先日、大阪からの帰りの新快速の車中でとっても嬉しいことがござ
いました。
夜、少し遅くなり大阪から姫路に帰る間、ボックス席の窓際の席で
、
うとうとと眠っておりました。
三宮駅に着いた時、隣の席に男性が座られて、目が覚めました。
目が覚めて、ぼんやりしていますと、この男性の前の席にも
前後して、男性が座られました。
と、 突然、
後から座られた若い男性が、向かいの席の男性に
「え~!、なんでえ~! 」
と、大きな声を出されると、 隣の男性も...
「おっ! こっちこそや~!なんでや~。」 と。
その声に、しっかり目が覚めて、そっとお二人の方を見ましたら
前に座ってる若い男性が、すごく嬉しそうに、やや興奮状態で
「ほんまに、びっくりした~。 先生、お久し振りです。
出会えて、すっごい 嬉しいです。会いたかったんです~。」
と、元気な声で、 そして私にも、 その次は彼の隣りの席の女性
にも、
「僕、教え子です。 高校の時の恩師なんです。 テニス部の。
ほんま、すっごい怖い先生で。
厳しい、めちゃくちゃ怖い先生で。
先生に、こんなところで出会えるなんて信じられへん。
ほんまに、一番お世話になった恩師なんです。」
と、勢いよく話しかけてくださいました。
先生の方は、「おいおい、この方たちは、関係ない人やぞ。
迷惑かけるな。」 と、彼に言い、 私たちには
「すいません。 だいぶ飲んでるみたいです。
それでも、彼、インターハイまで出場した凄いやつなんですよ。
」
と、 こちらも 私たちや周りに気を遣いながらも 嬉しそう。
その後もずっと、私たちに話しかけてくださったので
お二人(ほとんど彼の話ですが・・)を お聴きしていると
高校を卒業後、彼は、2年生までの成績なら絶対に無理と
言われた京都の志望大学に、猛勉強をして、無事合格。
在学中に、日本酒に関心を持って、卒業後は 酒蔵で働くことを考
え
日本中の気になる酒蔵のある会社を訪問。
そしてここで働きたい! と、 思ったと話してくださった酒蔵は
私の実家のある安富町安志の酒蔵 だったことにも びっくり。
なにか 縁があったのですね。
想いを伝えた彼に、そちらの社長さんが仰ったという言葉を伺い
これにも 感動しました。
『 君の想いはよくわかった。 私の所も、君なら 今日からでも
来てほしい。 うちで働いてほしい。
だが、君はまだ若い。 うちの仕事をしたいなら30歳からで
もできる。
一度、社会に出て、社会の 苦い酒、辛い酒を味わってからで
も
遅くない。 飲んで来い。 』
その言葉に、彼は、苦い酒 を飲む道を選び
京都のある会社に 営業で就職。
東京支社に派遣され血尿が出るほどのきびしい仕事の毎日、
2年めで トップ成績を とるほど働いたそうです。
そして、 5年間 東京で頑張っていたある日。
姫路の実家から、お父さんが倒れた・・と 知らせが入りました。
彼は、三男で、上にふたりお兄さんがいらっしゃいましたが
それぞれの仕事で 家業を継ぐことに難色を示されたのだそう。
結局、三男の彼が、仕事をやめて 家業を継ぐ決心をなさったそう
。
「会社に勤めていた時の年収の 今は 三分の一です。
でもね、 営業でトップ取り続けて、いつか社長になるのは
オレじゃなくても出来るけど、
親父の会社、継ぐのは おれしかできない! と思ったんです。
それに、兄貴たちの誰よりも、 おれが郷土愛が強いと思った。
地元を 愛しているんですよ。」
「家業継ぐのに帰ったら、地元の後輩たちが
凄い 喜んでくれて・・。 仲間が いっぱいおります。」
「今日は、奈良の神社まで、新年のお参りに行っとったんです。
帰りに、三宮で降りて、協力会社のみんなにお酒を振るまっとっ
たんです。
自腹ですよ。」
「先生、なんで、自腹で おれが、みんなにご馳走出来るかわかり
ますか?
