今年は午年で、しかも六十年に一度の『丙午』だ。
干支は、十干(じっかん)と十二支(じゅうにし)の組み合わせで六十通りあり、これを六十干支(ろくじっかんし)と呼ぶ。一巡すればつまり「還暦」。
青島幸男の『人間万事塞翁が丙午』は、彼が「直木賞を取る!」と豪語して一発で取ってしまった稀有な作品で、主人公は彼の母(丙午年生まれ)がモデルとなっている。
物語は、主人公『青山ハナ』の夫、日本橋堀留で弁当屋『弁菊』を営む『青山次郎』に召集令状が届く、昭和十二年秋から始まっている。
『秋の陽はつるべ落しとか、五時半になるともうすっかり暗くなる。知らせを受けた親類の者たちが続々集まって来て、又々、家の中はさわがしくなった。』
当時の日本橋界隈ではまだ、戦争というものは遠くでやっているもので、自分たち家族には降りかからないものというような匂いが感じられる。ハナは夫が戦死しないように自分の髪を切り落として『女の髪の毛が入った腹巻』を作るのだった。
『あくる日は朝から雨だった。煮えきらない天気で道路がぬれ、あちこちに水溜りが出来るくらいになると、サッと上って薄陽がさし、そのうちに又、霧のように細かい雨があたりを濡らしている。~~
二時に親類一同と出入りの職人まで打ち揃って幟を押し立てて椙森神社に出かけて武運長久の祈願、万歳を三唱して家に戻れば、国防婦人会、在郷軍人会、町内会、出入りの商人や得意先の人たちと、店の前に黒山のように集まってくれていて、いよいよ町内会長の開会の挨拶で壮行会は始まった。』
こうして次郎は賑やかに送り出される。
二年三ヵ月後、南京を攻略した日本軍は、多くの軍人を日本に帰したが、次郎は帰ってこない。
『聞けばヨーロッパで大きな戦争も始まったというし、日本も呼応して南方へ進出する様子とか。やっぱりおとうちゃんは北支へ連れて行かれるのか。~~
翌朝は、どんよりとした鉛色の雲が重くのしかかるように垂れこめ、寒さが厳しくて店の前の道路の水溜りに薄い氷が張っていた。』
通勤途中には帰還した兵隊が行進しているのが目に入り、ハナはその四年前の二月のある朝のことを思い出す。
『その日も何時もの通り警視庁へ向かったが、どうした理由か日比谷までしかバスが行かず、おかしなことといぶかりながら桜田門まで歩くと、いきなり兵隊に、ニュース映画でしか見たこともない機関銃をむけられ、「射つぞ」と怒鳴られた。慌てて取って返せば足元は雪、こけつまろびつ逃げ戻って日劇の前まで行ってもまだ胸の動悸が収まらなかった。』
日本が泥沼の太平洋戦争へと転げ落ちていく起点となった二・二六事件の一端が、生々しく描かれている。
弁当屋の従業員が宮内省の調理場でボヤを出し、それを引き合いにして、もともと次郎との結婚に反対していた姑が嫌味を言う。
『「昔の人は間違ったことは言わないね、丙午の女は火事を呼ぶってのは本当なんだね」
ここで又、丙午が出てこようとはハナは思ってもみなかった。やれ男を喰い殺すだの不吉を招くだのと、子供の頃から生まれ年のことで随分と嫌なおもいをさせられてきてはいるが、時が時だけにこのおばあちゃんの一言は、グサリと胸に刺さって腹に据えかねた。』
ボヤの一件は、宮内省の管理問題にもなりかねず、お咎めなしとなってハナは一安心。と、そこへ次郎から電報が来て、翌日の朝に品川に帰って来ることが分かる。
『~~窓が何となく白っぽく見える気がして、ガラス戸を開けてみると雪だった。もう既に三寸ほど積もり、見上げれば紙吹雪でも舞い落ちて来るように大きな牡丹雪がドンドン降ってくる。』
帰ってきた夫を見ながらハナは思う。
『思えば二年三ケ月前、同じような騒ぎの中でおとうちゃんは出かけて行った。あの時は、~~目出度い、目出度いと口では言っていても、真底、目出度いと思っている人のいる筈もなく、明日は我が身とヤケのヤン八。~~人間万事塞翁が馬と誰もが納得出来るような出来ないような理屈で自分を押し殺して、バンザイ、バンザイと誤魔化してはいたが、~~今日のこの騒ぎは、何のこだわりもないスッカラカンの五月空。「お目出度う」は腹から本当に「お目出度う」で、本音も世間態もない。皆、晴々とした顔で何度も何度も万歳で乾盃している。』
