『相手の立場になって考え待つことが理解に繋がる』


 今年の春、ある駅のトイレでのお話です。

入口を入ってすぐ、ふたりの女性の後ろに並んだのですが、

何となく様子が変なのです。


軽い違和感を持ちながら並んでいますと、前の女性から、

「ここは女子トイレやのに…」 という、

小さいけれど 咎める響きの声が聞こえてきました。


 不思議に思って、彼女の視線の先に目をやりますと、

トイレの扉の前に 75歳位の小柄な男性がひとり

立っていらっしゃる姿が見えました。


声は その男性にも聞こえたらしく、

こちらに 申し訳なさそうな目を向けてから、

深々とゆっくり頭を下げられました。


でも、その後もそのままじっと立っていらっしゃるのです。


(…何?…何故?…)

いろいろな疑問が頭に浮かびました。


 と、しばらくして、

扉の中から、 「お父さん」  と 声がしました。


男性がすぐ扉を開け

  (そういえば彼の手はずっとノブにかかっていました)、

中に手を差し伸べられると、

そこに 杖を手にしたかなり足のご不自由そうな女性が

出ていらっしゃいました。


彼女はご主人に微笑んでから、

安心しきった様子でその手に体を預けられ、

そして 

ふたり寄り添って一歩ずつこちらへ歩いていらっしゃいました。


誰もが無言でした。

私達は、男性がそこにいらっしゃった理由を理解し、

献身的な介助をなさっているその方と、

仲睦まじいおふたりの姿に感動し、

そして、

先程まで彼に対して疑いの目を向けていた自分の心を恥ずかしく、

申し訳なく思いました。


その後、まだようやく出口から10メートル程前方を、

 そこだけが時間が止まっているかと思う程

静かに進んでいらっしゃるおふたりの後ろ姿を拝見した時、


これから先、何年こうして寄り添い、

慈しみ合って歩んでいらっしゃるのかしらと思うと、

何だか泣き出したいような気がして、


おふたりのご健康とお幸せを 

そっと祈らずにはおれませんでした。


相手の立場になって考えないとわからない。


先入観を持たず、決めつけないで、少しだけ待ってみる。


心を開いて、待つ、 ことが 理解に繋がると、


あらためて気付かされた出会いでした。