若者よりも昔の人の方が楽だった?科学的根拠から見る世代間格差

はじめに

「最近の若者は...」という言葉で始まる会話を、誰もが一度は耳にしたことがあるでしょう。多くの場合、この言葉には「昔の方が良かった」という含みがあります。しかし、これは単なる年長者の懐古主義なのでしょうか、それとも実際に昔の人々の方が現代の若者よりも「楽」だったのでしょうか。

本記事では、労働環境、社会的期待、経済状況、技術の進歩、そして幸福度など様々な観点から、科学的根拠に基づいて「若者よりも昔の人の方が楽だった」という主張を検証していきます。複数の研究結果や統計データを基に、世代間の違いを客観的に分析し、現代社会における若者の課題と昔の世代が享受していた利点について考察します。

1. 労働環境の変化:時間は減っても増える精神的負担

労働時間は減少傾向だが...

厚生労働省の「わが国の過去50年間(1973年~2023年)の労働時間の推移についての考察」によると、過去50年の労働時間分布の変化を見ると、2000年以降は短時間労働者の割合が高まり、1週60時間以上働く長時間労働者の割合が低下しています。平均労働時間も、男女ともに減少傾向で推移しています。

一見すると、現代の若者の方が労働時間は短く、「楽」になったように思えます。しかし、労働時間の減少は必ずしも労働の「楽さ」を意味するものではありません。むしろ、労働の質や密度が変化し、短い時間でより多くの成果を出すことが求められるようになっています。

変化する就労意識と増大する精神的プレッシャー

厚生労働省の「世代別にみた意識と就業行動」によれば、若年層の会社選択理由は大きく変化しています。「自分の能力、個性を生かせるから」という理由が最も多くなっており、「技術が覚えられるから」、「仕事が面白いから」という理由も高まりを見せています。一方で、「会社の将来性を考えて」という理由は減少傾向にあります。

これは現代の若者が仕事に対して、単なる生計手段ではなく、自己実現や成長の場としての期待を高めていることを示しています。しかし、この変化は同時に、仕事に対する精神的なプレッシャーの増大も意味しています。「やりがい」を求められる現代の労働環境では、単に時間を費やすだけでなく、常に成果や成長を求められるストレスが増大しているのです。

昔の世代は、仕事と私生活の境界がより明確で、「仕事は仕事」という割り切りができる環境にありました。しかし現代では、仕事に自己実現を求める風潮が強まり、仕事のパフォーマンスが自己価値と直結しやすくなっています。これは若者にとって大きな精神的負担となっているのです。

2. 社会的期待と圧力:SNS時代の新たなストレス

「まさつ回避」は昔も今も

日経クロストレンドの「現役大学生は30年前の「若者論」をどう読む」によると、「まさつ回避」という特徴は30年前の若者と現代の若者に共通しています。1994年の報告書には「今の若者は、生活全体において、まさつを回避し最小にしようとしています。それも、意図的というよりも、無意識にまさつが起きそうなことを察知し、自然に回避しているようです」と記されていますが、これは2023年現在の若者についても違和感なく当てはまるとされています。

人間関係の変化:オンラインの濃密さと現実の希薄さ

しかし、人間関係の形成方法は大きく変化しています。30年前の若者は「さっぱり」した人付き合いを好む傾向があったのに対し、現代の若者はSNSを通じた新しい形の人間関係を構築しています。現代の若者はリアルで行動を共にすることは減っているものの、オンライン上で集まって同じコンテンツを視聴し感想をシェアするなど、現代ならではの人付き合いの濃密さも生まれています。

この変化は一見ポジティブに思えますが、実際には新たな社会的プレッシャーを生み出しています。オンライン上での交流は24時間365日可能であり、「すぐに返信しなければならない」という暗黙の期待が生まれています。昔の世代は、帰宅後や休日には完全に社会的交流から切り離される時間を持つことができましたが、現代の若者にはそのような「オフ」の時間が確保しにくくなっています。

SNSがもたらす新たなプレッシャー

ヨガジャーナルの記事「18歳から25歳若者の幸福感が、過去と比べて急激に低下している」によれば、ソーシャルメディアの急速な普及が若者のメンタルヘルスに悪影響を与えています。ソーシャルメディアを頻繁に使用する若者は、不安感や抑うつ症状を経験する可能性が高いことが明らかになっています。

研究では、ソーシャルメディアが自己比較を助長し、それが不安や抑うつ感を悪化させると指摘されています。SNS上では、多くの人が自分の人生の「ハイライト」を共有し、困難や低調な時期についてはほとんど触れません。その結果、若者たちは完璧に見える他人の生活と自分を比較し、自己肯定感の低下や孤独感を強く感じるようになります。