おれらが、インターハイや、大会やゆうて、あちこち連れて行っ
てもらってた時
ご飯や なんや、 先生が 食べさせてくれてたでしょ。
ありがたかったんです。 すごい、 嬉しかったんです。
あれ、 先生の 自腹やったんでしょ。 」
「前の会社の仕事も、むちゃくちゃ忙しくてきつかったけど、
みんな 、きつい きつい というて やめた者もあったけど
オレは、それほどに 思わんかった。
高校の時の、 あのクラブのしごき に比べたら これくらい・
・
と 思えた。
あの辛い 辛い 練習に耐えてきたから、自分に 自信が持てた
・・。」
「 2年生の時、あんまり辛くて、怖くて、もう我慢が出来なくな
って
実は、一回クラブから逃げたんです。 2か月。
それでも、思い直して、2か月後 戻った時、
怒られるのを覚悟して行ったけど、先生、何も言わずに戻してく
れた。
その上、 次の試合に、3年生をおいて、オレを出してくれた・
・。
あの時の、試合。先生、覚えてくれとってですか?
そうです。 そうです。 ホンマに、奇跡みたいやった。
オレの一球で 勝ったんですよ。
試合に出してくれた先生に 恩返し と 思って
魂込めて打ったんです。
あれ、今でも 思い出すだけで 興奮します。」
「 ほんまに、きつくて、 こわくて、めちゃくちゃしんどかっ
たけど
その中で 小さな成功体験を 先生はいっぱい オレらにく
れた。
そのお蔭で、先生のお蔭で、オレは 自分に自信を持って生
きることが
出来てたんです。 今が あるんです。
ほんまに、 ありがとうございます。
ずっと、 言いたかったんです。 ・・。」
彼の話に、 目を細め、とても嬉しそうに 感心しながら
言葉をかけていらっしゃった先生のお姿も
見ているだけで 嬉しくて。
偶然、その場に居合わせた私と、
私の向かいの席の若いお嬢さんも、
お二人の会話と、人懐っこく 嬉しそうに話しかけてくださった彼
の笑顔と
あたたかく見守っていらっしゃった先生のお蔭で
本当に、あたたかな 和やかで幸せなひと時を
過ごすことが 出来ました。
人って いいなあ。 つくづく そう思いました。
いました。
夜、少し遅くなり大阪から姫路に帰る間、ボックス席の窓際の席で
、
うとうとと眠っておりました。
三宮駅に着いた時、隣の席に男性が座られて、目が覚めました。
目が覚めて、ぼんやりしていますと、この男性の前の席にも
前後して、男性が座られました。
と、 突然、
後から座られた若い男性が、向かいの席の男性に
「え~!、なんでえ~! 」
と、大きな声を出されると、 隣の男性も...
「おっ! こっちこそや~!なんでや~。」 と。
その声に、しっかり目が覚めて、そっとお二人の方を見ましたら
前に座ってる若い男性が、すごく嬉しそうに、やや興奮状態で
「ほんまに、びっくりした~。 先生、お久し振りです。
出会えて、すっごい 嬉しいです。会いたかったんです~。」
と、元気な声で、 そして私にも、 その次は彼の隣りの席の女性
にも、
「僕、教え子です。 高校の時の恩師なんです。 テニス部の。
ほんま、すっごい怖い先生で。
厳しい、めちゃくちゃ怖い先生で。
先生に、こんなところで出会えるなんて信じられへん。
ほんまに、一番お世話になった恩師なんです。」
と、勢いよく話しかけてくださいました。
先生の方は、「おいおい、この方たちは、関係ない人やぞ。
迷惑かけるな。」 と、彼に言い、 私たちには
「すいません。 だいぶ飲んでるみたいです。
それでも、彼、インターハイまで出場した凄いやつなんですよ。
」
と、 こちらも 私たちや周りに気を遣いながらも 嬉しそう。
その後もずっと、私たちに話しかけてくださったので
お二人(ほとんど彼の話ですが・・)を お聴きしていると
高校を卒業後、彼は、2年生までの成績なら絶対に無理と
言われた京都の志望大学に、猛勉強をして、無事合格。
在学中に、日本酒に関心を持って、卒業後は 酒蔵で働くことを考
え
日本中の気になる酒蔵のある会社を訪問。
