昨日は、午前も午後も、

やりがいのある一日でした。

私は掃除・家事代行の仕事をしています。

午前はチームでの現場。
先輩からたくさんの
ご指導をいただきました。

それが本当にありがたくて。
「この人なら受け取れる」と
信じてくださっているからこそ、
惜しみなく

伝えてくださっているんだろうな、と思います。



素直に受け取れる自分もいるし、
できている自分もちゃんとわかっている。

だから「まだできるな」
「きっとできるようになるな」という

前向きな感覚の中にいられることが、

嬉しかったです。



午後は一人での現場。
素材も状況も少し難しくて、
完璧にきれいにするのは難しい。

でも、できる限りを尽くす。

先輩の言葉を思い出しながら、
2時間ちょっと目いっぱい動いて。

部活でハードなメニューをやりきった日みたいな、充実感ある疲れ。

いい一日だったな、と思います。


そして夜は、娘の
推し活のチケット取りをお手伝い。

ふと、数年前のことを思い出しました。

引きこもっていた頃、
娘が「一緒に行こうよ」と誘ってくれたイベント。

行きたい気持ちはあっても、
どうしても外に出られなかった。

でも今は、「今度は一緒に行きたいな」と思えている。


この3月末で、
自由に外に出られるようになって、
丸2年。

それ以前の5年間、
私は家から出られない時間を過ごしていました。

でも今思うのは、あの時間も
ダメだったわけじゃないということ。

あの時間があったからこそ
気づけたこと、たくさんあった。

そして、一人で越えてきたわけじゃなく、
家族や周りの支えがあったからこそ、今がある。


最近よく思うんです。
「ちゃんと」じゃなくて、
「いい感じ」でいいんじゃないかって。

思い通りじゃないことも含めて、
全部ひっくるめて、いい感じ。

私も、あなたも、植物も、季節も。

それぞれのペースで、
いい感じで歩いてる。


今日の感情は、全部ひっくるめて「いい感じ」🍊


あなたの今日は、どんな

「いい感じ」でしたか?🍊​​​​​​​​​​​​




昨日の昼休み散歩。見てないのに、似たイラストをAIが作ってびっくり🫢



昨晩の「お金の学校」最終回。



参加者の自己紹介の時間に、
ふと気づいたことがありました。

ある方のお話を聞きながら、
「この人、すごく優しそうだな」と思っていた。

にっこりした表情、やわらかい空気。

気づいたら、内容よりもその”感じ”を

ずっと受け取っていました。



言葉は聞こえているのに、
頭では整理できない。

でも不思議と、それを
“ダメなこと”とは思わなかった。

今の私は、情報よりも感覚を受け取っているんだな、と。

そしてもう一つ気づいたのは、
それは「その人の価値」の問題じゃなくて、
今の自分とのタイミングなんだ、
ということ。

どれだけ魅力的な人でも、

今の自分に必要なテーマでなければ

深く入ってこない。



逆に、ふとした一言が強く残ることもある。

だから自己紹介って、
“正しく理解する場”じゃなくて、

「今の自分がどう感じるか」を
確かめる時間なのかもしれない。


改めて、私の自己紹介です。


愛リスタートメンター、
ほっ届け屋さんのみかんです🍊

50代で5年の引きこもりから再起し、

著書『心地よく生きるための50のヒント』は、

おかげさまで、

ベストセラーになりました。

「出版記念講演会&心がほっとする飲茶会」を

全国で開催しながら、


話せなくてもいい安心の場で、


自分の感覚を取り戻し、


次の一歩を選べるサポートをしています。

日々、noteやSNSで
「ほっとして、気づく」発信をしています。

「ほっ届け屋さん」で
探してみてくださいね。


今日の感情は、
肩の力が抜けた感じ。

ちゃんと理解しなきゃ、
伝えなきゃ、と思っていたものが少しゆるんで、

感じることを信じてもいいんだな、
と思えた時間でした。

あなたは、自己紹介で

どんなものに惹かれますか?



昨日、ふとこんなことを思いました。

「誰かに軽んじられることがあるのは、

私が自分自身を
軽んじていたからかもしれない」


この1ヶ月ほど、
これまで見ないようにしていた感情も、
ちゃんと味わってみることを意識しています。

気づいたのは、以前の私は

「見たくない感情を見ること」と
「そんな自分を責めること」が、
セットになっていたということ。

でも今は違う。

どんな感情も
「そう感じているんだな」と、
ただそのまま味わう。

「こんな自分はダメだ」が、
ついてこなくなりました。

それだけで、すごく楽なんです。

ちょっと残念な感情も含めて
「人間だもの」って
思えるようになって、
そんな自分を
前よりも愛おしく感じています。


そしてもう一つ。

自分の感情を味わえるようになると、
人の感情にも、
少し落ち着いて向き合えるようになる。

以前は、誰かが
触れにくい感情を出したとき、
どこか動揺していた自分がいた気がします。

今は「そうだよね」って、
ただそこにあるものとして
眺められるようになってきました。

土曜日の夜、
夫とご飯を食べながら、
お互いの親のことを少し話しました。

大げさな会話じゃないけど、
それぞれ違う背景を持ちながら、
どこかで重なる感情を
一緒に感じられることが、
とてもあたたかかった。


人の気持ちは
決して同じじゃないけれど、
「似たような感情はあるかもしれない」と想像できることは、
人と関わるうえでの
やさしい力になる気がしています。

そしてこういう変化って、
年齢に関係なく起こるんですよね。

56歳からでも、
意識することでこんな風に変わっていける。
それがなんだか面白くて、
嬉しいです。


あなたは最近、
どんな感情を感じていますか?

