして、たくさんの友人、アメブロで仲良くしてくださる方、マイミクの方。

お会いしたこともないのに『必要な物があったら送るから!』とメールをくれます。

本当にありがとうございます(>_<)

私はその気持ちだけで充分嬉しいです!
是非被害の多い地域復興の支援に充てて下さい(>_<)