そしてここで働きたい! と、 思ったと話してくださった酒蔵は
私の実家のある安富町安志の酒蔵 だったことにも びっくり。
なにか 縁があったのですね。
想いを伝えた彼に、そちらの社長さんが仰ったという言葉を伺い
これにも 感動しました。
『 君の想いはよくわかった。 私の所も、君なら 今日からでも
来てほしい。 うちで働いてほしい。
だが、君はまだ若い。 うちの仕事をしたいなら30歳からで
もできる。
一度、社会に出て、社会の 苦い酒、辛い酒を味わってからで
も
遅くない。 飲んで来い。 』
その言葉に、彼は、苦い酒 を飲む道を選び
京都のある会社に 営業で就職。
東京支社に派遣され血尿が出るほどのきびしい仕事の毎日、
2年めで トップ成績を とるほど働いたそうです。
そして、 5年間 東京で頑張っていたある日。
姫路の実家から、お父さんが倒れた・・と 知らせが入りました。
彼は、三男で、上にふたりお兄さんがいらっしゃいましたが
それぞれの仕事で 家業を継ぐことに難色を示されたのだそう。
結局、三男の彼が、仕事をやめて 家業を継ぐ決心をなさったそう
。
「会社に勤めていた時の年収の 今は 三分の一です。
でもね、 営業でトップ取り続けて、いつか社長になるのは
オレじゃなくても出来るけど、
親父の会社、継ぐのは おれしかできない! と思ったんです。
それに、兄貴たちの誰よりも、 おれが郷土愛が強いと思った。
地元を 愛しているんですよ。」
「家業継ぐのに帰ったら、地元の後輩たちが
凄い 喜んでくれて・・。 仲間が いっぱいおります。」
「今日は、奈良の神社まで、新年のお参りに行っとったんです。
帰りに、三宮で降りて、協力会社のみんなにお酒を振るまっとっ
たんです。
自腹ですよ。」
「先生、なんで、自腹で おれが、みんなにご馳走出来るかわかり
ますか?
おれらが、インターハイや、大会やゆうて、あちこち連れて行っ
てもらってた時
ご飯や なんや、 先生が 食べさせてくれてたでしょ。
ありがたかったんです。 すごい、 嬉しかったんです。
あれ、 先生の 自腹やったんでしょ。 」
「前の会社の仕事も、むちゃくちゃ忙しくてきつかったけど、
みんな 、きつい きつい というて やめた者もあったけど
オレは、それほどに 思わんかった。
高校の時の、 あのクラブのしごき に比べたら これくらい・
・
と 思えた。
あの辛い 辛い 練習に耐えてきたから、自分に 自信が持てた
・・。」
「 2年生の時、あんまり辛くて、怖くて、もう我慢が出来なくな
って
実は、一回クラブから逃げたんです。 2か月。
それでも、思い直して、2か月後 戻った時、
怒られるのを覚悟して行ったけど、先生、何も言わずに戻してく
れた。
その上、 次の試合に、3年生をおいて、オレを出してくれた・
・。
あの時の、試合。先生、覚えてくれとってですか?
そうです。 そうです。 ホンマに、奇跡みたいやった。
オレの一球で 勝ったんですよ。
試合に出してくれた先生に 恩返し と 思って
魂込めて打ったんです。
あれ、今でも 思い出すだけで 興奮します。」
「 ほんまに、きつくて、 こわくて、めちゃくちゃしんどかっ
たけど
その中で 小さな成功体験を 先生はいっぱい オレらにく
れた。
そのお蔭で、先生のお蔭で、オレは 自分に自信を持って生
きることが
出来てたんです。 今が あるんです。
ほんまに、 ありがとうございます。
ずっと、 言いたかったんです。 ・・。」
彼の話に、 目を細め、とても嬉しそうに 感心しながら
言葉をかけていらっしゃった先生のお姿も
見ているだけで 嬉しくて。
偶然、その場に居合わせた私と、
私の向かいの席の若いお嬢さんも、
お二人の会話と、人懐っこく 嬉しそうに話しかけてくださった彼
の笑顔と
あたたかく見守っていらっしゃった先生のお蔭で
本当に、あたたかな 和やかで幸せなひと時を
過ごすことが 出来ました。
人って いいなあ。 つくづく そう思いました。