葬儀を終えてからの日々 | 羽根たまご

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日々綴る日記のようなブログ

※これは5年前の記事です。当時を思い出して書いた記事です。同じ境遇の方が少しでも前を向けますように・・・。



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葬儀では夫の親族が多く集まりました。

わたしは・・・正直、友達には会いたくありませんでした。

なぜなら、泣いている自分を見られたくなかったからということと、どんな顔して会えばいいのか分からなかったからです。



それでも・・・と葬儀会場と日時を聞いてくれた友人がいたので(有難いことです)、メールで知らせました。




夫の親族には色んな言葉をもらいました。

例えば・・・

「アイちゃんはまだ若いんだから頑張って」

とか

「まだ若いから良い人探して頑張って」

とか

そういう言葉ぐらいしか覚えてないです。




一つ聞きたいのですが、こういう言葉って腹が立ちますか?

死別ぐるっぽのなかの「言われてショックだった言葉」の中にまさに私が言われたこれらの言葉がランクインしてました。

でも当時のわたしは、腹が立つということはありませんでした。

むしろ、右から左状態でした(;´∀`)

そこまで感情が追いつかないというか・・・別に腹の立つポイントじゃないように思います。




お葬式の日、

わたしの友達数人が並んでいる横に行ったとき

いつものみんなの顔を見て私は我慢していた涙が一気に溢れて止まりませんでした。

みんなのあの表情は今でも脳裏に焼きついて離れません。

その時、わたしは友達って大事だな・・・・と再確認しました。




そして死別してから第一の岐路に立つことに。





夫の親から「贅沢はさせてあげられないけど、アイちゃんとナオちゃんを面倒見ていくだけのお金はあるからうちに来る?アイちゃんがしたいように決めてくれたらいいよ」と言われました。

すごく考えました。

実家の両親には結婚式の時にたくさんお金を出してもらったしこれ以上負担をかけたくないと思い、

たったそれだけの捻くれた考えで私は夫の両親と暮らす選択をしました。




あの・・・

同居をしてみてすごく感じたことがあります。

今でもですが、同居をしてらっしゃる女性の方って、本当にすごいですね。ということです。

色んな我慢をして色んな気を使い・・・。

疲れたらゴロンって横になることも出来ないじゃないですか。




わたし、夫の両親と同居をして1ヶ月で8キロ減りました(爆)





娘の世話をしながらの日々は本当にしんどかったです。

逃げたかったです。





息子に先立たれた義理両親は、笑顔なんてありませんでした。

ナオを抱いて笑ってくれることもありましたが、目の奥が泣いてるんですよ。

つらかったです。

夫が死んでしまったことも辛かったけど、あの義理両親の目を見るのがつらかったです。

どんな気持ち?

もしもわたしが娘に死なれたら・・・

いやいやいやいや・・・考えたくも無い!!



って

そう感じていました。

義理両親との同居のなかで、私も笑顔が消え、娘も笑わなくなりました。

ふとそれに気付いたとき、決心しました。



「帰ろう。やっぱり実家へ帰ろう・・・。」




と。