戦争も末期になり、東京でも大空襲があって所々が焼け野原になっている。弁当屋『弁菊』も強制疎開で取り壊されようとしている。日本橋界隈の商店が軒並み姿を消し、米も配給制となって、店は閉め、中野へ引っ越すことになる。
『~~堀留を出るともうそこは焼跡、あちこちに焼け残りのビルが黒くすすけているが、三越からずうっと神田の駅まですっかり見通せる焼野ヶ原で、人っ子一人見当たらない。所々で水道管の破れから、噴水のように水があふれている。
東京駅の方に又大空襲でもあったかのように、空を赤々と染めて夕日が沈んで行く。』
「国民総動員法」が制定されて、国民はみな、勤労動員の対象となっていた。
『女学生のやっちゃんは、学徒動員で有楽座へ通って風船爆弾作りをやっている。』
風船爆弾は、日本陸軍や日本海軍が開発し、ジェット気流を利用してアメリカ本土に爆弾を落とすという奇襲作戦だった。極秘扱いで行われていたというこの作戦に使われた軍事費は、国家総予算の一割にも及んだという説もあるようだが、本当の所はわからない。笑ってしまうのは、この作戦での戦果が、アメリカのオレゴン州でピクニックに出かけていた一人の婦人と五人の子供が亡くなっただけ、という事。こんな馬鹿げた作戦のために、どれだけの労力が無駄にされたことか。
『今年は早くから梅雨が長びきそうだと言われていたのに、ここ一週間ばかりぽつりともこない空梅雨で、せっかく咲きかけた庭の紫陽花も色を失って紙屑のように打ちしおれている。その日も妙にどんよりとした薄曇りで、じっとしていても汗ばむほど蒸し蒸しするいやなお天気だ。~~
引越しの荷物をどうやら家の中に運び込んだのを合図のように、ポツリポツリと雨が降りはじめた。~~ひとしきりすごい雷で、真夏の夕立を思わせる雲行き、やがて天の底がぬけたようなドシャ降りになった。』
不吉な天気は、次郎へ二度目の召集令状が届いたことの象徴となっている。
空襲警報が鳴る中、明かりを暗くしながら家族や従業員のみの壮行会が開かれ、娘を風船爆弾作りに取られている店の番頭が言う。
『「どの道この戦争はそう長く続きっこねーってこってすね、神風が吹くのを頼りに風船爆弾なんてものを飛ばしてるようじゃ先が見えてるよ」』
まったくだ。極秘なんて言ってたって、皆、わかっていたのだ。
戦争が終って、次郎もすぐに帰って来て、二人は新しく旅館を始める。
旅館業も軌道に乗り、総理大臣が「バカヤロー」と言って国会を解散させた三年後のある日、ハナは恐ろしい夢を見て目覚める。
『~~何でこんな夢を見たのだろうと訝りながらうすく目をあけると、先に起きていたおとうちゃんが、朝の陽ざしの中で、いつものように棋譜を片手に将棋盤に向かって丹前の背を丸くしているのが見えた。レースのカーテンを通して忍び込んでくる柔らかな春の光が、八畳の間いっぱいに満ちあふれ、窓のすぐ下の道路を行き交う自動車の音も、今日は何故か静かだった。』
そして、次郎は突然苦しみだし、倒れてしまう。脳溢血だった。二度の召集から生きて帰ってきたにも関わらず、五十二歳になってすぐに次郎は亡くなってしまう。
ハナは、冷たくなった夫の横顔を見ながら、
『「もしかしてあたしが丙午のせいかも」と今さらのように自分の生まれ年をうらめしく思っていた』のだった。
焼場で、夫を火葬炉に収めた後、ハナは控室までの渡り廊下で立ち止まる。
『おおいかぶさるように低くたれこめた灰色の空から、絹糸の雨が音もたてずに降り続いている。目の前に桜の木が一本、散り遅れた花が寒そうに震えている。足もとには、花ビラが敷きつめられたように残り雪の風情で地面にはりついている。時々はらりとピンクの小片が舞うでもなくしたたり落ちる。
花は散るもの、人は死ぬもの、生者必滅のことわり知らぬわけではないが、あまりといえばおとうちゃんの死は唐突だった。~~「おいハナ帰ろうぜ」と今にもうしろから声かけられそうで、ハナは立ちすくんだまま振りむくことも出来なかった。』
人間万事塞翁が馬。人の禍福は予測できない。きょう無事に生きて働くことが出来ていても、あすはどうなることやら・・・。
参照、引用文献
・『人間万事塞翁が丙午』 著者 青島幸男 発行所 株式会社新潮社
・国立国会図書館ホームページ 第三章 暦の中のことば
https://www.ndl.go.jp/koyomi/chapter3/s1.html
・『風船爆弾』 著者 鈴木俊平 発行所 株式会社新潮社