短編ホラー小説 愛猫堂百物語 -5ページ目

第六話 桜

 
和哉はワクワクしていた。
昼間、通っている小学校の図書館で読んだ一冊の本に、こう書いてあった。
 
『桜の樹の下には、たくさんの屍体が埋められている』
 
その一文に強く惹かれた和哉は、桜の樹の下を掘って、確かめてみようと思いついたのだ。
 
一人、部屋で和哉は、計画を立てていた。
 
「豊島公園の桜じゃ、人もたくさん見ているから、穴なんか掘っていたら怒られるだろうな」
 
和哉は悩んだ。
しばらく考えていたが
 
「そうだ!裏山の桜の樹の下を掘ろう」
 
和哉の家の裏にある山には、樹齢何百年と言われている老桜があった。
ここ何年も花が咲かず、もう立ち枯れているので人目も無いだろう、と和哉は考えた。
裏山の蜘蛛の庭の蜘蛛達に、子供が呪い殺されたと言う噂もあって、和哉も裏山に行く事を禁止されていたが、明日は日曜日、親に気付かれない様に、昼間そっと行こうと決めた。
 
次の日、和哉は物置からスコップと軍手を、親に見つからない様に持ち出し、裏山に向かった。
蜘蛛の庭を横目に、老桜の立つ場所までひたすら歩く。
老桜は今年も花をつけずに、しかし、堂々と立っていた。
和哉は老桜の周りを一回りし
 
「よし!」
 
と掘る場所を定め、スコップを入れた。
和哉は、桜の樹の下の屍体を見たい一心で、汗ビッショリになりながらも穴を掘った。
正午近くに一度、家に戻り、昼食と汗まみれの服の着替えを済ませ、また老桜の元へと向かう。
夕方には、和哉の背の丈の近くまで、穴は掘られていた。
 
「こんなに掘ったのに屍体出て来ないなぁ…」
 
和哉はガッカリした。
もう辺りは、暗くなり始めている。
和哉は諦めて、帰り支度を始めた。
 
「穴は、後で埋めにくればいいや」
 
そう呟いて、老桜に背中を向けた時だった。
 
 
帰ろうとした和哉の足首に、まるで生き物の様に、桜の樹の根が絡み付いてきた。
 
「うわあぁぁ!」
 
根は強い力で、和哉を穴に引き摺り込む。
 
「助けて!!!」
 
叫ぶ和哉は、根にグルグル巻きにされている。
 
ザッザッザッ…
 
穴の中で、身動きが出来なくなった和哉の身体に、桜の樹の根が土を被せていく。
和哉は恐怖にかられ、声の限りに叫び続けた。
 
「助けて!誰か!たす…」
 
ついに、和哉の声は聞こえなくなった。
 
 
翌年、老桜は数年振りに、美しく花を咲かせた。

第伍話 視線

 
春香は優越感にひたっていた。
死に物狂いのダイエットが実を結び、三か月で20㎏の減量に成功し、見事なプロポーションを手に入れたのだ。
わざと露出が多めの服を着て、男達の視線を釘づけにする。
そして、何よりも春香が嬉しかったのは、同性の視線を集める事だった。
 
(どう?素敵でしょ?私を見て)
 
春香はこれみよがしの服装で、今日も街を歩くのだった。
 
春香の服装は、段々とエスカレートしていった。
自分の胸や、脚に集まる視線を感じる。
春香は、視線に興奮を覚える。
 
(もっと私を見て…もっともっと…)
 
「明日はこれを着て行こうかしら。ちょっと大胆だけど…男どもに目の保養させてあげなくちゃ。それにこんな服を着れる女性なんて、私しかいないし」
 
背中が大きく開いた服を合わせながら、男達の物欲しそうな視線、女性達の羨望のまなざしを想像し、春香は一人悦に入っていた。
 
(私を見て…もっと見て…)
 
ゾクリ
 
突然、春香は、全身を舐め回す様な視線を感じた。
一人では無く、たくさんの視線を感じる。
春香は部屋を見渡すが、もちろん誰もいない。
 
(気のせいかしら…)
 
ゾクリ
 
背中にたくさんの視線を感じる。
春香は強張った表情で、ゆっくりと振り返る。
 
そこには壁一面に、数え切れない程の目があった。
全ての目が、春香を見つめている。
男の目、女の目が一斉に、瞬きもせずに、春香に視線を浴びせている。
 
春香は悲鳴を上げ、逃げだそうとカーテンを開けた。
窓一杯の大きな目が、春香を見つめていた。

第四話 蜘蛛

 
健一は夢中になっていた。
健一の家の裏手にある山の中に、蜘蛛の庭と呼ばれる、たくさんの種類の蜘蛛が棲息する場所がある。
昔から昆虫が大好きだった健一は、そこがお気に入りの場所だった。
学校から帰ると、一目散にそこに行き、毎日、飽きもせず色とりどりの蜘蛛達を眺めていた。
ある日の事。
いつもの様に蜘蛛の庭に来た健一は、珍しい蜘蛛を見つけた。
それは脚が長く、綺麗な青色をした蜘蛛であった。
その蜘蛛は一目で、健一を魅了した。
ただ夢中でひたすらに、その蜘蛛だけを健一は、眺め続けた。
その蜘蛛の為に、虫を捕まえて餌として与えるのが、健一の喜びとなった。
 
いつもの様に蜘蛛の庭に来た健一は、あの蜘蛛がいない事に気付いた。
健一は必死になって探した。
そして、他の蜘蛛に捕食されている、あの蜘蛛を見つけた。
鮮やかな色の為に、他の昆虫と間違われたのだろう。
既にあの蜘蛛は死んでいた。
健一は怒った。
怒りまくった。
落ちていた棒を拾いあげ、蜘蛛の庭にある全ての蜘蛛の巣を払い壊し、蜘蛛達を叩き潰した。
 
「僕の蜘蛛を返せ!」
 
「僕の蜘蛛を返してくれ!」
 
気がつくと健一の周りは、蜘蛛の死骸でいっぱいになっていた。
 
その日の夜。
ぐっすりと眠っている健一の枕元に、スーッと天井から、蜘蛛が降りてきた。 
 
 
 
 
 
 
「警部、これは一体…」
 
津島刑事は、飯嶋警部を振り返った。
飯嶋警部は、眉間に深く皺を寄せる例の表情で言った。
 
「俺に聞かれてもわからん…」
 
 
布団の上の健一の死体は、蜘蛛の糸でグルグル巻きにされ、叫び声をあげようとしたのだろう、大きく開いた口の中には、ビッシリと蜘蛛の子供が蠢いていた。