短編ホラー小説 愛猫堂百物語 -3ページ目

第拾弐話 毬をつく少女

 
章弘はベンチに腰掛けた。
営業で一日歩き回って、足がパンパンになった。
ポケットからタバコを取り出し、火を点ける。
 
「疲れたなぁ…」
 
そして、溜め息をつく。
足元に影が見えた。
横を見ると着物を着た、オカッパ頭の少女がいた。
少女は章弘に笑いかけてくる。
 
『おじさん。こんにちは』
 
少女の挨拶に、章弘も応える。
 
「こんにちは。もう暗くなるから、家に帰った方が良いよ」
 
少女は首を横に振る。
 
『毬つきしてるの。まだ帰らないよ』
 
章弘は不思議に思った。
毬つきしていると言うのに、少女は毬を持っていなかった。
 
「毬はどこにあるのかな?無くしちゃったの?」
 
少女はまた、首を横に振った。
 
 
 
『毬ならあるよ』
 
そう言って少女は、よいしょと、首から頭を外した。
 
『ほら。こうやって、毬つきして遊んでるの』
 
そして少女は、自分の頭をつきだした。
 
ポン…ポン…ポン
 
『でも、おじさんの頭の方がつきやすそう。それ、頂戴』
 
そう言いながら少女は、異様な光景に凍り付いている章弘に、近付いてきた。

第拾壱話 隙間の女

 
隆久はチャイムに驚いた。
 
(こんな時間に誰だ?迷惑だなぁ…)
 
そう思いながら、ドアスコープを覗いた。
 
 
ドアを開けると、旧友の和喜が立っていた。
 
「隆久、ごめん。最終に乗り遅れちゃってさ。今夜泊めてくれないか?」
 
隆久が返事を迷っていると
 
「悪いな。上がらせてもらうよ」
 
和喜は靴を脱ぎ、部屋に入ってきた。
 
 
「始発で帰るからさ。その間、床でいいから、眠らせてくれ」
 
和喜は両手を合わせる。
隆久は、和喜に缶ビールを渡した。
 
「いいけど…あのな、和喜」
 
「何だい?彼女でも来るのか?」
 
缶ビールの蓋を、開けながら和喜は聞いた。
 
「いや、そうじゃなくて…この部屋…出るんだけど…」
 
「出るって…幽霊か?」
 
和喜の言葉に、隆久はうなづいた。
 
「あはは!そんな馬鹿な…いいよ。出るなら出てもらいましょう」
 
和喜は、笑いとばした。
 
「出ても、あまり気にするなよ」
 
隆久はそれだけ言った。
 
 
隆久は、缶ビールを飲み終えた和喜に毛布を渡し、横になった。
和喜も、横になる。
部屋の電気を消して、すぐだった。
 
押し入れが、スッと少しだけ開いた。
その隙間から、何かが覗き込んでいる。
和喜は、それに気付いた。
 
「あわわわ…隆久…」
 
「気にするな」
 
「気にするなって…言われても…」
 
押し入れの隙間が拡がり、髪の長い女の、顔が見えた。
 
「うわあぁ!隆久!」
 
「だから、気にするなって」
 
女が、和喜の顔を見てニタッと笑った。
 
「ぎゃああ!」
 
和喜は悲鳴を上げた
 
「隆久!帰るぞ!こんな部屋には居られない」
 
和喜は逃げるように帰っていった。
 
 
 
 
 
「あはは!和喜、だいぶ驚いてたな。こんな夜中に、勝手に人の所に、押しかける方が悪い。なぁ、水絵」
 
隆久は押し入れを開けた。
 
「…あれ?水絵?」
 
すると
 
「友達、帰ったの?」
 
バスルームから、水絵が出てきた。
 
「水絵…押し入れの中にいたんじゃ…?」
 
「押し入れに入ろうとしたら、臭かったからバスルームに変えたの。ちゃんと布団とか干さなくちゃ駄目よ」
 
 
「じゃあ…さっきの女は…誰だ?」
 
隆久の背筋に、冷たいものが走った。

第拾話 通り過ぎるもの

 
美乃梨は帰り道を急いで歩いていた。
相変わらずの残業で、今日も帰りの時間は遅くなった。
豊島公園を過ぎ、静かな住宅街に入る。
そして、コンビニを通り過ぎた時だった。
 
(後ろに誰かいる…)
 
自分の足音とは別の足音が、美乃梨に聞こえた。
足音の感じからして男性の様だ。
 
(痴漢かなぁ…でも…)
 
いきなり振り返って確かめるのも、相手に失礼な感じがして、美乃梨は気にしない様にした。
 
(たまたま、帰る方向が同じなのかもしれないし…)
 
しかも住宅街の中だし、何かあったら大きな声を出せばいい。
美乃梨は、そう思った。
 
しかし、足音はずっとついてくる。
美乃梨が少し早足になっても、足音は同じペースでついてくるのだった。
次の角を曲がると、暗い道になってしまう。
 
(どうしよう…)
 
美乃梨は困ってしまった。
もう少し歩くと、街灯がある。
あそこで携帯かける振りをして、足音の主をやり過ごそう。
美乃梨は、そう考えた。
バックから携帯を出した美乃梨は、街灯の下で立ち止まる。
そして携帯を耳にあて、電話をかけている振りをした。
 
足音が近付いてくる。
美乃梨の心臓の鼓動は、少し早くなった。
 
コッ…コッ…コッ…  
足音は、美乃梨のすぐ後ろまで来た。
美乃梨は足音の主を確かめようと、さり気なく横を向いた。
 
コッ…コッ…コッ…
 
足音が、美乃梨の横を通り過ぎた。
 
 
 
 
その瞬間、美乃梨の身体は恐怖のあまり固まってしまった。
通り過ぎたのは、足音だけだった。
人の姿はどこにも無い。
 
コッ…コッ…コッ
 
足音は美乃梨の横を通り過ぎてすぐ、立ち止まった。
そして、美乃梨に向かって歩き始めた。
 
コッ…コッ…コッ…