昔の世代にはなかったこのような常時接続の社会的プレッシャーは、現代の若者特有のストレス源となっています。2021年の統計によると、カナダの若者の36%が臨床的に問題のある抑うつ症状を示しており、23%が高いレベルの不安を感じていると報告されています。これは昔の世代と比較して明らかに高い数値です。

3. 経済状況の比較:見えない将来と続く格差

世代間格差の現実

大和総研の「初任給アップでも世代間格差は残る」によれば、若年層の初任給は上昇傾向にあるものの、氷河期世代は昔の世代に比べて経済的に不利な状況が続いています。氷河期世代は65歳まで長く働ける環境が整ってきているものの、給与面では不利な状況が続いているのです。

この世代間格差は、単に一時的な現象ではなく、構造的な問題となっています。昔の世代は高度経済成長期に就職し、右肩上がりの経済の恩恵を受けることができました。しかし、現代の若者は低成長時代に就職し、将来の経済的見通しも不透明な状況に置かれています。

不安定化する雇用と将来への不安

厚生労働省の統計によれば、非正規雇用の割合は増加傾向にあり、特に若年層において顕著です。安定した雇用と収入を得ることが難しくなっている現代社会では、将来への不安が増大しています。

昔の世代は、終身雇用や年功序列といった日本型雇用システムの恩恵を受け、比較的安定した将来展望を持つことができました。一度就職すれば、基本的に定年まで雇用が保障され、年齢とともに給与も上昇していくという見通しを持つことができたのです。

しかし、現代の若者はそのような安定を期待することが難しくなっています。終身雇用制度の崩壊、成果主義の導入、非正規雇用の増加など、雇用環境は大きく変化し、将来の見通しが立てにくくなっています。この「将来への不安」は、現代の若者特有のストレス源となっているのです。

4. 技術の進歩と生活への影響:便利になった代償

テクノロジーがもたらした利便性

現代社会では、スマートフォンやインターネットの普及により、情報へのアクセスや人とのコミュニケーションが格段に容易になりました。買い物、銀行取引、行政手続きなど、多くのことがオンラインで完結するようになり、生活の利便性は大きく向上しています。

昔の世代は情報収集のために図書館に行ったり、買い物のために店舗を回ったりする必要がありましたが、現代の若者はスマートフォン一つで多くのことを済ませることができます。この点では、現代の若者の方が「楽」になったと言えるでしょう。

常時接続がもたらす弊害

しかし、この利便性の代償として、現代の若者は「常時接続」のプレッシャーにさらされています。ヨガジャーナルの記事によれば、カナダの若者の81.3%が1日2時間以上ソーシャルメディアを使用しており、長時間のスクリーンタイムは、睡眠、運動、友人との交流など、心身の健康を促進する活動に使う時間を奪い、若者のメンタルヘルスに悪影響を及ぼしています。

昔の世代は、仕事が終われば完全にオフになることができましたが、現代の若者は常にオンラインでつながり、仕事やSNSからの通知に対応することが求められる環境にあります。この「オフの喪失」は、現代の若者特有のストレス源となっています。

ある調査では、220名の不安や抑うつ症状を抱える若者を対象に、ソーシャルメディアの使用を1日1時間に制限した結果、参加者は不安感や抑うつ感が減少し、睡眠時間が増加したことが報告されています。このグループではFOMO(取り残されることへの恐怖)も減少し、より健康的な生活習慣を取り戻すことができました。これは、テクノロジーの利便性と引き換えに、現代の若者が精神的健康を犠牲にしている可能性を示唆しています。

5. 幸福度と精神的健康:データが示す世代間格差

世界幸福度報告書が示す衝撃的な事実

BBCの記事「世界幸福度ランキング、西側諸国で若者が「不幸せ」に」によれば、「世界幸福度報告書」2024年版では、欧米諸国で若者の平均幸福度が低下していることが明らかになりました。世代別にみると、1965年以前に生まれた人は、1980年以降に生まれた人よりも平均して幸福度が高く、その差は年齢が上がるにつれて広がっています。

ミレニアル世代(1980年代前半から1990年代半ば生まれ)では、年齢が上がるにつれて幸福度が低下する一方、ベビーブーム世代では年齢とともに幸福度も上がっているという対照的な結果が示されています。

この結果は、単に「年齢を重ねると幸福になる」という一般的な傾向ではなく、世代間の違いを示しています。つまり、現代の若者は、昔の若者と比べて幸福度が低く、その差は年齢とともに拡大する傾向にあるのです。

崩れる「U字型幸福曲線」

ヨガジャーナルの記事によれば、米ダートマス大学の経済学教授デビッド・ブランチフラワー教授が提唱した「U字型幸福曲線」によれば、通常、人の幸福感は30歳前後でピークに達し、その後中年期にかけて低下し、70歳以降再び上昇するというパターンが見られていました。

