検証:アメリカはなぜ中国との「関税戦争」に敗れたのか?
2018年、トランプ前米大統領が「アメリカ・ファースト」を掲げ、中国に対して大規模な制裁関税を発動したことで、米中関税戦争の火蓋が切られました。その目的は、巨額の対中貿易赤字の削減、中国による知的財産権の侵害の是正、そして中国のハイテク産業の台頭を抑制することでした。
しかし、数年にわたる関税の応酬の結果、多くの専門家や経済指標は、アメリカがこの貿易戦争で所期の目的を達成できず、むしろ「敗北」したとの見方を強めています。
なぜ、世界最強の経済大国であるアメリカは、中国との関税戦争に勝てなかったのでしょうか。その理由を複数の側面から掘り下げていきます。
1. 貿易赤字は削減されなかった
トランプ政権が最も問題視した対中貿易赤字。しかし、関税を課しても、その構造はほとんど変わりませんでした。
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貿易の転換効果: 米国勢調査局のデータを見ると、中国からの輸入は確かに一時的に減少しました。しかし、その穴を埋めたのはベトナム、台湾、メキシコといった他の国々からの輸入でした。結果として、アメリカのモノの貿易赤字全体は、関税戦争が本格化した2018年以降も拡大傾向が続きました。つまり、赤字の相手国が中国から他の国へシフトしただけで、根本的な解決には至らなかったのです。
2. ダメージを受けたのは米国の消費者と生産者だった
関税のコストは誰が負担するのか。トランプ前大統領は「中国が支払う」と主張しましたが、現実は異なりました。
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価格転嫁: 多くの経済学研究が示すように、関税コストの大部分は、製品を輸入する米国の企業、そして最終的には米国の消費者が負担しました。 中国製品に課された関税は、そのまま輸入価格の上昇につながり、米国内の物価を押し上げる一因となったのです。
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報復関税の打撃: 中国は、米国の関税に対抗して、大豆や豚肉、自動車といった米国の主要輸出品目に報復関税を課しました。これにより、トランプ政権の重要な支持基盤であった中西部の農家は甚大な被害を受け、政府は数十億ドル規模の補助金で救済せざるを得なくなりました。
3. 中国経済の強靭さと巧みな対抗策
アメリカは、関税によって中国経済に深刻なダメージを与えられると考えていましたが、中国の抵抗力は想定以上でした。
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国家主導の経済: 中国政府は、補助金の支給や減税、内需拡大策などを通じて、関税の影響を受けた企業を支援しました。強権的な国家資本主義体制が、外部からのショックを和らげる「緩衝材」として機能したのです。
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サプライチェーンの支配力: 長年にわたって「世界の工場」として築き上げてきた中国のサプライチェーン網は、そう簡単には代替できません。安価な労働力だけでなく、高度な技術力、巨大な部品供給網、インフラが一体となっているため、多くの米国企業は生産拠点を完全に中国から移すことが困難でした。
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戦略的な報復: 中国は、ただ報復するだけでなく、米国の政治的な弱点を突く戦略を取りました。前述の通り、大統領選挙の激戦州である農業地帯を狙い撃ちすることで、米国内の分断を煽る効果を狙ったのです。
4. 戦略目標の未達成と国際的孤立
貿易赤字の削減だけでなく、より大きな戦略目標であった「中国のハイテク覇権の阻止」や「知的財産権侵害の是正」についても、関税という手段だけでは限界がありました。
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限定的な効果: 関税は確かにファーウェイ(華為技術)をはじめとする一部の中国ハイテク企業に打撃を与えました。しかし、中国政府は「中国製造2025」に代表されるハイテク産業育成政策への投資をむしろ強化し、技術的な自立を加速させる結果を招きました。
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同盟国との連携不足: トランプ政権は、日本や欧州といった同盟国にも関税を課すなど、単独主義的な行動が目立ちました。もし同盟国と連携して中国に共同で圧力をかけていれば、より大きな効果が期待できたはずですが、その機会を逸してしまいました。国際的な包囲網を築けなかったことで、中国に抜け道を与えることになったのです。
結論:関税という「鈍器」の限界
米中関税戦争の結果は、21世紀のグローバルに絡み合った経済において、関税という伝統的な「武器」がいかに効果が限定的であるかを浮き彫りにしました。
アメリカは、貿易赤字の削減に失敗し、自国の消費者や生産者に負担を強い、中国経済に決定的な打撃を与えることもできませんでした。一方で、この貿易戦争が、企業にサプライチェーンの「脱中国依存」を真剣に考えさせるきっかけとなったという側面も無視できません。
バイデン政権は、トランプ政権時代の関税の多くを維持しつつも、同盟国との協調を重視するアプローチに転換しています。これは、単独の関税政策では中国に対抗できないという、関税戦争の「敗北」から得た教訓と言えるでしょう。
米中間の覇権争いは、今後も形を変えながら続いていきます。関税戦争の結末は、その長い戦いの序章に過ぎないのかもしれません。