妻と息子が家を出てから、ちょうど3週間が経った。
この頃の私は焦っていた。
時間が経てば経つほど状況が悪くなっている気がしていたからだ。
息子は今何を聞かされているのだろう。
私のことをどう思っているのだろう。
会えない時間が長くなるほど、父と子の距離が離れていくような恐怖があった。
いてもたってもいられなくなり、私は厄払いの寺社へ向かった。
神様にお願いしたことはひとつだった。
「私と妻と息子についている悪いものを落としてください」
今思えば、離婚問題そのものをどうこうしてほしいというよりも、この混乱と苦しみから救われたかったのだと思う。
年祈祷のお札を申し込み、一年間ご祈祷していただくことにした。
神頼みと言われたら、そうかもしれない。
でも当時の私には、それしかできなかった。
人はどうしようもなく苦しいとき、自分の力だけでは立っていられなくなる。
そんな時に神様や仏様に手を合わせるのは、ごく自然なことなのかもしれない。
厄払いの寺社を後にしても状況は何も変わらなかった。
それでも少しだけ心が落ち着いたことを覚えている。
祈りとは、現実を変えるためだけでなく、自分自身を支えるためにあるのかもしれない。