2024大学入試共通テスト【第3問】古文「車中雪」解説
【第3問】次の文章は「車中雪」という題で創作された作品の一節である(『草縁集』所収)。主人公が従者とともに桂(京都市西京区の地名)にある別邸(本文では「院」)に向かう場面から始まる。
【イラスト訳】
桂の院つくりそへ給ふものから、㋐あからさまにも渡り給はざりしを、※友待つ雪にもよほされてなむ、ゆくりなく 思し立たすめる。
(訳)桂の院を建て増しなさるけれども、㋐ほんの少しも足を運びなさらなかったのだが、※後から降る雪を待っているように残る「友待つ雪」に誘われて、急に 思い立ちなさるようだ。
問1 ㋐…正解③「少しの間も」
かうやうの御歩きには、源少将、藤式部をはじめて、今の世の有職と聞こゆる若人のかぎり、必ずしも召しまつはしたりしを、㋑とみのことなりければ、かくとだにもほのめかし給はず、「ただ親しき※家司四人五人して」とぞ思しおきて給ふ。
(訳)こうしたお出かけには、源少将・藤式部を始めとして、今の世の中の、博学と評判の若い女房たちを皆、必ずお供に連れなさっていたが、㋑急に思いついたことだったので、このように出かけるということさえ、ほのめかしなさらず、「ただ、親しい※家の従者を四人、五人連れて…」とお決めなさる。
問1 ㋑…正解②「にわかに思いついたこと」
やがて御車引き出でたるに、「※空より花の」と⒜うち興じたりしも、めでゆくままにいつしかと散りうせぬるは、かくてやみぬとにやあらむ。
(訳)すぐに御牛車を引き出した時に、※「空より花の」と古今集の1フレーズを引き歌に⒜ちょっと面白がっていたのだが、愛でてゆくにつれて、早くも散ってなくなったのは、こうして冬が終わってしまうということであろうか。
問2 ⒜×…「し」は強意ではなく過去の助動詞「き」連体形
「さるはいみじき出で消えにこそ」と、人々※死に返り妬がるを、「げにあへなく口惜し」と思せど、「さて⒝引き返さむも人目悪かめり。なほ※法輪の八講にことよせて」と思しなりて、
(訳)「そうではあるが、ひどく見劣りがするだろう」と、人々は※とても強く悔しがるのを、「本当に張り合いがなく、残念だ」とお思いになるけれど、「それでも、⒝今さら引き返すようなのも、人目が悪いようだ。やはり、※法輪寺の八講の法会にかこつけて」と思うようになりなさって、
問2 ⒝○…文中・連体形の「む」は仮定・婉曲の助動詞
ひたやりに急がせ給ふほど、またも※つつ闇に曇りみちて、ありしよりけに散り乱れたれば、道のほとりに御車たてさせつつ見給ふに、何がしの山、くれがしの河原も、ただ時の間に⒞面変はりせり。
(訳)ひたすらに、急がせなさるうちに、またも※真っ暗闇に辺りが曇って、以前よりも一段と雪が散り乱れたので、道のほとりに牛車を立てさせながらご覧になると、どこどこの山や、どこかしこの河原も、ただほんのちょっとの間に⒞さま変わりしている。
問2 ⒞×…「り」は完了でOKだが、「河原も―面変はり」の主述関係により、「面」は顔色ではない。
かのしぶしぶなりし人々も、いといたう笑み曲げて、「これや※小倉の蜂ならまし」「それこそ※梅津の渡りならめ」と、口々に定めあへる ものから、松と竹とのけぢめをだに、とりはづしては違へぬべかめり。
(訳)あのしぶしぶついて来た従者たちも、とてもひどく相好を崩して笑って、「これが※小倉の峰なのかしら」「それこそ※梅津の渡し場であるだろう」と、口々に議論し合っている けれども、松と竹の区別でさえ、間違えて、食い違ってしまうはずのようだ。
「あはれ、世に面白しとはかかるをや言ふならむ かし。なほ※ここにてを見栄やさまし」とて、やがて※下簾かかげ給ひつつ、
ここもまた月の中なる里な らし 雪の光もよに似ざりけり
(訳)「ああ、世の中で風流だとは、このようなことを言うのであろう よ。やはり※ここで見て賞美しようかしら」と言って、すぐにそのまま※牛車の下簾を掲げなさりながら、
ここもまた月の中にある里である らしい、雪の光がこの世に似合っていなのだなあ。
問4(Ⅰ) 正解②
…「月の中なる里」とは「桂の里」を指す。したがって12行目の和歌は、「まだ桂の里に着いていないはずだが、この場所もまた『月の中なる里』だと思われる。なぜなら、〔②雪がこの世のものとは思えないほど光り輝いているから〕と解釈できる。
など、⒟興ぜさせ給ふほど、㋒かたちをかしげなる童の水干着たるが、手を吹く吹く御あと尋め来て、※榻(しぢ)のもとにうずくまりつつ、「これ御車に」とて差し出でたるは、源少将よりの御消息なりけり。
