『 てのひらに 君のせましし 桑の実の
その一粒に 重みのありて 』
ご結婚後、平民出身ということで、
まだ 姑の良子皇后様や女官長たちに受け入れられず、
辛い日々をお過ごしになっていた美智子様。
傷ついた美智子さまを常盤松の御所から連れ出し庭園散歩に誘われた時、
山桑の木に案内し、真っ黒に熟れた桑の実の一粒を、
そっと美智子さまの手のひらにおのせになった皇太子 明仁殿下。
その時の 若君の細やかなお心配りに感謝のお氣持ちを示された 美智子さまの御歌。
『 くろく熟れし 桑の実 われの 手に置きて
疎開の日々を 君は語らす 』
明仁殿下は、一粒の桑の実から戦争末期を想いおこし、
日光に疎開なさっていた頃の栄養不足の日々をゆっくりと
美智子さまに語られ始められました。
個人レッスンにきてくださっているKさんに、毎月 音読して頂いている
『寄りそう皇后 美智子さま 皇室の喜びと哀しみと』 ( 著 宮崎貞行)
昭和20年8月15日 終戦の日の殿下の日記。
「 今は日本のどん底です。それに敵がどんなことを言って来るか分かりません。
これからは苦しい事つらい事がどの位あるのかわかりません。
・・・今までは、勝ち抜くための勉強、運動をして来ましたが、
今度からは皇后陛下の御歌のやうに、つぎの世を背負って新日本建設に
進まなければなりません。それも皆私の双肩にかかっているのです」
「それには先生方、傅育官のいふ事をよく聞いて実行し、
どんな苦しさにもたへしのんで行けるだけのねばり強さを養い、
もつともつとしっかりして明治天皇のやうに皆から仰がれるやうになって、
日本を導いて行かなければならないと思ひます」
(侍従次長 木下道雄 『側近日誌』昭和20年11月13日 より)
我が家の庭の桑の木にも、真っ黒に熟れた桑の実がなってくれる季節になりました。
桑の木、桑の実に感謝しながら頂いているこの頃に、
ちょうど Kさんと読み直した 上皇后さまの御歌。
そして、上皇さまの日記。
また、ありがたさを頂きました。
『 寄りそう皇后 美智子さま 皇室の喜びと哀しみと』 重みのありて より