『一番好きな、懐かしい母の思い出』



 幼い頃、祖父母からよく

  「嘘はついてはいけない。嘘をついたらコトリが来るんだよ」 

と聞かされていました。


当時の私には、コトリが子盗りであることはわかりませんでした。

でもその口振りから、それは大層恐ろしいものであるようだから、

嘘はつかないようにしようと思っていました。


 それなのに、その日私は嘘をついたのです。


 4歳位だったと思います。


どんな嘘をついたかは覚えていないのですが、

ついた瞬間からコトリのことが胸にひっかかり、

時間が過ぎるに従って だんだんその不安は大きくなっていきました。


 夜になり寝る時間になった頃には、コトリのことで頭が一杯。

 

雨戸を閉め電気を消した寝間は暗黒。

暗闇の中、

天井や襖の向うにコトリがじっと潜んでいるような気がして、

布団の中で身動きできずにいました。


その頃は、ひとつの部屋に親子4人布団を並べて寝ていたのですが、

両親も眠りについた後、

私はとうとう我慢できなくなりシクシク泣き出してしまいました。


泣き声に気付いて起きてくれたのか、

私が起こしたのか忘れましたが、

母が驚いて起き上がり、どうしたのかと尋ねてくれました。


私は布団の上に正座した母の膝に突っ伏して泣きながら、

嘘をついてしまったことと、

コトリに怯えていること、

それから嘘をついた自分を悲しいと思っているということを話しました。


母は私をぎゅっと抱き締めて、

「お母ちゃんも悲しい」 と言って、

一緒に静かに泣いてくれました。


そして、それから、


 「コトリが来ても、私の大切な娘ですから

  連れて行かないで下さいとお母ちゃんが頼んであげる。


 連れて行かれないように朝までずっと抱っこしていてあげるから、

   安心して寝なさい 」


と言ってくれました。

 

物音ひとつしない真暗な部屋の中、

膝に乗せて、

ずっと抱き締めてくれていた母の胸のあたたかさ。


 私の一番好きな、懐かしい母の思い出です。