【大学教員・学生の悲痛な叫び】なぜ彼らは学びに来たはずの授業を妨害するのか?

 

※注意:この記事は、日本で真摯に学んでいる多くの外国人留学生を批判する意図はありません。しかし、教育現場が直面している深刻な問題から目を背けることなく、建設的な議論を促すために、あえてこのテーマを取り上げます。

「うるさくて先生の声が聞こえない」 「授業中に堂々とスマホで動画を見ている」 「注意しても日本語がわからないフリをされる」

日本の大学や専門学校の教育現場から、このような悲痛な声が聞こえてきます。残念ながら、その中心にいるのが、一部の学ぶ意欲のない留学生であるケースは少なくありません。

もちろん、明確な目的意識を持ち、日本人学生以上に熱心に勉(つと)める留学生が大勢いることは、誰もが知っています。彼らの知的好奇心や真摯な態度は、クラスに良い影響を与えてくれる、かけがえのない存在です。

しかし、それと同時に、一体何のために日本に来たのか理解に苦しむような行動を取る留学生が、授業環境を著しく悪化させているのも、また紛れもない事実なのです。

 

教室で起きている、信じがたい光景

 

私が実際に見聞きした、また多くの大学教員や真面目な学生から寄せられる問題行動は、枚挙にいとまがありません。

  • 絶え間ない私語: 周囲の迷惑を一切顧みず、母国語での大声でのおしゃべりを続ける。

  • スマホや内職: 授業内容とは無関係の動画視聴、ゲーム、SNSに没頭。ひどい場合は、アルバイトの内職を始める学生さえいます。

  • 居眠りと途中退席: 授業開始早々から机に突っ伏して眠り、断りもなく教室を出ていく。

  • 課題や試験への不誠実な態度: 明らかなコピー&ペーストのレポート、グループワークへの不参加。

これらの行動は、単に「不真面目」という言葉で片付けられるレベルを超えています。それは、授業料を払い、真剣に学びたいと願う他の学生(多くの真面目な留学生を含む)の**学ぶ権利を侵害する、明確な「妨害行為」**です。

 

なぜ、このようなことが起こるのか?

 

彼らは、なぜ学びの場を軽視し、妨害するのでしょうか。背景には、いくつかの根深い問題が考えられます。

  1. 留学目的の形骸化: 本来の「学ぶ」という目的ではなく、「日本で働く」「在留資格を得る」ことだけが目的化してしまっているケース。学校は、そのための「ビザのスポンサー」くらいにしか考えていないのかもしれません。

  2. 日本語能力のミスマッチ: 入学時に求められる日本語レベルと、実際の授業で必要とされるレベルに大きな乖離がある場合、授業内容を全く理解できず、結果として授業への参加意欲を失ってしまいます。

  3. 「お客様」扱いの弊害: 少子化に悩む大学側が、定員を埋めるため、また補助金を得るために、留学生を「学生」ではなく「お客様」として扱ってしまい、厳格な指導をためらっている現実はないでしょうか。出席さえしていれば単位がもらえるという安易な風潮が、彼らを増長させている側面も否定できません。

 

誰のための教育なのか?今こそ毅然とした対応を

 

この問題の最大の被害者は、真面目に学んでいる学生たちです。日本人学生はもちろん、自国で厳しい競争を勝ち抜き、高い志を持って来日した優秀な留学生たちも、劣悪な学習環境によって大きな不利益を被っています。

もはや、見て見ぬフリができる段階は過ぎました。大学や専門学校は、毅然とした態度で以下の対策を講じるべきです。

  • 厳格な成績評価と進級・卒業要件の適用: 学ぶ意欲のない学生に対しては、情状酌量なく、規則に則って単位を認定しない、進級させないといった厳しい姿勢を示す。

  • 入学基準の見直しと日本語教育の徹底: 留学の目的意識を厳しく問い、入学後の日本語教育サポートを強化する。

  • 明確なルールと罰則の周知: 授業妨害行為がどのような罰則(退学を含む)につながるかを明確に示し、例外なく適用する。

そして、私たち教員や周りの学生も、問題行動に対してはっきりと「NO」を突きつける勇気が必要です。

教育の質を守り、真面目な学生の学ぶ権利を守ること。それこそが、日本の教育機関が国際的な信頼を維持するために、今最も取り組むべき課題ではないでしょうか。安易な一般化や差別は避けつつも、目の前にある深刻な問題からは、決して目を背けてはなりません。