それを責めずに、
ただ「あるもの」として眺めてみたら、
どんな感覚になるでしょうか。


昨日のスタンドFMコラボライブにご参加くださった皆さま、
ありがとうございました✨

文字起こしの要約も載せていますので、

よかったらそちらだけでも、


ぜひご覧ください。


心がほっとする飲茶会ゆるっとふりかえりLive




仕事帰り、

しだれ桜が風に揺れていた。


移動中には、満開の白木蓮の道。

自然からご褒美をもらっているような気持ちで、

外に出るたびに

「今日はどんな景色に出会えるかな」という

小さな楽しみが増えています。



本当に、いい季節。


最近、こんなことを意識しています。

「これまで見ないようにしてきた感情を、
ちゃんとあるものとして存在させる」

昨日の友達との会話の中で、思い出して、
気づいたこと。

1年3ヶ月ほど前、
尊敬している方のモニターに応募して、
3時間ほどお話しする機会がありました。

その後、

フィードバックをいただく予定だったのですが、


私はすっかり忘れていて。

先日、お会いした時に
「まだできてないんだよね」と

さらっと言われて思い出し、


その時は「あ、そっか」と

軽く受け流していました。



でも昨日、あらためて

その時の気持ちを見つめてみたら——



私、悲しかったんだな。

応援したい、

役に立てたらうれしいという気持ちで、

モニターをしていた分、



その気持ちごと

受け取ってもらえなかったように感じて、


がっかりしていたんだと気づきました。


でもそれは、

相手を責めたいわけじゃなくて。



むしろ、自分のことを

振り返るきっかけになりました。



私は、誰かに何かしてもらった時、


ちゃんと「うれしい」「ありがとう」を

表現できているだろうか。



照れくさくて、
気持ちを飲み込んでいないだろうか。

表現しなければ、伝わらない。

そのことを、私は知っているのに。


kengoさんの『自然の法則』という
本の中にあった言葉。

「愛するとは、
そのまま存在させること、
存在を認めること」

まずは自分の感情を、
なかったことにしないで
「ここにあるね」と
認めてあげること。

それが、自分への
小さな愛なのかもしれません。

大切な自分自身に、
してあげたいこと。

あなたにも、ありますか?


しだれ桜の動画をどうぞ🌸


大泣きした翌日に、
世界がちょっと自由になった話。

前日、母の認知症が進んでいることを実感して、
泣いて、泣いて、泣いて。

どっと疲れるくらい、
感情を味わいました。

愛しているから、悲しい。

それだけのことなのに、
こんなにも重くなるんだと思いながら。

そんな翌朝に受けたのが、
個別オンラインの笑いヨガ。

ちょうど「デトックス」の回でした。

偶然とは思えなくて、
ああ、流れって、あるんだなと。

悲しみを十分に味わったから、
笑いが、ちゃんと体に入ってきた。

そんな気がしました。

そして、神社参拝なりきり笑いヨガをやった流れから、気づいたことがあります。

行きたいと思いながら、
「遠い」と感じて
ずっと動けなかった神社。

ふと調べてみたら、
バスで5時間、
電車で3時間なのに、

車だと1時間!

え。

「遠い」は、ただの思い込みだった。

それだけで、
世界がちょっと軽くなりました。


産業カウンセラーの勉強でも、
同じことが起きました。

推奨されている順番を、
あえて逆にしてみた。

講義動画を見ないと、テストが出ない仕組みになっているのを、
ひとまず見たことにして進めたから、

「これってズルかな?」

そう思いながらも試してみたら、
圧倒的に頭に入る。

自分にとっては、
この順番の方がしっくりくる。

そう気づきました。

そして今朝、たまたま
マツダミヒロさんのnoteを読んで、
すべてがつながりました。

「すべてを疑え」

それは否定するためじゃなくて、
自由になるため。

誰かの言葉や常識を
そのまま信じるのではなく、
自分で考え、自分で選ぶ。

ああ、そうか。

私は「正しいやり方」を疑ったことで、

ズルをしたんじゃなくて、
自分に合う方法を
見つけただけなんだ。

「遠い」と思っていた神社も、

「こうするべき」と
思っていた勉強法も、

疑ってみたら、

もっと自由で、
もっと軽やかな世界が
見えてきました。


疑うことは、
否定じゃなくて、
探求。

自分の声を取り戻すこと。

悲しみの中にいても、
思い込みを一枚はがすだけで、
世界は、少し広くなる。


重さを抱えたまま、
それでも軽くなれる日がある。

そのことが、
なんだかとても、嬉しい朝です。


今、何か重いものを抱えていますか?

その中に、
「思い込みかもしれない」と感じるものは

ありますか?




3/24(火)21時〜

スタンドFMにて、博多飲茶会ゆるっと振り返りコラボLiveをします。

ぜひ、あそびに来てくださいね🎵


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