私は息子の子育てにもっと関わりたいと思っていました。
一緒にお風呂に入りたかった。
休日には一緒に出かけたかった。
学校行事にも参加したかった。
習い事についても話し合いたかった。
息子の成長を、父親として一緒に喜びたかった。
でも現実には、私の思いが実現することは多くありませんでした。
私が何か提案しても、受け入れてもらえないことが少なくありませんでした。
学校の行事を知らないまま過ぎてしまうこともありました。
習い事も、私の意見が反映されることはほとんどありませんでした。
「もっと父親として関わりたい。」
その気持ちは、当時の私の中で日に日に大きくなっていきました。
一番印象に残っている出来事があります。
私は息子と一緒にお風呂に入ったことがありません。
妻が毎晩息子と一緒にお風呂に入っていたからです。
私は一度、「息子と一緒にお風呂に入りたい」と涙ながらに伝えたことがあります。
子どもと一緒にお風呂に入ることは「今だけしかできないこと」の象徴に思われてました。
しかし、その思いは理解してもらえませんでした。
父親として、とても寂しかったことを今でも覚えています。
子育てについても、私には一つの考えがありました。
何でも親がしてあげることが愛情ではない。
子どもが自分で考え、自分でできることを少しずつ増やしていく。
そのために親は寄り添い、見守り、必要な時だけ手を差し伸べる。
私は、それが本当の意味での「自立を支える子育て」だと思っていました。
もちろん、子育てに正解はありません。
親によって考え方は違います。
だからこそ、本当は夫婦で話し合い、お互いの考えを伝え合いながら、息子にとって一番良い方法を探していきたかった。
私が一番悲しかったのは、「自分の意見が通らなかったこと」ではありません。
父親としての思いや願いを、一緒に考えてもらえなかったと感じたことでした。
離婚して数年が経った今でも思います。
子どもには、お父さんも、お母さんも必要です。
そして祖父母や親戚、周りの人たちとのつながりも、子どもの成長にとって大切な財産です。
親同士の関係が変わったとしても、子どもが大切な人とのつながりを失わずに成長できる社会であってほしい。