遠藤周作の『侍』は、江戸時代初期の東北地侍である支倉六右衛門常長をモデルとした物語である。
戦国の世が終わりに近づいている時代、東北は伊達家仙台藩の領地となっている。
主人公の侍は、父の代に行われた知行割の際、先祖代々受け継がれた黒川の土地の代わりに貧しい荒地の谷戸を与えられている。侍は、家族や下男の与蔵らとともにこの谷戸で慎ましく暮らしている地侍で、彼の願いは家族の安寧と村の人たちの平穏な暮らしだった。
『雪が降った。』
冬への準備をしていた侍達の上に、雪が降る。東北の僻地の冬は早い。
そんな侍に仙台藩から命令が下る。
「殿の使者衆の一人としてノベスパニア(メキシコ)に行き、通商交渉のための親書を先方の王に手渡すこと。」
寄親は上手くいけば黒川の土地に知行替もあり得ると言い添える。
先祖が開拓した地味の肥えた土地に戻ることは、叔父や死んだ父の強い願いであった。
『晴れている。谷戸は既に春。』
侍たちは、はるかノベスパニアへの旅に出る。
仙台藩や御公儀の政、そして日本に執着する神父の布教への熱情、また、自分たちの知行替えへの願い、これらの思惑が混ざり合う中、太平洋の嵐をのりこえノベスパニアに到着した。だが、交渉はうまくいかず、ノベスパニアからイスパニア(スペイン)へと旅は続く。
『マドリッドに入った日は雨だった。』
雨はカスティーリャ広場をぬらし、霧のように煙った空にエスコリアール宮殿が灰色の蜃気楼のように浮かぶ・・・。
マドリッドで開かれた司協議会で、ペテロ会の神父が日本人の宗教観をこんな風に言う。
『日本人には本質的に、人間を超えた絶対的なもの、自然を超えた存在、我々が超自然と呼んでいるものにたいする感覚がない・・・日本人たちはこの世のはかなさを楽しみ享受する能力を併せ持つ・・・そこから飛躍して更に絶対的なものを求めようとは思わない・・・彼らの感性はいつも自然的な次元にとどまっていて・・・その感性は驚くほど微妙で精緻です・・・が、それを超える別の次元・・・人間とは次元を異にした我々の神を考えることはできません。』
一神教と多神教の違い。いつだって一神教の人たちは、自分らの信じるところが優位だと思っている。負けたって負けてないと言い張る人もいる。養老先生のいう「バカの壁」。江戸時代は、言ってみれば「御上」という一神教。
『ローマは雨の多い春の気配の中で復活祭を待っていた。』
基督教の洗礼を受けて、ローマに行き着いた侍たちは、法王に謁見することができたが、形だけのものに過ぎなかった。日本国内は徳川の世が進み、すでに基督教は完全な棄教となり、仙台藩の通商交渉自体ないものとなっていた。この何年にも及ぶ旅は、すべて徒労となったのだ。
『ベラスコからコルドバまでの路のり。山岳地帯は雷雲に覆われ、時折、稲妻が走った。』
帰路、使者衆の一人は、メキシコで自害する。そして、侍たちにも同じ運命が待ち構えていた。侍たちは、殿からの命令を遂行するために洗礼を受けた。しかし、帰国した彼らは洗礼を受けたために切腹を命じられる。殿や藩命への配慮が自らの命を縮める羽目となったのだ。現代でも役人の中には、こういう配慮をする人がいる。“忖度”と最近は言うが。
『侍は屋根の向こうに雪が舞うのを見た。』
切腹に向かう侍に、長い旅の間もずっと従っていた下男が、引きしぼるように声をかける。
『「ここからは・・・あの方がお供なされます」』
この物語の陰の主人公である与蔵の声だ。
『「ここからは・・・あの方がお仕えなされます」』
侍はたちどまり、ふりかえって大きくうなずき、消えていく。
谷戸の出来事は、雪がすべてを覆い隠していく。
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参照
『侍』 遠藤周作著 新潮文庫
『バカの壁』 養老孟司著 新潮新書