しかし、最近の調査では、このパターンが若者の間で大きく崩れ、18歳から25歳の若者が最も幸福度の低い層として浮き彫りになっています。18歳から25歳の若者の幸福感が過去と比べて急激に低下しており、その傾向は世界的に広がっています。特に女性において深刻なメンタルヘルスの問題が浮上しており、若い女性の約11%が「絶望的な状態」にあると報告されています。

英オックスフォード大学ウェルビーイング研究所の所長で、「世界幸福度報告書」の編集長でもあるヤン・エマニュエル・デ・ネーヴ教授は、「特に北米と西欧で、不穏な(幸福度の)低下が記録された」と指摘し、「世界の一部地域では、子供たちがすでに『ミッドライフ・クライシス』(中年の危機、40~50代ごろに心理的問題を抱えやすくなるとされる)に相当するような経験をしていることを考えると、早急な政策措置が必要だ」と警鐘を鳴らしています。

これらのデータは、現代の若者が昔の世代よりも精神的健康の面で大きな課題を抱えていることを示しています。

結論:昔の人は確かに「楽」だった面がある

収集した科学的根拠や統計データを総合すると、「若者よりも昔の人の方が楽だった」という主張には、一定の妥当性があると言えます。特に以下の点において、昔の世代は現代の若者よりも有利な環境にあったと考えられます:

  1. 精神的健康と幸福度:データは明確に、昔の世代の方が現代の若者よりも幸福度が高いことを示しています。世界幸福度報告書によれば、1965年以前に生まれた人は1980年以降に生まれた人よりも平均して幸福度が高く、その差は年齢が上がるにつれて広がっています。

  2. 将来の安定性:終身雇用や年功序列といった日本型雇用システムの下で、昔の世代はより安定した将来展望を持つことができました。現代の若者は非正規雇用の増加や雇用の流動化により、将来への不安を抱えやすい環境にあります。

  3. 社会的プレッシャーの少なさ:SNSによる常時比較や「いいね」を求めるプレッシャーがなく、より自分のペースで生きることができました。研究によれば、ソーシャルメディアの使用は若者の不安感や抑うつ症状を増加させる要因となっています。

  4. オフタイムの確保:仕事と私生活の境界がより明確で、完全に「オフ」になる時間を持つことができました。現代の若者は常時接続の環境にあり、仕事やSNSからの通知に対応することが求められるため、真の意味での「オフ」を確保することが難しくなっています。

一方で、現代の若者が享受している利点も存在します:

  1. 情報へのアクセス:インターネットにより、膨大な情報に簡単にアクセスできるようになりました。昔の世代は情報収集のために多くの時間と労力を費やす必要がありましたが、現代ではスマートフォン一つで多くの情報を入手できます。

  2. 選択肢の多様性:キャリアや生き方の選択肢が増え、より自分らしい人生を選べる可能性が広がっています。昔の世代は社会的規範や制約が強く、選択肢が限られていた面があります。

  3. 労働環境の改善:労働時間の短縮や働き方改革により、物理的な労働環境は改善されています。過去50年の労働時間分布の変化を見ると、2000年以降は短時間労働者の割合が高まり、1週60時間以上働く長時間労働者の割合が低下しています。

しかし、これらの利点を考慮しても、精神的健康や幸福度という最も重要な指標において、現代の若者は昔の世代よりも厳しい状況に置かれていることは否定できません。

現代社会は物質的な豊かさや利便性を提供する一方で、若者たちから「心の余裕」や「将来への安心感」を奪っているのかもしれません。この状況を改善するためには、単に昔を懐かしむのではなく、現代社会の構造的な問題に向き合い、若者が精神的にも豊かに生きられる社会を構築していくことが必要でしょう。

テクノロジーの適切な利用、ワークライフバランスの確保、安定した雇用環境の整備など、様々な面での改善が求められています。そして何より、若者自身が自分のペースで生きることを許容する社会的風土の醸成が重要ではないでしょうか。

参考文献

  1. 厚生労働省「わが国の過去50年間(1973年~2023年)の労働時間の推移についての考察」
  2. 厚生労働省「世代別にみた意識と就業行動」
  3. 日経クロストレンド「現役大学生は30年前の「若者論」をどう読む」
  4. 中央大学「若者文化は30年間でどう変わったか」
  5. 大和総研「初任給アップでも世代間格差は残る」
  6. ヨガジャーナル「18歳から25歳若者の幸福感が、過去と比べて急激に低下している」
  7. BBC「世界幸福度ランキング、西側諸国で若者が「不幸せ」に」