(訳)などと、⒟面白がりなさるうちに、㋒容貌がかわいらしい童で水干を着ている童が、手を勢いよく出しながら後ろを追って来て、※牛車の榻の元にしゃがんで、「これをお車の中に…」と差し出したのは、源少将からのお手紙であった。
問2 ⒟×…「させ」は尊敬(作者→主人公への敬意)
問1 ㋒…正解⑤「見た目が好ましい」※主述とプラス古語から判別
⒠大夫とりつたへて奉るを見給ふに、「いつも後らかし給はぬ を、かく、
X 白雪のふり捨てられしあたりには恨みのみこそ千重に積もれれ」
とあるを、ほほ笑み給ひて、畳紙に、
Y 尋め来やとゆきにしあとをつけつつ も待つとは人の知らずやありけむ
やがてそこなる松を雪ながら折らせ給ひて、その枝に結びつけてぞたまはせたる。
(訳)⒠大夫が受け取ってさしあげる、その手紙をご覧になると、(手紙に)「いつも後にとり残しなさらない のに、こんなふうに…、
X 白雪が降るの「ふる」ではないが、振り捨てられた辺りの私においては、(白雪よりもむしろ)恨みばかりが千重に積もっている」
とあるのを、彼は微笑みなさって、畳紙に、
「(私を)探し、訪ねて来るかと、雪に跡をつけながら行きましたけれども、私が待っているとあなたは知らなかったのだろう か」
すぐにそこにある松を雪のまま折らせなさって、その枝に結び付けてお与えになった。
問3 ㋐…正解④「主人公は『ゆき』に『雪』と『行き』の意を掛けて、『雪に車の跡をつけながら進み、あなたを待っていたのですよ』という和歌Yを詠んで源少将に贈った」
やうやう暮れかかるほど、さばかり※天霧らひたりしも、いつしかなごりなく晴れわたりて、名に負ふ里の月影はなやかに差し出でたるに、雪の光もいとどしく映えまさりつつ、天地のかぎり、白銀うちのべたらむがごとくきらめきわたりて、あやにまばゆき夜のさまなり。
(訳)だんだん暮れてくるうちに、それほど※雲や霧で一面曇っていたのも、早くも名残なく一面に晴れ渡って、桂という月ゆかりの名を持っている里の月の光が華やかに差し出したので、雪の光もいっそう映えて輝きを増しつつ、天地のすべてや、白銀をうち延ばしたように一面に輝いて、むやみにまぶしい夜の様子である。
問4(Ⅱ) 正解②
…「桂が「月」を連想させる言葉だとすると、20行目で桂の里が「名に負ふ里」と表現されている意味も理解できる。すなわち、20~22行目は、〔②空を覆っていた雲が少しずつ薄らぎ、月を想起させる名を持つ桂の里に、月の光が鮮やかに差し込んでいるものの、今夜降り積もった雪が、その月の光を打ち消して明るく輝いている〕、という情景を描いているわけである。
※院の預かりも出で来て、「かう渡らせ給ふとも知らざりつれば、とくも迎へ奉らざりしこと」など言ひつつ、頭ももたげで、よろづに追従するあまりに、牛の額の雪かきはらふとては、軛(くびき)にふれて烏帽子を落とし、御車やるべき道清むとては、あたら雪をも踏みしだきつつ、足手の色を※海老になして、桂風を引き歩く。人々、「いまはとく引き入れて む。かしこのさまもいとゆかしきを」とて、※もろそそきにそそきあへるを、「げにを」と思すものから、ここもなほ見過ぐしがたうて。
(訳)※院の管理人も出てきて、「このようにお越しになるとも知らなかったので、早くにもお迎え申し上げなかったことよ」などと言いながら、頭も持ち上げないで、何でもこび従うあまりに、牛の額の雪をかき払うということで、牛車の軛に触れて烏帽子を落とし、牛車を行かせるはずの道をきれいにするということで、せっかくの雪をも踏み散らしつつ、足や手の色を※海老のように赤くして、桂の木の間を吹き抜ける風のもと、風邪をひきながら歩いて回る。従者たちは、「もう早く中に引っ張り入れてしまお う。あちらの様子もとても見たいので…」と言って、一斉にそわそわしているのを、彼は「本当に」と思いなさるけれども、ここもやはり見過ごすことができなくて…。
問4(Ⅲ) 正解③
…25行目に「桂風を引き歩く」とある。「桂風」は「桂の木の間を吹き抜ける風」のことであるが、「桂風を引き」には「風邪を引く」という意味も掛けられている。実は『源氏物語』を意識して読むと、23~26行目では主人公がどのように描かれているかがよくわかる。すなわち、〔③軽率にふるまって「あたら雪をも踏みしだきつつ」主人を迎えようとする院の預かりや、すぐに先を急ごうとする人々とは異なり、「ここもなほ見過ぐしがたうて」と思っているところに、主人公の風雅な心が表現されている〕。