東京FMの大口、小口のスポンサー離れが止まらず、番組内容もパーソナリティーに責任丸投げでモラルが無秩序(公共放送でフェイクニュース、個人的主観の押しつけ等)になり没落真っ最中と【1】で指摘し
スポンサードの偏っていた仕組みが崩れてきたよと【2】で指摘しました。
大手大企業のスポンサードの仕組みは「信用と責任」を重視していました。企業は直接にラジオと契約はしないという事で意味不明な現象です。
広告代理店が、企業とメディア等の間に入るのが常識と言う絵図を書いたからですね。
昔々に、各企業の広報社員がメディアと仲良くなり、起業するシステムを構築し、退社して「広告代理店」となり、退職した元企業の広報(後輩、同期に将来雇い入れるよ)と一緒に中間産業となるよう画策し、隙間産業を大企業にのし上げてきました。
それを刷り込まれた企業は、直接メディアなどと交渉はタブーと思い込ませれ、自社広報と外部の広告代理店で広告案を揉んでもらいメディア展開など全て丸投げです。
芸能とメディアに太いパイプと宣伝戦力の計算式と世間の流行を作ってきたノウハウがありまっせーっと
そして企業が一番に心配する「信用と責任」を広告代理店は「ケツは持ちます」と引き受け存在感を押し出し、さらにダメ押しで接待貢物攻勢で役員を懐柔してあるので万全の仕組みを作り上げました。
しかし内容には「本質」から逸脱していて歪です。
■企業(予算決定の広告を丸投げお願いする)→■広報と広告代理店(他人のお金で上から目線で選ぶ)→■ラジオ(もじもじチラチラしながら貴方の言いなりになりますと選ばれるのを座って待つ)
この仕組みが崩れました。
ラジオ業界にはチャンスなのです。
しかし、肝心のラジオの経営者達は、この(好機、チャンス)の発想どころか「コロナ禍の不況で自身の生活の危機感しかない」と憂いているので目も当てられません。
やる事はネット事業に力を入れると言う、本業を疎かにする愚行中です。
経営者と言っても種類が違っていて、サラリーマン社長や役員なので任期期間だけ自身の保身が最優先なので、責任を持ってラジオを救いたいと思うような立ち位置にいません。
【2】の概要と纏めです。※時間切れで書き込めませんでした。
さて、
スポンサー側の実態です。
大小さまざまなイベント等を主催しスポンサーをお願いする立場から、スポンサーからお願いされて企画する立場と経験しましたが驚くような出来事だらけで考えさせられましたね。
大中小企業の規模に関わらず
優秀な人材が広報にいるかいないかでお金と人材の使い方に大きな差が出る。
効果的なお金の使い方をしない社員が多いです。
規模の大きい広報は、やはり「華やかな世界」「広告で遊べる」「自己満足を他人のお金で昇華できる」と言う大きな魅力が強いので特殊です。
会社の為、社会貢献、関わる全ての繁栄等、広告は目的があるのに「自分の楽しみ」に変質している事が多くなります。
こんな美味しい仕事は誰にも譲りたくありません。ハッキリ言うと目的の本質さえしっかりしていたら誰でもできるお仕事です。それを知られたくないので難しい言葉(呪文(笑))とお友達(広告代理店とメディア)と組んで、誰もができる仕事ではないと、会社を煙に巻くのが彼等の主要なお仕事ですから笑いしかでません。
会社のトップも役員も「アンタッチャブル領域」として扱います。(代理店とメディア経由で接待やタクシー代貢物貰ってるので言わないですが)
説得力のある体の「企画書」があれば何でもありですね。
広報の広告費の使い方に、担当や広報トップの権限で自由に使える金額が決っている事。なので担当者の「お気持ち一つ」で投資先のスポンサー番組の内容を簡単に変えてしまう事も普通です。
バブル時から発展し、泡がはじけても復活し、リーマンショックで足腰が立たなくなりそうだった広報が、ようやく立ち上がってきたと思ったらコロナ禍・・・
コロナ禍はエンドが予測できる特殊な状態です。ワクチンができ、特効薬が完成すればエンドが見えてきます。
が、
生活形態も消費者の価値観も大きく変質してきました。
企業としても広告費用の使い方に「アンタッチャブル」と言ってられない状態です。
意味が分かりますか?
「見直し」
これがキーワードです。
価値観があちらこちらで変化しているので、企業も消費者もライフスタイルから消費への「見直し」が迫られて選択する時期でもあります。
東京FM、ラジオ業界が「いつまでも座って待つわ、選んでね」状態から抜け出して積極的に「仕掛ける」大チャンスの時期が来ました。
しかし、自社の広告担当営業者の改革ができるのか?
つづく